11章 狂乱の夜宴

38話 原点再起/忘れモノに遭って

 闇夜の中竜が数匹、泥に足跡を残していた。

 瞬間移動の座標ミス――否、その竜の爪は、牙は、尾は、真新しいに染まっている。

 ……


 時間を掛けて、油断させ分断させたオニの軍。

 散らして包囲した、その部隊の一つ。


 壊滅させ終わったそれに、送られてきた竜はもう興味を失い、あるモノは残骸死体で遊び、あるモノは、――その数匹のように――目的地も何も無く、そこらをばらばらに這い続ける。


 不意に、一匹。

 その内の一匹が足を止め、首を伸ばし、その単眼を一点に向け、………首を傾げた。


 を見つけたのは一匹だけだ。ただの竜の間にコミュニケーションは存在しない。偶然似た方向に動いていた竜達は、足を止めた一匹に関わる気もまるで無いように、周囲の夜の中に消えていく。


 そんな中に一匹だけ残った、焦げたような色合いの、ただのザコ


 ………その単眼には、夜闇の中不自然に停止した、一台のトレーラが映り込んでいた。



 *



『そこは、前線である。これは、戦争だ。防衛戦である。そして、この防陣は窮地に瀕している』


 その言葉は、すぐ傍の通信機から聞こえてきて―――けれど、同時に、どこか遠くから聞こえてくるかのような、そんな気がした。


 トレーラの運転席。

 うなだれる駿河鋼也は、ずっと、分厚い硝子の中に閉じ込められているような気分だった。

 この一月…………見えるセカイを半分失ったその日から、ずっとだ。


 分厚い硝子の中にいるままに、分厚い硝子の外に出ようとしないままに、ただ、日々を過ごしていた。


 目の前に見える景色は、硝子越しで、ぼやけている。例えそれが命の危険であったとしても、どこかぼやけたまま。

 その脅威が硝子を突き破った事はあっただろう。ヒビの入ったそこから、狂気が、闘争が、本能が、硝子を突き破って現れた瞬間もあったはずだ。

 けれど、ほんの数日経てば、そのヒビはふさがり、駿河鋼也はまた硝子の中だ。


 耳にする音は、言葉は、硝子越しでくぐもっている。例えそれがどれだけ優しく、幸福な言葉だったとしても。

 ヒビを入れるだけの言葉はあった。あふれ出した幸福が、硝子にヒビを入れ、その外へと垣間見えた事は確かにあった。

 けれど、それもまた、続く日常の最中にふさがり、駿河鋼也はまた硝子の中。


 何もかもが、曇っている。

 確かに見えている。確かに聞こえている。確かに、駿河鋼也はそこにいて、セカイは駿河鋼也の周囲で動いている。


 だが、同時にその全て―――駿河鋼也自身まで含めたその全てが、駿河鋼也には、どこか、彼岸の出来事のようだった。


 絶望の殻に閉じこもっていたのだ。絶望の中に沈み、絶望に守られ、更なる絶望に怯えるように、硝子の中に閉じこもる。


 ずっとそうだ。今だって、そうだ。

 目の前のハンドルが曇っている。手に持つ写真が、そこに映っている青年と少女もまた、駿河鋼也には曇って見えて、目を凝らさなければ見えないような、そんな気分だ。


『各個の置かれた状況に置いて、自身の生存を最優先に考えろ。可能なら現戦域を速やかに離脱せよ。拠点にこだわり命を捨てるな』


 聞こえる声が、曇っている。理解は出来る。将羅の声だ。緊急事態を告げる、声。あの爺がわざわざ生きろと言っている。逃げてでも生きろ、と。拠点の存続が現実的ではない、そんなレベルの脅威が、駿河鋼也が立ち去ったすぐ後に、あの恩人達を襲ったのだろう。

 けれど、その、聞こえている声が、硝子の向こうから響くように、遠い。


『各個に最善を判断せよ。生き延びる上での最善を尽くせ』


 最善を判断せよ。この状況で、駿河鋼也の取るべき最善。


 スルガコウヤは、どうするか。硝子に閉じこもる前の、駿河鋼也なら?

 ………こんな悩む事などせずに、もう、引き換えしていたはずだ。

 他人の死を見過ごせない。自分よりも他人を優先する死にたがり。まして、窮地に陥っているのは恩人達だ。それを見過ごすという選択肢は、スルガコウヤには在り得ない。


 そう、わかっているのに、駿河鋼也はまだ動いていない。

 ………おそらく、夢を見たせいだろう。


 この絶望が生んだ硝子の中に閉じこもったのは、絶望を生むだけの何かが、鋼也の中に生まれたからだ。生まれた上で、失ったと


 桜は、もう、いない。そうではないと、知らされたとしても……未だ何もかもが遠いのだ。実感も何も遠いままに………そう、だから、駿河鋼也はただ、振舞っているだけだ。


 桜が生きている。そう聞いた結果、駿河鋼也が取るであろう行動を、何も考えずにしているだけ。


 だから、迷う。

 桜が生きているのなら、……会いたいと言うのは本心だ。会って、抱きしめて、それでやっと、駿河鋼也は安心するだろう。


 だが、同時に、後ろ髪も引かれている。恩人達が窮地に瀕している。それを、見捨てるのか?見捨てて自分だけが幸福な可能性に縋るのか?


 どう行動するべきか………決めるのは駿河鋼也だ。

 けれど、決めるべき彼自身が、その激情が、硝子の中に閉じ込められた様に、凍りついたように。


『必ず、生き延びろ。涅槃で会おう、などと言う気は無い。この老兵の失策だ。生き延び、逃げ延び、そして文句を言いに来い。俺は、死なない。貴様らも、死ぬな。……以上だ』


 ノイズ塗れに、老兵の声が途絶える。

 駿河鋼也は、一人、手に持つ写真を眺めた。


 生き延びろ。死なない。死ぬな。生きている。死なせたくない。

 ……助けに戻って、助けた上で、生き延びた上で、胸を張って帰る。

 それが、きっと、最善だろう。まるでチープなヒーローの様に、全て拾って、堂々と帰路に付く。


 けれど、その行動を、その決断を取りきれない。

 だから、そう、……駿河鋼也は怖いのだ。

 半端に、希望がある。桜が生きているという、実感の無い希望。

 半端に、絶望がある。恩人達が、アイリスやイワンが………扇奈が、死ぬかも知れないという絶望。


「………俺は、どうすれば良い?」


 英雄とか、他人からからかわれているだけの臆病で情けない、ただの死にたがりには、だから………それこそ英雄のような選び方は出来ない。


 決めあぐねて、決めきれず、硝子の中に閉じ込められたような、何もかも中途半端な気分のまま、駿河鋼也はふとフロントガラスに影を見て、視線を上げる。


 ………単眼。

 


「………ッ、」


 反射だ。その一瞬に、駿河鋼也が反応できたのは、経験則から来る反射と、境遇から強烈に植えつけられた圧倒的な恐怖。


 反射的にドアを、体当たりの様に開け、駿河鋼也は夜闇の中雪解けの泥の中へと、転がり出た。


 紙一重だっただろう。ガラスにヒビが入る音が響き渡る。トレーラのフレームが砕ける音が響き渡る―――。


「………クソ、」


 反射の様に毒づきながら、駿河鋼也は泥の中を転がり、立ち上がった。


 トレーラにしがみつくように……トカゲが居る。焦げたような体色。爪、牙、単眼………その尾は、トレーラを突き破り、たった今まで駿河鋼也がいた場所………その頭部があった場所を、貫いている。


 ひらひらと、写真が舞っていた。貫かれた運転席の中だ。その椅子に、さっきまで鋼也が持っていた写真が落ち、その上に、ぽたぽたと、………赤い液体が垂れている。

 

 竜の尾が、血に染まっている。尾、だけではない。その爪も、牙も、赤い血に染まっていた。


 誰の、血だろうか………。知っている奴の血か。知らない奴の血か。

 幻視したような、そんな気がした。

 運転席で頭を貫かれている駿を。


 死。

 そう、死だ。

 今、駿河鋼也を襲いかけたのは、これから、駿河鋼也を襲うであろうそれは、唐突で平等で抗い難い、


 真っ赤な牙が―――感情の無い単眼が、駿河鋼也を向く。

 鋼也は、顔を引き攣らせた。

 状況は、シンプルだ。目の前に竜がいる。駿河鋼也を殺そうとしている。殺されようとしている駿河鋼也は、無力だ。

 FPAをまとっているわけでも無い。武器も何一つない。隻眼も何も、関係ない。駿河鋼也は今、ここで死ぬ―――。


「…………、」


 心拍数が異常にあがる。体に震えが走った。武者震い、などと言えるわけも無い。ただの、根源的な―――それでいておそらく、この一月、死の恐怖。


 竜が動く。脚が、爪が泥を抉り―――そのザコは間合いを測るなんて賢い動きはしてこない。


 牙を剥く。爪が泥を抉る―――両方にこびり付いた血が、よだれと共に撒き散らされる。


 異形。脅威。竜。凝縮した、死。それが、鋼也へと迫ってきた。


 駿河鋼也には、必死に飛び退くほかに選択肢が無かった。

 泥に塗れ、横に転がる―――その真横を、竜の突進が、牙が、裂いていく。


 奇跡的にかわした。あるいはそれは、半分オニとして目覚めた、その身体能力の結果か―――そんな事を考える余裕は、駿河鋼也にはなかった。

 あるのは、今死ぬか、それとも生き延びるか。ただそれだけの究極の二択だけ。


 どうにか起き上がった駿河鋼也の前で、竜が突進を止める。その尾が、引かれ、振り回される―――。


「………く、」


 横薙ぎの尾―――こびり付いた血が撒き散らされ、その尾は、反射的に身を低くした駿河鋼也の頭上を、あるいはその横のトレーラの荷台を引き裂く。


 かわせたのは、からだ。

 何度も、何度も、こうやって、見てきた。殺されかけてきた。


 昔から、そうだ。

 死。

 原風景。

 全てを奪っていくのは、唐突に現れる、竜だ。

 昔から昔から昔から、いつもいつも。


 唐突な竜クソ野朗が全てを奪っていく。

 そして、そういう時、決まって、駿河鋼也は無力だ。


 無力で、……逃げるしかない。


「クソッ、」


 背後へと、それこそ飛び込むような勢いで飛んだ鋼也の目の前を、竜の尾が再び薙いで行く――。


 単眼と目が合う。竜の目に表情も知性も無い。だが、いつも、その目は嗤っている様に見える――。


 駿河鋼也は、肝心な時にいつも、から逃げるほかに無かった。

 覚えても居ない故郷が無くなった時も。

 軍に入って、部隊の仲間が全滅する度に。

 第3基地で、やっと居場所ができて、けれど、その時も、状況は駿河鋼也に逃げることを、生き延びる事を選択させた。


 この道だって、変わらない。

 恩人は帝国に帰れと言う。竜から、戦いから離れろと、周りが言う。

 そして、今この瞬間も…………。


「………クソ、」


 再度毒づいて、泥を跳ね散らしながら、駿河鋼也は竜から逃げていく―――武器が無ければ、ザコ一匹殺せない。


 せめて、FPAの、“夜汰鴉”の所へ…………。

 荷台へと周り込もうとした鋼也を、竜は追う。逃げる鋼也へと、尾が振るわれる。

 背後からの風鳴り――その音に、鋼也は、避けたのか体が竦んだのか、無様に泥の中に転がっていく。


 金属音が響き渡った―――火花を散らして、トレーラが両断される音。

 泥の中転び、振り返った鋼也―――。


 竜が見える。両断し、背面が崩れたトレーラ、その荷台の真横に。

 荷台の奥には、“夜汰鴉”があった。記憶とかなり形が違っている。イワンがいじったのだろうそれが、確かに見えるけれど……それを起動する時間も無ければ、そもそもそこまで辿り着けもしない。そこに向かう途中には、が大口を開けて待っている――。


 鋼也は立ち上がろうとした。だが、上手く立ち上がれない。脚は両方、確かについていると言うのに………身体が、すくんで動かなかった。


 恐怖が、鋼也の身体を支配する。死の恐怖。余りにも強烈に重ねあわされ続けたへの恐怖トラウマ


 いつもそうだ。いつも、肝心な時に、全てを台無しにするのはこいつらトカゲ共だ―――。

 苛立ったような、怒りのような、その激情の欠片は紛れもなく恐怖の裏返し。


 ………情けない話だ。

 威勢を張っているクソガキと何にも変わりはない。ただ、いつも、怖いから吼えていただけだ。けれど今は、吼えるだけの力すらない。


 駿河鋼也がヒーローだったなら、こうはならない。今、泥に塗れているはずがない。

 駿河鋼也が本物の英雄なら、そうあるべきとして生き延びるのなら、ここで助けが現れるはずだ。

 扇奈が駆けつけてくれるか?甘えるだけ甘えて真っ当に向き合わなかったくせに?都合の良い時だけ女に頼るか?確かに、その程度の浅薄な、クソ野郎だ。

 だが、居ない相手にどう頼るっていうんだ?


 “夜汰鴉”が独りでに動いて目の前の竜をぶっ殺してくれるか?ハーフなんだろ、意のままに操れるなら、その位できてもおかしくない。そう、投げやりに考えても、“夜汰鴉”は動かない。動くわけがない。ああ、そうだ………駿河鋼也にそうそう都合の良い幸運は訪れない―――。



 目の前で単眼が嗤っている。泥に塗れた隻眼の情けない男を、竜が笑い、その尾が、振り上げられる―――。


 死、だ。

 見慣れた死が、漸く、駿河鋼也に訪れる。


 ………ずっと、望んでいただろう。死にたかったはずだ。つい先日まで。そのずっと前も。死をずっと考えていた。それで、楽になりたいと。


 けれど、死に切れなかった。

 ………結局、鋼也は、死ぬのが酷く怖いのだ。

 その上で、死なれる事も同じくらい、いやそれ以上に怖いから、いつもいつも、それで、無理やり抗って、無様に吼えて―――。


 ………その、末路が、これだ。

 英雄なんて、大抵、ろくな死に方はしないもんだろう?


 尾が、振り下ろされる―――。

 あるいは、それは、走馬灯なのかもしれない。

 もしくは、ただただ無様な男が、最後の最後まで、女に頼ろうとしただけか。


『……鋼也。……待ってますね』


 最後に聞いた、………桜の声が聞こえた気がした。

 待っている、と、あのボロ小屋で最後にそう言っていた。

 あの世で待っている、なんて、そんなつもりで言っていたはずも無い。

 桜が、生きている。生きているらしい。最後の声じゃ、なかったんだ。……今更、それに縋ろうとして、縋るモノはそんな、形のないただの噂話だけで、今この瞬間をどうにかしてくれる他人なんて居るはずも無くて、けど、だからこそ………駿河鋼也は。


 …………


「クソがあああああああああああああああッ、」


 恐怖、絶望、希望、明日、過去、今この瞬間。

 全てをごちゃごちゃに吐き捨てるような気分で、俺の口からケモノじみた咆哮が漏れ、俺の身体は動き出す。


 頭上から迫る尾―――隻眼で距離感を掴み切れないそれを、圧倒的なで、生まれ持っていたらしいハーフの身体能力チートで、紙一重で見切り、かわし、その真横を俺は潜り抜ける――。


 桜にまた会う為には?生き延びる必要がある。

 生き延びる為には?このクソトカゲをぶっ殺す必要がある。

 このクソトカゲをぶっ殺すためには?武器がいる。


 シンプルだ。ああ、俺は馬鹿だからな。シンプルにしか生きられない。シンプルに、生き延びてやる―――。


 飛び込み、紙一重で尾をかわし、俺が落ちた場所は、トレーラの荷台の上。

 奥には、どう見ても原型がないくらいに改造されている“夜汰鴉”。

 この状況でそんなモノ起動していられるわけも無い―――だが、この瞬間即座に使える武器が、“夜汰鴉”の腰には付いていた。


 その武器を取りやすいように、“夜汰鴉”が僅かに身動ぎした―――そんな風に見えたのは、荷台に足をかけた竜の体重変化が生んだ錯覚か、あるいはオニの力って奴でちょっと動いたのか?………そんな事はどうだって良い。どっちだって良い。


 背後に竜が居る、俺の方を向いただろう―――無視して俺は前に進み、手を伸ばす。

 手に触れたのは、だ。

 馬鹿みたいに長い、刀………野太刀の、柄。

 抜刀術なんてそんな遊びを俺が習得しているわけがない。習得していたとして、野太刀でやるような技じゃ無いだろう。だが、背後で竜が雁首擡げて待ってる状況で他に選択肢は無い。


 どうせ、俺は無様だ。どうだって良い。ああ、どうだって良い。ぶっ殺して生き残れるなら、無様で一向に構わない!


 両手で柄を掴む。力付くで引き抜き、引き抜いたまま身体ごと振り回す。

 荷台の壁に刃が当たり、滑り、火花を散らして両断していく―――


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ、」


 声も何もあったもんじゃない叫びを上げながら、火花を散らして荷台をぶった切りながら、俺は振向き、その勢いのままに、野太刀を振りぬく。


 単眼には映っていた。

 情けない、泥まみれの男が。

 恐怖と狂気に包まれながら、馬鹿みたいにデカイ刀を振り回す馬鹿が。

 ヒーローでもなんでもない、ただの、無様な男が。


 ――その単眼に、長大な刃を、叩きつけるその様が。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 刃が単眼に食い込む。熱したバターの様に、掬い取るように、その硬い外殻が、単眼が両断される―――。


 血が舞った。

 真っ赤な血をそこら中に撒き散らしながら、頭部を叩き切られたクソ雑魚トカゲ野郎の死骸が、荷台から滑り落ちていく。


 降りかかった血が生暖かく、気色悪い。それを拭いながら、俺は、荒く息をついた。

 殺した。勝った。生身で、馬鹿みたいな刀で、相変わらず自殺じみた行動で。


 ………だが、俺は生きている。


「フ、フフ…………」


 クソみたいな気分で、笑うしかない位、……妙に清々しい。

 酷い世の中だ。まともに悩む事すらできやしない。悩んでると即、死に掛ける。結局、俺が居る場所はいつも戦場か?その上、結局、悩む位の選択肢は俺の目の前にはない。


 トレーラは酷い惨状だろう。返り血はどうでも良いとしても、ボロボロだ。まだ動くのか?今一瞬動いたとして、道中ずっと動き続ける保障は無い。


 “夜汰鴉”で歩いて帰るって手もあるが………そうだな。無しだ。今俺が遭ったような目に他の奴らが遭ってるのに、なんで俺一人でおめおめ帰れるって言うんだ?そんなもん、気分が悪いだろ。


 ああ、もう良いさ。泥まみれの上血まみれで、気色悪い。シャワーでも浴びたい気分だ。折角の再会が血まみれじゃ締まらないしな。シャワーを浴びるついでに、多種族同盟連合軍に恩を返そう。いや、逆か?


 ………どっちだろうと、俺の行動は変わらないな。見捨てて行ったら、気分が悪いし、見捨てた上で桜とまた会っても、俺はそう喜べない。


 写真は、落としたままか。………置いていこう。また、撮れば良い。

 桜は、生きてる。どうせ、俺は馬鹿だ。馬鹿みたいにそれに縋って生き延びた。その通りに生きよう。もし、それがただの噂で、本当は死んでいたら………その時は今度こそ潔く追い掛ける。


 それで、良い。どうせ俺はその位には馬鹿だ。


 返り血を浴びた肩に、返り血に染まった野太刀を担ぎ、俺は“夜汰鴉”へと振り返った。

 改めてみても……ずいぶん、形が変わってる。左右非対称アシンメトリーだ。左側、俺の死角側に半分盾のような、馬鹿でかい装甲が付いてる。右肩からは、そこらにある火器を適当にくくりつけたような、これまた馬鹿みたいなサイズの複合火器が吊るされていた。


 ………イワンの奴、完全に趣味に走ったな。トレーラの準備じゃなくてこっちに時間裂いたんじゃないのか?その証拠に、


「ホントに角付けやがった、」


 頭部に、オニのような角が……片側にだけ一本。ハーフ、か?あのおっさんイワンの奴、どう考えても遊んでやがる。

 もう、笑うしかない。

 そうやって、俺は野太刀の血を振って払い、“夜汰鴉”へと向き直る。


 その左、突き出た巨大な装甲板、盾に、ドワーフがしたのだろう、白い落書きがあった。


 ―――『The “Fear” in sight』。

 ………そんな、走り書きが。



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