第13話 悪魔の契約

 ラインハルトは、自室で独り瞑目していた。脳裏に浮かぶのは、幼い頃見た兄の優しい笑顔、そして呪わしい運命の日の苦悶に歪んだ兄の表情。

復讐の凄惨な決意が、ラインハルトの表情を険しくする。


 デスクのモニター脇に在るLEDが点滅して、コール音が鳴った。

スイッチを入れると、モニターにエリックが映った。

「ラル、俺だ。連中の系列企業経由で、不審な動きを掴んだ。やたらとガードの堅いブロックが在ったんで、内部に潜り込んでチェックを掛けたんだ。どうやら、ビンゴだったぜ。ここ数ヶ月、アウタータウン近郊に在る統合軍関係の施設にNBC兵器開発用資材が大量に運び込まれている。それも、実地試験用資材としてだ。連中は、また悪魔の様な人体実験の為に、アウタータウンのシムラベリング非登録者達を利用するつもりだ。・・・俺のお袋の様にな。今度こそ、確証を掴んでやる。」

「エリック、慎重に行動しろ。潜入には危険が伴う。ウィル兄さんの仇に関する情報は、無理に捜す必要は無い。連中の妨害活動を続ければ、向こうから現れるさ。・・・無事に帰って来い。お前は親友だ。」

「ああ、連中に一泡吹かせる迄、俺は死なない。必ず戻るさ。アイリーンにも、そう伝えておいてくれ。おっと、誰か来た様だ。通信、切るぞ。」

モニターがブラックアウトした。


 ラインハルトは、席を立つと部屋の隅に行き、壁に掛けられている絵画の額に触れた。

絵画は額縁ごとスライドして、壁面に隠されていたスイッチが現れた。

暗証番号を入力すると、壁面が上に動いて入り口が開いた。

隠されていた部屋の内部には、統合軍でも最新の部類に入る超伝導レールガン、神経麻痺電子銃、クレイボムショットガン等が大量に並び、戦争を始める準備とも言える規模の重火器が保管されていた。

 ラインハルトは入室すると、自嘲する様に微笑した。

「ウィル兄さん・・・。兄さんの命を奪った連中の武器で、俺は復讐を遂げる。その時迄、俺の人生の時間は止まったままだ。」

 部屋の片隅に置かれている壊れたアーマーを抱えて、ラインハルトは寂寥感から独り涙を流した。兄のウィリアムが死の瞬間迄身に着けていた、メタルボウル選手用のアーマーだ。

 強化チタニウム製のアーマーが、無残にも原型を殆ど留めぬ程に破壊されている。

擦れた声で、ラインハルトは呟いた。心の奥に秘めた感情を、精一杯搾り出す様に。

「ウィル・・兄さん・・・必ず・・仇を取る。見ていてくれ。」

顔を上げたラインハルトの表情は、何者にも屈せぬ凄愴な迄の決意に満ちていた。


 ふと、誰かの気配に気付いて振り返ると、部屋の入り口にアイリーンが立っていた。

「ラインハルト。ギャレイシティの事件の解析が完了したわ・・!」

アイリーンは、ラインハルトの瞳を見て戦慄した。獲物を狩る野獣の双眸に似ていた。

「アイリーンか。司令室には、許可無く入るなと言って置いた筈だが。」

一瞬で、普段の冷静な瞳に戻った。或は、先刻感じたものは気の所為であったのかとも、アイリーンは考えた。否、考えようとした。足が竦んだ。

「・・・まあ、いい。それより、至急メンバーに招集を掛けてくれ。皆の力が必要だ。統合軍の動向に合わせて、こちらも大規模な作戦を展開する事になりそうだからな。」

「え・・・あ・・わ、解った。すぐに連絡するわ。」

アイリーンは、慌てて踵を返すと情報処理室へ向かって走り出した。

デスクの上に置かれた報告書に目を留めたラインハルトは、武器庫から出て確認作業を始めた。ギャレイシティでの民間人及び警官隊惨殺事件に関して、詳細なデータが並べられている。犯人は既に警察当局により逮捕、死刑が宣告されている。

「これは・・どうやら違う様だな。死体の惨状から、当たってみたが・・・そう簡単に見つかる訳は無いか。・・ん?」

エリックが入手したデータの記載が有った。犯人は、刑務所から極秘裏に軍関連の施設に移送されていた。

「カオス・コーポレーションの軍事科学研究所か。追跡調査は、ここで完全に停止しているな。所在地は、カオスシティのセントラルパーク・・行政府のイオン量子ヨタA.Iオメガが在る、全世界の政治経済の中枢じゃないか。一体何が行われているのか・・死刑囚を何に利用しようと言うんだ。だが、これ以上の内部調査は危険過ぎる。エリックを潜入させる訳にはいかない。」

 問題の死刑囚は、軍事科学研究所に移送された後で、アルファとベータと呼ばれる2人の戦闘能力のデモンストレーションで屠られたのだが、ラインハルトには知る由も無い。

エリックから連絡の有った、統合軍のNBC兵器人体実験を阻止する為の対策を練るべく、ラインハルトは思慮深げに黙考する。不意に、デスクのLEDが再度明滅し、コール音が鳴った。

スイッチを入れると、モニターに体格の良い若者が映った。

「ウォルフか。どうした。」

「リーダー。さっき、アイリーンから召集の連絡が入った。これからすぐにそちらに向かう。だが、その前に、こちらの状況を報告しておこうと思ってな。ハンスブルグシティの行政府管理センターで、統合軍の計画に関する情報を掴んだ。と言っても、詳細は不明で、判ったのはその名称だけだ。“審判の光”計画と言うらしい。」

「“審判の光”か・・・。ウォルフ、苦労を掛けたな。」

「何、俺達は皆想いは一緒なんだ。気にするなって。視力を失ったジェシカの為にも、俺はどんな困難も打ち砕いてみせる。」

「妹の為・・・か。そうだな。俺達は、何が有っても諦める訳には行かない。」

「そういう事だ。じゃあ、また後でな。」

モニターがブラックアウトした。

「統合軍のNBC兵器人体実験計画、そして詳細不明の“審判の光”計画・・・。必ず、俺達が阻止してみせる。連中の支配体制を支える非人道的な計画の全てを悉く叩き潰す事。それが俺達、黙示録の旅団の使命だ。」


 悲壮な迄の決意が溢れる瞳で作戦スクリーンを見据えたラインハルトは、冷徹な思考力で統合軍に対抗する作戦を緻密に計算する。

「NBC人体実験計画の方は、統合軍の特殊作戦部隊が指揮する筈だ。連中が相手となれば、こちらも相応の犠牲を覚悟しなければならないだろうな。」

例えどの様な代償を払う事になろうとも、ラインハルトは復讐を成し遂げる覚悟で居た。己の生命と引き換えにしてでも。しかし、仲間の生命を犠牲にする事には、躊躇いが有る。

凄惨な復讐の狂気と、友情と言う理性的感情の狭間で、ラインハルトの心は激しく葛藤していた。時折、悪夢に見るのは、累々たる屍の山の頂で仇の首を掲げ、返り血で真紅に染まっている自身の姿だ。絶望的な苦悩に苛まれる日々。だが仲間の存在が、闇に支配されかけているラインハルトの心に一縷の希望の灯を燈していた。復讐の為に非合法活動を行う事はあっても、大切なものを失った心の痛みが判るから、無関係の者を巻き込む破壊活動に手を染めるつもりは無い。社会に憤懣の矛先を向ける程、ラインハルトは愚かではない。ターゲットは欺瞞に満ちた統合軍に決まっている。強大な敵に立ち向かう革命軍の統率者としての責任を果たす為、決断を下す時が今である事を自覚して、ラインハルトの眼光は鋭さを増した。


 傍らの操作盤のスイッチを入れて、アイリーンを呼び出した。

「アイリーン、シュトロハイムにコンタクトしたい。アポイントを取ってくれ。」

告げられた名を聞くと、アイリーンは背筋の凍りつく様な思いで問い返した。

「シュトロハイム!・・あの、死の商人のシュトロハイム?」

裏の社会では知らぬ者の居ない、冷酷非情な武器商人だ。巨大軍事企業のカオス・コーポレーションにも所属せず、独自に活動を続けている。

「ああ。現在の我々の戦力では、統合軍特殊作戦部隊を敵に廻す事は困難だ。・・・勝利の為には、奴の力が必要だ。・・・明日迄に頼む。」

強固な意志を感じさせる口調で告げると、ラインハルトはモニターのスイッチを切り、今後の計画に意識を集中し始めた。NBC兵器人体実験計画を必ず阻止する。その為には統合軍特殊作戦部隊との戦闘も辞さない。しかし、戦闘は熾烈を極めるだろう。仲間の犠牲を極力避ける為に選択した手段が、死の商人シュトロハイムとの契約だ。既に大量の重火器類を購入しているが、作戦遂行の為の訓練を受けた精鋭で組織された特殊作戦部隊に対抗する為には、相手と同等の武器を手に入れただけでは不十分だ。シュトロハイムは、武器商だけではなく、戦闘要員の派遣業も営んでいる。統合軍に所属しない、フリーランスの戦闘のプロフェッショナル。ラインハルトは、そのプロを雇い、戦闘の指揮権を委譲するつもりで居た。確実に勝利を掴む。仲間達の愛する家族の為、闇に葬られたアウター・タウンの住人達の為、そして非業の死を遂げた兄の為に。ラインハルトは、己の肉が裂け、骨が砕けようとも、鋼の如き意思で作戦を成功に導く事を決意していた。復讐の焔が瞳に揺らめき、行く手を阻む暗雲を切り裂く様に妖しく輝いた。

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