じんぎなきたたかい:村の集会場にて。


 昏めく天に輝くナイターの灯り。それはあまりに眩く、少年たちの目を惹き付ける。


「お前たちも知っての通り、かつて我々は鬼人と恐れられた一族だった」


 鮮やかな緑の芝生と赤いグラウンドの対比が目に焼き付く。ニワとストはテレビの野球中継に夢中だ。


「この大陸に俺らを遮るものはなにもなかった。南の大海から北の大雪原まで、気ままに駈け回っていた。かの西の覇王マッティオ大王の侵攻を止め野望を砕いたのも、我らが先祖だ」


 轟きのような大歓声がテレビ越しにも響いてくる。スタンドを埋め尽くすこんなに多くの人間を少年たちは見たことがない。


「だが、いかんせんご先祖は恐れられ過ぎた。人間からも、敵からもな。まぁ、人間と敵との戦争が激化するなかでちっと暴れすぎた」


 今シーズンの掉尾を飾る優勝グランドシリーズ。長く拮抗状態のまま続いてきたそれは、今日勝ったほうが優勝者となって幕を閉じる。


「とうとう国を滅ぼされると恐れた人間どもに売られた。共同戦線を持ちかけてきておいて、奴等は俺らを敵に売ったんだ」


 それを映すテレビは古くて小さい。何度も壊されたものを素人修理しているため、映像にもひどい横線が入っている。それでもこれがこの村唯一の夢を映す機械テレビだから仕方ない。


「ご先祖もまさか自分たちが敵よりも恐れられているとは思っちゃいなかった。のこのこ戦場へ出ていったやつは前と後ろを挟まれて全滅だ。もっとも、相当数を道連れにしてだがな」


 高らかな開戦宣言とともに散らばる選手たち。誰も彼もが少年たちをワクワクさせるスターだ。


「かろうじて生き残ったのはごくわずかだった。もはや一族として人間や敵に対抗する術はなく、こうしてご先祖はここ僻地へ追いやられた。この国は俺たちを存在しないものとして扱っている。ここには人権もロクな糧もない。敵に好きなように支配されている」


 二人は投じられる一球一球を食い入るように見つめる。


「今の俺たちに打破するだけの力はない。だが、ただ現状を諦めているわけじゃあない。今は静かに耐えて力を養うときだ」


 ひときわ体の大きな打者。豪快なスイングで投球を迎え撃つ。


「そうすれば、お前たちやお前たちの子が、孫が、三代先が、五代先が、あるいは十代先が、かつての力を取り戻して人間も敵もまとめて滅ぼしてくれるだろう――」


 そして、打った。力強く打たれた白球はどこまでも伸びていく。


「――つまり俺がなにを言いたいかというと、」

「ってか! さっきっから後ろでうるっさいなぁ!」


 イライラと振り返ったストは、後ろに立った父親が片手にリモコンを持っているのを見た。

 え、と思ったときには、チャンネルが無情にブツリとメロドラマへ変えられた。


「つまりなにを言いたいかというと、今から俺が先週の続きを見るからお前らは我慢しろ、ということだ」

「なあああああ!?」

「なにすんだクソオヤジ!!」


 リモコンを奪おうと飛び掛かってきた息子を適当に躱して腕をとる。ついでに驚愕顔のままテレビ画面の前で固まっているニワの首根っこを引っ掴む。そのまま無造作に後ろへ二人を放り投げた。


「だあああ」


 小さい悲鳴とともに後ろからごろんごろんばたんと音がしたが、どうせ受け身をとって転がった音だろうから気にしなかった。


 そして集会場には、ドラマの女優ヒロイン目当てのおっさん仲間がぞくぞく集まってくる。


「お、もう始まってんのか?」「いやまだオープニングだ」「先週どこで終わったっけ?」「不倫バレたとこ」

「おい、床下の酒、まだあるか?」「おう、昨日俺がこっそり運び込んどいた」「あ、そっちの壁にイノシシの燻製あるぞ」「なんだこの量、どうした?」「この間の猟のとき一頭ちょろまかして作った」


 あれよあれよと宴会が始まった。

 さすがにこの大人たちが相手ではとうてい敵わないことぐらいストもニワも分かっている。

 情けない顔で半べそかくニワの横でストはぎゅっと拳を握った。


「……今に見てろ、こてんぱんにしてリモコン奪ってやるからな……」


 非常に耳のいい父親は息子のつぶやきをあまさず聞き取り、軽く鼻で笑っただけだった。


「もう夜だ、子供は帰って寝ろ」


 微塵も相手にされていない。


「くっそー」

「もういいよ、帰ろうよ」


 いきり立つストの腕をニワが揺する。


「母さんに電池買ってきてもらったから、うちに来ればたぶんラジオ聞けるよ」

「おまっ、それ先に言えよ!」


 猛然と立ち上がった。さっきの一打がどうなったのか早く知りたい。ニワを引きずるように集会場を飛び出す。


 外は深い闇に覆われていた。空には月もない。しかし夜目の利く二人は問題なく道を駆けた。

 遠く瞬く星を見上げてニワが言う。


「あー。いつか、ホンモノの野球、みたいなー」


 ストはニワの手を引っ張ったまま亀裂を飛び越えた。


「任せろ! 俺がみんなを外に連れてってやる。お前に野球も見せてやるよ」


 引っ張られていたせいでうまく踏み切れなかったニワが亀裂に落ちた。


***


 およそ10年後。


「んがああ!」


 急に旦那が変な声を上げたので、子供を寝かしつけていたシギは驚いて顔を撥ねあげた。夫のストが最近友人から送られてきたとかいう小さな機械を握りしめて騒いでいる。


「ちょっと! やっとソウマが寝たのに! 起きちゃうじゃない!」


 小さな声で抗議すると、ストは憮然とした顔のまま「ごめん」と謝った。


「でもこれ。見ろよ。ニワが。ドヤ顔写真送ってきやがった」

「どやがお??」


 意味の分からないことを言いながら、ぷんすかと小さな写真を向けてくる。見ると確かに幼馴染みは写っているが、顔が半分ぐらい見切れたうえに背景のわちゃわちゃした変な写真だった。


「……なにこれ?」

「野球スタジアム」

「へえ…………?」


 それのなにがそんなに気にくわないのか、シギにはまったく分からない。だけどもなぜだかストはへそを曲げている。


「そんなことより! 早く畑に出てよ! 午後は東の段を組み直すって言ってたでしょ!」


 すまほを取り上げ家から追い出す。ストは「うがー」とか叫びながら出て行った。まったく、夫はいつまでたってもガキ大将っ気が抜けなくて困る。

 ようやく静かになってから、シギはあらためて手もとの写真へ目を落とした。

 小さいころに村を出て行った友人が、すっかり大人になって幸せそうに笑っている。


「いい写真だと思うけどなぁ」


 ふと思い立ち、すまほをいじくってみる。確かニワが寄こした説明書きにはこれでも写真を撮って送れるとあったはずだ。

 何度か試して撮り方の分かったそれを幼い息子に向ける。穏やかな昼寝顔を一枚写真に収めた。


 シギは、ストが戻ってきたらこの写真をニワに送ってもらおうと思った。

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