第2話 子煩悩なお父様

 イルダを書斎に居るお父様のもとへ使いへやって十分もたたないうちに、お父様は私を書斎へ招いてくれた。

「失礼します、お父様。お仕事中に申し訳ありません」

「愛娘に会うこと以上に優先すべきことはないから大丈夫だよ、フィーラ」

 そう言って満面の笑みで両手を広げたお父様。これは「さぁこの胸に飛び込んでおいで!」という意思表示。小さい頃は喜んで飛び込んでいたけれど、さすがにもう人前でお父様の胸に飛び込む勇気はございません。

 ちなみにフィーラというのは私の愛称。まぁそう呼ぶのは家族くらいだけれど。


 つれない態度にしょんぼりと肩を落としたお父様――ラスター・アル・ダイアスタ伯爵は、子煩悩で優しいけれど、老化を知らないその若々しさと白髪一本ない輝かしい金髪は、お母様もついつい愚痴をこぼすほど。聞きかじった話では王宮で“腹心”と呼ばれているらしいので、私からしたら親馬鹿なだけのお父様は、実は王様から信頼されている凄い人なのかもしれない。


 社交シーズン真っ只中の現在、我が家はお父様と私が王都に、お兄様とお母様が領地にいる。お姉様は一年前に他領に嫁がれて、現在は旦那様を尻に敷いているそう。

 私とお父様が王都にいるのは、お父様がお仕事と他領とのパイプづくりのため、私はアルベール殿下のお側にいたかったから。

 本当は殿下ばかりについて回るのではなくて、良い感じの殿方とお近づきになろうと頑張るのが家のためだと理解はしている。けれど恋とは理屈ではないと聞いたので、私は理屈ではなく感情で動きました。結果、盛大に失恋をしたわけですけども。


 でもイルダの言葉で目が覚めた。私はまだ“完全に終わった”わけではないと。


「お父様、今日はお願いがあって参りました」

「お願い?」

 真剣な面持ちの私に、お父様の表情も少し硬くなる。子煩悩モードのお父様はともかく、領主としてのお父様は公平で誰に対しても容赦がない。それは次期領主のお兄様に対してもだった。

 反対されることは想定内。それでも私は決めたの。

「私……王宮で騎士になりたいのですっ!」

 書斎に私の声が響くと、目の前で言葉を受け止めたお父様は完全にフリーズし、部屋の隅で控えていたイルダは額に手を当てて首を振っていた。


 やがてハッと意識を戻されたお父様は、覚束ない足取りでこちらに歩み寄ると私の両肩に手を置いた。

「フィーラ、お前だけは“まとも”だと思っていたのに……。兄姉あのこらに変なことを吹き込まれたんだろう? 無理をしなくていいんだよ」

「いえお父様、私べつにお兄様にもお姉様にも変なことを吹き込まれたりはしてません。それに無理をしているわけでもありません」

 キッパリと返すと、お父様は真っ青なお顔でふらーっと後退り来客用のソファに座り込んだ。

 ちょうどいいので私も向かい合う席に座らせてもらおう。

「お父様、真剣に考えた結果なのです。お許しいただけますか?」

 渾身の上目遣いアンドお祈りポーズ。ついでに小首も傾げちゃいます。今までの人生で一度も使ったことがないようなあざとさ全開ですよ。

「詳しい話を聞かないことには流石に判断ができない。何故急にそんな頭のネジが数本吹っ飛んだみたいな思考に至ったんだ……」

 愛娘にこんなにも可愛いお願いをされても揺らがないとは……領主モードのお父様は手強いわね。

 まぁ、最初からすんなりいくとは思ってないのでいいけれど。


「お父様はアルベール殿下がリリアーヌ様とご婚約されたのはご存知でしょうか?」

「あぁ、その話なら直ぐに伝わったよ。随分と盛大で賑やかな場所でされたようだからね」

「そうなのです!」

 あんなに盛大なパーティーで、あんな観衆の中する必要あります!? ご家族しかいないような時にされていれば、私をはじめとした失恋組はあそこまでのダメージを負わずに済んだのに!

 ……ちょっとああいうのに憧れてはいますけども。

「ですからアルベール殿下の正妃はリリアーヌ様になってしまうわけなのですけど、でもまだチャンスはありますでしょう!?」

「……側妃になろうと? でもそれで何故王宮の騎士に?」

「イルダに大人の恋愛というものを教えられていい計画を思いついたのです!」


 王宮の騎士になればアルベール殿下の警護の任務に就くことも可能! ならば騎士として私はアルベール殿下と苦楽を共にし、また殿下に尽くすことで好感度も右肩上がり間違いなし!

 そんな風に私と殿下が距離を縮める中、リリアーヌ様と殿下にはどんな恋人や夫婦にも不可避のアレが来るわけです。

「そう、倦怠期! お二人の仲が冷める一方な中、殿下はこう思うのです。あぁ、フィリーレラは私に尽くしいつも側にいてくれる。なんていい娘なんだろう、と! そして私はめでたく殿下の側妃になるわけです」

 計画の全貌を聞いたお父様は、先ほどより二割増しくらいで遠い目をされた。

「その計画、もしかしてかなり時間がかかるんじゃ? フィーラはそれでいいのかい?」

「長期戦は覚悟の上です! 最後に勝てば良いのですよ!」

私の言葉を聞いてお父様は二割増しで遠くなっていた目をそっと閉じられた。

「……」


 お父様が沈黙してしまって、部屋には時計の音だけがいやに響く。

 反対されたらどう言いくるめようかしら、なんて考えていた時、ふいにお父様が目を開けられた。その表情は先ほどまでとは打って変わって柔らかく、口元は弧を描いている。

「よし。その話、許可しよう」

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