傘の下

ポム

5/14 璃兎

ひとつが満たされると次が出てきて、飽きるということを知らない。だから俺、高瀬璃兎(たかせあきと)はいつも満足出来ずにいた。

今まで何人もの女を抱いてきたが自分が満たされることは一度として無かった。幸いなことに容姿が整っているため彼女というものには事欠かない。

そんな俺をいつものように恨めしそうに眺めながら、スタバで奢ってやった抹茶フラペチーノを、冷たいだろうに、両手でしっかり包み込みながらストローに吸い付いてるのは俺が唯一心を許せる親友、白石雪(しらいしゆき)だ。

「あきちゃんまた彼女?僕なんて未だに年齢イコール彼女いない歴なのにさぁ〜」

「雪だって作ろうとすればいくらでもできるだろ?俺なんかよりずっといい顔持ってんだから。」

俺はスマホから顔を上げずに言った後、少し申し訳なくなって雪の方を見た。

「思ってないでしょそれ!第一、それなら僕にだって恋人の一人や二人出来てるはずじゃないか。あーあー、あきちゃんはいつからそんな嘘つきになったんだよ〜」

そう言うと雪はむくれた顔をしたまま机に伏してしまった。

「嘘じゃねぇよ。お前が人付き合い少し苦手なだけだろ?」

「あきちゃんも、僕以外友達いないでしょ。」

「雪、俺は友達がいないんじゃない。俺が友達になりたいやつがいないんだ。」

「またほら、強がっちゃって、、、」

雪が最後なんと言ったのか俺は聞き取ることが出来なかった。

「じゃ、俺もう行かなきゃ、彼女、家で待ってるみたいだから。お前はこの後どうする?」

俺は立ち上がりながら雪に問うた。

「僕はもう少しここでゆっくりしてくよ。まだ買ってもらったのも残ってるから。気を付けて帰るんだよ。」

そう言いながら雪はニコッと笑って手を振った。色白で華奢な腕が袖口から覗いている。俺は少し手を振り返して店を後にした。


アパートの二階の角部屋、俺の家だ。

インターホンを鳴らすと彼女が顔を出した。不貞腐れているが無理もない、1時間も待たせてしまったのだ。

「上がって。」

彼女はドヤ顔で言った。いや待て、ここは俺の家だ、そんな風に言われる筋合いは無いのだが。

先日新調したスニーカーを無造作に脱ぎ捨てて部屋に上がる。羽織っていたパーカーを洗濯カゴに投げ込もうとしたがあと数センチ足りなかったようでパーカーはカゴの側面に当たって落ちてしまった。

彼女とは同棲しているわけではない。合鍵を渡しているというだけだ。だが鍵を渡してからというもの毎日来ているのでもう同棲と呼んでもいいくらいだろう。

俺は自室の小さな棚の最下段、奥を漁った。まだゴムは一箱残っている。

彼女に一緒に風呂に入ろうと誘われたがやんわり断ってベランダに出た。

ここで普通はタバコでもふかすのだろうが生憎、俺は非喫煙者だ。

俺は悩んでいた。このまま何も満たされない生活を送って、女を取っ替え引っ換えして、なにが面白いのだろうかと。だから、少し、外の風が恋しくなったのかもしれなかった。

彼女は完全に泊まっていく気だったようで、今日は無理だと言うと不服そうな顔をしていたがいつもとは違いなぜか素直に帰ってくれた。そして彼女は最後に少し心配そうな顔をして「無理、しないでね」と言ったのであった。

いつもそんなこと言わないのにどうしたのだろうと思いながら玄関で彼女を見送った後、ふとカゴに入れ損ねたパーカーのことを思い出した。

パーカーは明かりの消えた脱衣所に虚しく転がっていた。拾い上げると急にイラついてきておれはパーカーをカゴの中に叩きつけた。

リビングに向かって歩き出そうとしたとき、鏡の中の自分と目が合った。

泣いていた、大粒の涙を零しながら。

慌てて涙を拭う。いつから泣いていたのだろう、まさか送り出す時にはすでに泣いていたのだろうか。

思い返してみると少し前から右手が痛い。何処かにぶつけた、いや、何処かを殴ったような痛みだ。

喉も、痛い。俺はいつ、大声を出したんだ…?

俺は洗面台に両手をついて、俯いて考え込む。いや、考えるというより思い出すと言った方がいいだろう。

だんだんと記憶が戻ってくる。

ベランダから戻った後、リビングの机に二人で向かい合って座り話をしていたのだ。他愛無い日々の出来事を、主に彼女が。

今日の俺は終始焦点の定まらない目で彼女を見つめながら相槌打っているだけだった。考え事で頭がいっぱいだったのだ。

そのとき俺の方を見た彼女が何か言ったのだ。それに俺は激怒し多分、机を叩いたのだと思う。その後、送り出すまでの記憶がすっぽりと消えてしまっていた。

彼女が無理をしないようにと言ったのはその時にあったことのせいなのだろう。

ひとしきり思い出すとどっと疲れが湧いてきた。

今日はもう寝よう。明日は休みなのだから。

布団に潜って目を瞑る。意識はすぐに途切れた。

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