第6話 予想外の配属先

「平民として……って変なことを言い出すお嬢ちゃんだな。因みに理由を聞いても?」

「一々色々反応されたりするのが面倒だからですわ」

 嘘は言っていない。貴族だと知った人々が騒ぎ立てるのも、それによって騎士を選んだ理由を聞かれるような状況になるのも好ましくないもの。

「まぁ、俺は団員を貴族か平民かで区別したりしねぇから、お嬢ちゃんが構わねぇって言うなら平民のフィーラ? だったか。そう扱うのは別にいいけどよ。ただ、お前の親父にはちゃんと報告しとけよ。後であいつにどやされんのは御免だからな」

「えぇ! もちろんですわ、ベルトラン様!」

 両手を合わせてにっこりと笑えば、ベルトラン様は少し考えこむように唸ってから口を開いた。

「なぁお嬢ちゃん。どうにもお嬢ちゃんは貴族っぽさが染みついてるみたいだ。平民を装うつもりなら、せめてその口調はどうにかした方が良いと思うぞ。あと、俺のことは団長って呼んでくれ。俺は平民出身だからな。様づけで呼ばれるのはどうもむず痒い」

「口調……わかりました。努力いたし……します、団長さん」

「団長さん……まぁいいか。そんじゃ前置きが長くなっちまったが、お嬢ちゃんの部屋に案内するよ」


 騎士寮の中は外装から想像していたより綺麗で、新築とまではいかずとも、暮らすうえで古さは気にならなそうだった。

 私の部屋は寮の二階の一番隅に割り当てられた。

「この寮は原則としてすべての王宮騎士が入寮することになってる。だから普通は二、三人で一部屋なんだが、女性騎士に関しては人数も少ないし防犯面も考慮して一人一部屋、鍵付きだ。特にお嬢ちゃんはラスターからあーしろこーしろって煩く言われたからな。防犯面も住み心地も寮内一良いと思うぞ」

「あはは……」

 何だか申し訳ありません、団長さん。お父様ナイス! と思ってしまう自分を抑えられません。


 屋敷の私の部屋と比べるとかなり狭いけれど、その分なんだか妙に落ち着く部屋に荷物だけ置くと、団長さんのご厚意で寮内を案内してもらえることになった。

 二階はすべて団員の部屋で、共有スペースはすべて一階にある。

 まず案内されたのは浴場だった。広々とした浴場は完全時間厳守の男女交代制。時間をオーバーしたらそれはオーバーした方の責任、裸を見られようが文句は言えない、ということらしいので時間はちゃんと確認するようにしないと。

 洗濯は浴場の隣の専用スペースに記名した袋に入れて出せば侍女がやってくれるらしい。けれどそれも週に二回だけ。自分でやる場合は寮の裏手の井戸付近でやれる。

 次に案内されたのは食堂。団員が総出でも卓につけるように、大広間かと思うほど広いスペースに所狭しと横長の机と椅子が並んでいた。元々味は微妙で量だけは多い食事が提供されていたらしいけれど、数週間前に料理人が変わって味が劇的に良くなったらしい。

 ……そういえば私、数週間前に寮の食事が口に合うか不安だという話を何気なしにお父様にしたわね。


 最後に案内されたのは、団長さんの執務室だった。ここでは入団退団の手続き、配属先の変更や備品の申請なんかが行われるそう。

「お嬢ちゃんの入団手続きはほぼ完了しているが、最後にこの書類に本人の署名が必要なんだ」

 そう言って団長さんに手渡された書類には『宣誓書』と書かれていた。

「お嬢ちゃんが騎士になろうと思った理由はどうでもいいし、ラスターも言ってこなかったから知らんが、入団する以上覚悟は持ってもらう。我々王宮騎士団は王族の身を守るだけでなく、王族が治めるこの国を守る存在だ。刃を向ける者がいれば己より守るべきもののために動く。時には命を賭してでも。その覚悟はあるか?」

「……」

 ――私は今まで守られる側だった。伯爵家の令嬢に生まれ、自分のことばかりだった。

 でも、今は違う。

 アルベール殿下の妃になりたいから、お近づきになりたいから。ただそれだけで騎士になるなんて思い至ったわけじゃない。私は、私の手で自分が大切に思う人を守りたかった。

 もし、計画がうまくいかなくてアルベール殿下が私を見てくれなかったとしても、それを悔やみ羨むだけの人間ではなく、殿下の幸せを守れる人間になりたかった。

 だから、私は騎士になるの。

「いまさら覚悟など決めずとも、私はとっくに身命を賭すつもりですわ」

 胸を張って、前を向いて、堂々と。

「そうか。お嬢ちゃん……いや、フィーラ。お前さんはいい騎士になるかもな」

「光栄ですわ。あ、いけない、口調が」


 宣誓書に署名をした私に、団長さんは真新しい制服と配属先の書かれた用紙を渡してくれた。

 王宮騎士団の制服は清潔感のある白を基調としていて、襟と袖の部分は高級感のある金になっている。男性騎士はパンツスタイルだけれど、女性騎士はロングスカートだ。

「このサッシュは? 綺麗な青ですね」

「あぁ、それはお前さんの配属先を示すものだ」

 アルベール殿下の近衛は青なのかしら? あれ、でも以前社交界で見かけたときの近衛は確か……。

「第一王子の近衛は黄、第二王子は緑、第三王子は青だ」

「そうそう、以前見たときアルベール殿下の近衛は黄色のサッシュをつけていて、私のこれは青で……え?」

 黄色じゃない? 青? つまりは?

 バッと制服と一緒に渡された配属先の書かれた用紙を見る。そこにはハッキリと『第三王子近衛隊』と書かれていた。

「第三王子殿下の近衛!?」

「あぁ、あそこは特殊でな。お前さんの配属先としてはピッタリだってラスターのお墨付きもある」

「裏切りましたわねお父様っ!」

 次会ったときは絶対冷たくしてやりますから!

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