きっと好きだって気持ちだけで、いつまでも一緒にいられるわけじゃない

 今日の私は機嫌がいい。

 というのも、sqollさんが新曲を挙げていたからだ。前回の投稿からあまり間を開けてなかったし、何よりそんなそぶりを見せていなかったのでいきなり投稿されたって通知が来た時は驚いた。

 しかもその曲がまた素敵なのだ。切ないラブソングなのだが、別れてしまった後の女性の心情を歌っている。歌詞から推測するに、女性とその元カレは付き合う前から仲が良かったのだろう。だけど、恋人同士になって、思いがすれ違うようになって。別れてしまってからは挨拶もしないようになってしまった。そんな歌だ。


「『私は君をこんなに愛しているのに、それが何になるというのだろう』か」


 独り言が出る。きっと主人公の女性はまだその元カレのことが好きなんだろう。だけど付き合ってしまうといろいろと口出してしまうこともあって、気がつけば何を話せばいいのかわからなくなっていた。

 sqollさん彼氏と別れたのかな、なんて邪推をしてみる。だって、衝動的に作ったような曲の気がするし。でも彼氏いるなんて話は聞いたことがないけど。


 まあ、それにしても。

 この曲は今の私とすごく似ている。好きだから好きな人に冷たく当たってしまうところとか、自分を嘘の鎧で固めているところとか。

 きっと、誰かが好きだという気持ちと、その誰かと付き合いたいという気持ちはイコールじゃない。そういうことなんだと思う。タイトルもノットイコールだし。


 柄にもなくニヤニヤしてしまう。これは私の曲だ。作ったのはsqollさんだし、ボーカロイドが歌ってはいるけれどこれは私の曲だ。つい最近作り上げた曲と同じで。どうしよっかな。せっかくだからただ採譜するだけじゃなくてアレンジしてみよっかな。楽器はバイオリンとピアノとドラムで。


 そんなことを考えながらベッドに寝転んでいたら深雪から電話があった。


「ねえ、これからどこか遊びに行かない? というか来てくれない?」



 *****



 深雪に指示されたカラオケに入ると、もう3人とも来ていて深雪が歌を歌っていた。しかもかなり声を張り上げている。それじゃあ1時間もせずに声枯れるぞ。


「あ、咲来たんだ?」

「今来たところ。それより何かあった?」

「ああ、それはね」


 柚樹が言いづらそうに深雪の方を見る。ああ、本人に聞けってことか。まあ、自分から言うのと別の人に言われるのじゃ心情的に大分違うだろうし。

 深雪が歌い終わる。するとソファーにどっかと体を投げ出した。次の曲は誰も入れてないみたい。


「振られたんだよ」

「え?」

「だから、彼氏に振られたの! お前のこともう特別に思えないって!」


 自棄やけになって深雪が言う。

 ああ、それで自棄カラオケか。誰かに振られた時は逃げ込みたくなる気持ちもわかる。それがずっと好きだった人ともなればなおさらだ。

 私は別れたときにはもう好きっていう気持ちは薄れていたからよくわからないけど、深雪は彼氏のことが好きだったみたいだし。ならなおさらショックだったんだろう。しかも、そんな言い草じゃ相手のことを恨むに恨めない。2股をかけてたなら最低なやつ、もっといい人がいるよって声を掛けられるのに。それじゃあ、何に当たればいいというのだ。どうやって励ませばいいのだ。


「ま、まあ、そういうことだってあるよ。あ、私次入れていい?」


 麻希、やっぱりそういう勇猛果敢なところはすごく尊敬する。どう見ても地雷原なところに誰かのために突っ込めるところ。


「いいよ」

「ほら、せっかくだし今日は歌おう? ね?」

「ここの代金くらいは3人で持つからさ」

「うぇい!?」


 麻希、『うぇい』じゃない。それくらいはいいじゃん。少なくともベースよりは安いんだし。それよりほら、イントロ始まってるよ?


「まあ、私も元カレと別れてるしさ、話くらいなら聞くって」


 麻希が歌い終わったタイミングで話しかける。元気が出る曲だけど、失恋した後はそれじゃないと思う。


「なっ!? ひょっとしてこの中で彼氏いたことないのって私だけなんじゃ」

「そうともいう」


 麻希がわざと自虐的に言う。というか、柚樹と真琴が付き合った時点で気づいていただろ。


「まあ、麻希に比べれば彼氏いたことあるだけましじゃん」

「私の扱い酷くない?」

「まあ、麻希だし頑張れば彼氏できると思うよ」

「現役で彼氏持ちだからって調子乗りやがって。破局させてやりたい」


 いや、煽った柚樹も悪いとは思うけど麻希それはないって。まあ妬みはするけど憎みはしないからたぶん冗談だとは思うけど。


「アハハ、ハハ」

「深雪、私そんなに変?」

「麻希はいつも変だから」

「酷い!」


 深雪が少し笑いだす。


「みんな、ありがとうね。私なんかのために」

「そんなことないって。貴重なドラマーだし。いつもお世話になりっぱなしだし」

「よく鬼畜譜面作ってごめんなさい」

「いいってことよ」

「ありがとう。ちょっと元気出たわ」


 そう言ってデンモクを手に取る。


「よし、今日は歌うぞ」

「あ、私喉乾いたからアイスコーヒー取ってくる」


 とりあえず、何の力になれたかはわからないけど、見た目だけでも取り繕おうと思えるようになったみたいだ。



 *****



「そう言えばさ」

「ん、なに?」


 麻希に話しかけられる。


「いや、咲はなんで元カレと別れたんだっけなーって」

「ああ、そんな話か」

「そんな話って。振ったの、振られたの?」

「どうだろ?」


 実際結構どうでもいい話だったりする。そりゃまあ一時期告白されて浮かれてたのは確かだけどもう好きっていう感情はないし、連絡も取ってないし。


「いつの間にかデートに行かなくなって、恋人でいる意味ないじゃんって。確かそれで別れたんだったと思う」

「それ以外に何かないの? 面白い話とかさあ」

「それなら柚樹の方があるんじゃない? だって現役で彼氏持ちだし」

「柚樹はヤダ。だって惚気のろけ聞かされたら立ち直れなくなる」


 ああ、なるほど。麻希らしい燕雀えんじゃく思考、嫌いじゃないですよ。


「でも私ならいいの?」

「咲なら既に別れたから大丈夫。というか、さっさと和馬とくっついて男を供給しろ」

「酷い言い草だな!」


 話すこと自体は別に問題ないけど。だからといってくっつくかというと微妙だ。


「私何が悪かったんだろう」

「恋愛って感情論だし、難しいよね」


 あっちでは深雪のぼやきに柚樹がつきあってる。今は麻希よりも深雪の方が大事だし無視でいいや。


「たぶんだけどさ、どっちが悪いとかじゃないんだと思う。どうしようもないことだってあって、きっと好きだって気持ちだけで、いつまでも一緒にいられるわけじゃないんだよ」

「おー、流石経験者は違うねえ」

「茶化さないでよ」


 麻希も結構本気じゃなかったみたい。まあでも、元カレともどっちが悪かったとかは思わないんだよね。それだけに怖いと思う。どっちかに比がなかったとしても自壊してしまうというのだから。簡単に壊れてしまうから、和馬との仲はつくろわなくていいじゃないか。


「でも実際そうなんだよね。そりゃたぶん告白したら付き合ってくれるっていう人は何人かいそうなんだけど、だからといってそんな人を彼氏にしたいかって言うと別だし」

「連城とか?」

「ああ、そうそう」


 麻希もそういう。たぶん末広先輩にどんどん行かないのはそれで嫌われたくないって思ってるからなのだろう。あれで中身案外乙女なところあるし。


「恋愛って難しいよね」

「そう、楽しいけど?」


 柚樹が言う。まあ楽しいと言えば楽しい。だけど、見方を変えてみればこれ以上に難しいことなんて他にないんだ。


「まあ、好きだったのはわかるけど、仕方ないことだからさ。きっとまた夢中になれる人見つかるよ。麻希より早く?」

「それは私に一生できないという意味で言ってるのかこんにゃろう」

「はわわ」


 麻希に口を引っ張られる。深雪もちょっと笑った。


「ただ問題は塾で顔合わせるんだよなあ。すごく気まずい」

「それは、確かに気まずいね。元カレがなれなれしく話しかけてきたら引くわ」


 麻希が言う。問題はそれなのだ。


「まあ、元カレなんてこれから何人も現れるわけだしさ。自然に話しかけられるようになるのを待つしかないんじゃない?」

「いっそのこと塾の曜日替えるという手も」


 私はその空気耐えられないから曜日変更を押すけど、その辺は深雪次第だよね。


「まあ、とりあえず何日か通って見て、無理そうだったら変えることにする」

「それがいいんじゃない」

「今日はありがとうね。私そろそろ帰るわ」

「あ、じゃあ解散する?」


 深雪が席を立つ。まあ、誰かに会って話を聞いてほしかった後は1人になりたくなるのかもしれない。まあそれを否定するつもりもないけれど、もう少しだけそばにいてあげたかったかな。


 料金を支払ってカラオケから抜け出す。結局4人で割り勘にした。深雪がいいよって言ったから。


 深雪が立ち直れたのはよかった。だけど、やっぱり誰かと付き合うってのは難しい。

 和馬との仲に流されかけた自分をもう一度いましめる。和馬と付き合うわけにはいかない。だって、気まずい関係になりたくないから。それなら、この気持ちを押し殺した方がいい。


『君を好きでいられればそれでよかったのに』


 なぜだろう、sqollさんの新曲の一節がヘビーローテーションしている。

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