第4話 腹心の真実
※ラスター視点
今日はもう部屋にお戻り、と娘を返し、静かになった書斎でふぅと一つ息を吐く。
「よろしかったのですか?」
椅子にもたれかかった私に、お茶の片づけをしていたイルダが問いかけてきた。
「構わないさ。あの子が騎士団に入ることで生まれる利益の方が大きいからね」
騎士になりたい、なんて驚かなかったわけでもないし心から賛成できるようなことでもない。
それでもフィーラの計画……というより妄想だろうか。あれを聞いて騎士にしてしまった方が、このまま伯爵家の令嬢として過ごさせることより余程いいと気が付いた。
「第一王子は情に深い人間だ。リリアーヌ嬢を放り出してフィーラになびく、なんていう状況は恐らく来ないだろう」
「では、お嬢様のもうそ……計画が失敗する前提で旦那様はご許可を?」
「あぁ。いくらフィーラが可憐で美しく太陽のように明るく可愛い娘だとしても、難しいだろう。でも、だからいいんじゃないか」
何も王家との家門同士の繋がりが必要なわけではない。ダイアスタ伯爵家は大きすぎず小さすぎない領地を持っているし、領地内の経済も安定している。他領との交易も行っているし、大変不本意ではあるが、フィーラの姉が他領へ嫁いだことで関係は円満と言ってもいいだろう。
我が家門は現状、何も不自由はしていないし損もしていない。別に権力を欲しているわけでもないから、政略が絡んだ結婚など子供達にさせる気はない。
なら、現状何が“私個人”にとっての利益か?
「フィーラは強情だからね、殿下以外に嫁ぐ気などないだろう。なら、可愛い可愛い娘が、ずっとずっと誰にとられることもないということじゃないか」
……もう誰にも娘はやらん。
一年程前のことだ。フィーラの姉、エイラが他領の糞野郎に奪われてしまった。
しかもそいつは、男装姿のエイラに一目惚れしたとか阿呆のようなことを言ったのだ。
男装した女に惚れる? こいつは男色家なのか? 少なくとも普通じゃない。そう思ったことを素直に言えば、エイラはこう返した。
「あらお父様、お父様だってお母様の強気な性格がお好きでしょう? 彼は私の男よりも強気なところに魅力を感じているのですよ。尻にひいておけばいいんですから、女は貞淑たれ、なんて思っている他の貴族よりマシだと思いますけれど?」
否定の言葉は出なかった。妻の強引なところもいつだって強気な姿勢も凛とした佇まいもすべてが愛おしいし、エイラの妻に似た気質も魅力的だと知っていたからだ。
つまりは結婚を止められず……私の宝が一人私の下を去ってしまった。あの時の悲しみは最早トラウマと言っても過言ではない。私はもう絶対に、相手が誰であろうが、娘はやらんとその時決めた。
兄姉に似ずにお淑やかに育ったフィーラが、デビュタントの頃から第一王子に惚れこんでいたのは知っていたが、大人しい性格のフィーラが自分から積極的にいけるとは思っていなかったし、その頃既にリリアーヌ嬢という名実ともに第一王子妃に相応しい人物が第一王子の側にいた。放っておいても問題はなかったのだ。
まさか、今回あんなことを言い出すほど惚れこんでいるとは思わなかったが。
騎士団に入れてしまえば、フィーラの価値しか見ないような貴族共からフィーラ自身を守ることができる。
騎士にすれば多少身の危険はあるだろうが、それも身の危険がないような配属先をあてがってしまえばいいだけだ。フィーラには申し訳ないが、第一王子の護衛騎士になどさせるつもりは毛頭ない。
幸いなことに騎士団長の男とは旧知の仲だ。少し安全を考慮しろと言えば察してくれるだろう。
……それにフィーラが第一王子の護衛騎士をするのには問題が一つあった。
「イルダ、フィーラは自分が魔法を使っていることを本当に気づいていないのかい?」
「はい。ご本人からすれば、緊張してちょっと力が入った、程度にしか思っていないかと」
「やはりそうか」
困ったように眉を下げたイルダの言葉に溜息が出る。
実はフィーラは社交の場、正確に言えば第一王子が出席する社交の場において、無意識に自身へ隠匿の魔法をかけていたのだ。
緊張、恥じらい、原因はわからないが、少なくとも第一王子からすれば気配を誤魔化して自分に近づいて、何をするでもなく侍っているだけの怪しい令嬢という扱いだろう。
もし第一王子の護衛騎士にでもなろうものなら、トラブルにならないわけがない。
「ならなるべく第一王子に出くわさないような配属先を頼むことにしよう。それとこのことが陛下以外の王族に伝わらないよう陛下に“お願い”しなければ」
「……あまり、やり過ぎない程度になさってくださいね」
「どういう意味だい?」
「いえ……」
ラスター・アル・ダイアスタ伯爵。彼は王宮で腹心の異名をとる親馬鹿だ。
彼の“お願い”は誰であろうと断ることができない。そう、たとえそれがこの国の頂点たる国王であろうと。
ちなみに“お願い”の内容は国政や権力に関することはほとんどなく、本当にささやかなものばかりだが、“お願い”された側からその詳細を聞くことはまずできない。皆一様に何かを恐れるように口を重く閉ざすのだ。
――そんな彼の手腕を恐れて彼が
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