25, 市長のほくそ笑み



「まァむさ苦しィとこですけどねェ、茶ァでも飲みながらお待ちくださいや」


 先頭で案内をしているのが古参冒険者のドゥッシュで、その後ろからテープカット要員がついてくる。商工会長さんとか町内会長さんとか、市長とか。


 市長と目が合う。市長が嫌悪感も露わににらんでくる。にらみ返すぐらいじゃとても足りない。力の限り精一杯のあっかんべーをお返しする。


 ごちんとドゥッシュのげんこつが頭に落ちてきた。目から火が飛び散り舌を噛む。痛。


「なァにしてるかッ。まったく。しかも汚ねェカッコしてェ。だれぞ血祭りにあげたかは知らんがァ、場所柄くらいわきまェ!!」

「……すいません」


 二十代後半から三十代前半がピークと言われるこの業界で、その齢を遥かに過ぎてなお現役を続けるこの人に、頭の上がる小鞠市冒険者はいない。


 ただ、目だけは市長から離さず、にらみを続行する。市長もずっとこっちをにらんでいるので、先にやめるのはなんか悔しい。

 憤怒で市長の顔が茹でダコみたいに赤くなる。きっと頭の血管にもよろしくないだろうに、なんで命まで賭けてこの人はにらんでくるのだろう。


 いつもなら、怒り心頭に発した市長がそろそろなんか喚き出すのだが。


 市長は、赤黒く染まった顔でにやりと不気味に嗤った。


「――!」


 思わず目をそらす。なんだかとても気持ち悪い。どうしたというのだろう。笑みの意味が、そこで笑う真意がわからない。

 でもとても嫌な感じだ。いいことであるはずがない。


 目だけでは足りず、体ごと市長からそむける。


「おや、ヴィルトカッツェの諸君、君らも来ていたのかね」


 上機嫌になった市長の声が、お洒落勇者たちと挨拶を交わす。その声を耳から追い払うべく首を振っていたら、ドゥッシュが肩を叩いてきた。


「そんでェ? なんでまァたそうも血塗れになったァ?」

「さっきティエラと囮猟しただけだって。ちょっと危なそうな敵さんいたから」

「またかァ? 最近多いなァ。ちったァ他のヤツらァにも回してやらせろよ。おめェらばっかりでやってちゃァ、いざってェときに危なくなるだろよ」

「いざ?」

「例えばだからァ、てめェらが不在のときとか、だ」

「なるほどー。でもとうぶん出かける予定はないし、大丈夫だって」

「そうかァ。だとしても、負傷し……食あたりおこしてェ動けなくなるかもしれねェしよ」

「確かに。って、なんで今言い直した!? 普通に負傷の例えでいいだろ」

「そのカッコで舞台上がる気かァ?」

「さすがにそれは。ほら、あっちの勇者が代わりに出るから」


 まだ市長を始めとするお偉いさん方と挨拶を続けているお洒落勇者たちを示す。


「あァ、あの噂のパーティーだよなァ? 話にはァ聞いてたが、俺ァ会うのは初めてだ。なんてェ名前だったかね?」

「えっと、パーティーはヴィルトカッツェ。でもあいつの名前は覚えてない」

「あいかわらず男の名前ェ覚えんやつだなァ」

「女子の名前は覚えてるみたいに言うな」


 事実無根にもほどがある。


「まァ、代わりがいるってェなら、そらァ良かった。だよなァ、どだい無茶だったんだよなァ、てめェと市長とおんなじ台にのっけよォってのが。誰だァ、んなこと言いだしたのは」

「お前だろ」


 企画したものの、皆がこの役を嫌がり、押しつけ合っていたらドゥッシュが「若いヤツで」とか言いだしたのが始まりだ。


 ついでに市長が思い出されて不愉快な気分になる。直視するのはなんかこわ……嫌だったので、焦点をずらしてそちらを探る。視界にぼんやり得意満面顔の市長が映った。


 最悪の気分だ。


 ドゥッシュが隣でため息をついた。


「ここで市長と戦争起こされちゃァかなわん。用も無くなったんだろ、帰ェれよ」


 言われてみれば、確かにここにいる必要はない。願ってもないことだ。


「それじゃあ俺は退散するから。あいつらの面倒、頼んだ」


 お洒落勇者たちのことはドゥッシュに託し、そそくさとテントを離れる。

 後ろからドゥッシュが「てめェもいい加減大人になれよ」とかいう意味不明な餞別の言葉をくれた。


 人混みを避けて歩きながら、どうするか考える。おそらく後からティエラも来るだろうから、それを放置して家へ帰るというのも悪いだろう。もう来る必要はないと連絡するべきか。


 なにげなくポケットに手を突っこむと、かちゃりとキーが出てきた。

 しまった、モンスターのカギを返さずに来てしまった。さすがに一人で乗って帰ったら怒るだろう。


 かといってあの本部に戻るのは嫌だ。仕方ないからお洒落勇者たちが戻ってくるまで適当に時間を潰していようか。


 そんなこと考えていると、タイミングよく屋台の端にしゃがみ込む亜麻色くんを見つけた。

 右手に食べかけのフランクフルトを持ち、左手に金魚の入った袋をさげ、ピンクのひよこの入った箱を熱心に眺めている。ものすごくエンジョイしてる。


「なにしてんだよ、お前。てか、その金魚、どうするつもりだよ?」


 近寄って声をかけると、顔を上げた亜麻色くんが「あちゃー」という顔をした。


「あー、見つかっちゃった。金魚? 飼うに決まってんじゃん」


 よっこいしょと立ち上がり、金魚を目の高さに掲げる。


「ほら見てよー、黒いのと赤いのと一匹ずつ。これだけでもすくうの、すっげ大変だったよ。なんか活きが良くってさ、金魚すくいの金魚じゃないよ」


 金魚が飛ぶだの瞬間移動するだのとぶつぶつ言う。それから、ふと思い出したように言った。


「ところで、あの人たちは?」


 あの人たちというのは、自分のパーティーメンバーのことを聞いているらしい。なぜ微妙に他人風なのだろう。


 先のあらましを簡単に説明すると、亜麻色くんは興味なさそうに「ふうん」と言った。


「そんじゃ、おれは出なくっていいんだよね。だったらなんでもいいや。よそから見てよ」

「見には行くのか」

「えー、くす玉われるの見たくない? ほら、行こ行こ」


 市長を見るのは気乗りしないが、亜麻色くんに引っ張られて行く。ステージ前は少し場所が取ってあり、街の冒険者たちが除幕を祝いに集まっていた。


「誰だよ、あのくす玉作ったの。趣味わりー」「やい、ザフロのやつ、また噛んでやんの。おい、奥さん見てっぞ!」「けっきょく誰がめくるんだよ、これ。めんどくせーぞ」「そんなもん、てきとーに新人にやらせりゃいいんだよ」「まじですか!? いやでも名誉職でしょ、これ。先輩方どうぞ」「ゼロから数えんのかね? この半年ばかりは無カウント?」「しゃーないわー。さかのぼってもカッコつかんしー」


 やいのやいのと勝手なことを言い立てている冒険者たちの間をぬっていく。亜麻色くんがずんずんステージへ近づいていくのでついていくしかない。


 すれ違うやつから「よう」とか「おう」とか「うわ」とか「血祭り?」とか言われるのが鬱陶しい。


「どこまで行くんだよ? もうここらでいいだろ」

「えー。せっかくじゃん、ベストポジションとんなきゃ」

「いや、俺は車のカギさえ返せれば、くす玉とかどうでもいいんだけど」


 とうとうかなり前のほうまで来てしまった。これ以上前に行ったら逆に見えない。

 しかもばっちり知り合いがいた。


「あれ、先輩じゃないっすかー。それにリュウさんも」


 後輩パーティーのジュンとリピスとクレオとアイスだ。さっそく見つかり、声をあげながら四人で寄ってくる。


「よう、ジュン、アイス、クレオ、リピス。こんなとこでなにしてんだ?」

「……ジュンじゃなくて、ジューンっす」

「なにしてるって、それはこっちのセリフですよ、先輩」

「そうそう。なんでこんなとこでうろついてんですかー? テープカット頼まれてるって言ってたじゃないですか」

「あー。それね。大人の事情で交代になった」

「ええ、そうなんですか? 先輩さんの雄姿を激写しようと思ってたんですけど」


 見れば四人とも携帯を手に持ってかまえている。そのうえ最前列なんかに陣取って、どんなやる気だ。拡散して嫌がらせするつもりか。


「それにしても先輩。すごいカッコですねー」

「どっかで血祭りでもして来たんすか?」

「……またそんなに血を浴びて」

「今日は誰を血祭りにあげてきたんですか?」


 アイスまで目をキラッキラさせて聞いてくる。隣で亜麻色くんがけらけら笑い出した。


「お前らな……。ほんとこの街の人間は、会うやつ会うやつ血祭り血祭りって。発想おかしいだろ。お前らの脳みそ大丈夫か、まったく」

「はぁ。違いますよ、先輩。心配するべきは俺たちの思考じゃなくて、自分に対する客観的評価ですよ」


 クレオがため息ついて冷たく言い放つ。うちの後輩はほんとかわいくない。


「……聞くまでもない気もするけど、ビュフェルとレッタは?」


 血祭りから話題をそらすと、後輩たちはあっさりと乗ってきた。


「レッタなら、もう来てもおかしくないんですけど。まだ寝てるんじゃないですか」

「ビュフェルは来てるっすよ。どっかのスピーカーにかじりついてると思うっす」

「うん、やっぱ聞くまでもなかったな」


 肝心の除幕がなかなか始まらない。


「ティエラさんは出るんすか?」

「たぶん出ねーから、写メはあきらめろ」

「ガーウェイさんとかはどうしたんですかー?」

「どっか行っちゃったんだよね。おれ知らない」

「忘れる前にカギ返しとく」

「おれのじゃないし、いらない。どうせ帰りもいっしょじゃん。持っとけば」

「先輩さん、今日はなにをってきたんですか?」

「さらりと話、蒸し返すなぁ」

「そーそー、さっき小竜に遭っちゃったよ」

「えー、ほんとですかー!? 私たち、遭ったことないです」

「大型竜ってほんとにいないんですか、先輩」

「知るか。お前、意外とファンタジックだな」

「UMAだよねー。いたらすっげー」

「いてたまるか」


 そういえば、お洒落勇者が来てからこっち、後輩とこういう馬鹿話をすることが減ったかもしれない。はて、なんでだろうか。


「おお、やっとやるみたいっすよ。って、あれガーウェイさん!?」

「ああ、そういうことですか、先輩」

「ええー、どうしてー。あ、とりあえず撮っとこ」

「なんで譲っちゃったんですか」


 とうとう除幕とテープカットとくす玉わりをするらしい。


 市長やらといっしょにステージへ上げられたヴィルトカッツェの三人を見て、後輩たちが非難っぽい声をあげる。でも四人ともに携帯をかまえているところを見ると、初志を貫徹するつもりらしい。


「おれ、くす玉わるのムービーで撮ろっと」


 亜麻色くんがステージ上の仲間から視線をそらし、くす玉のほうへ携帯をむける。

 皆してそんなものを撮ってどうしようというのだろう。


 なんだかステージから怨みのこもった視線を感じる。また市長かと思って見れば、お洒落勇者だった。しかもこっちが気づいた途端、素知らぬふうに澄ました顔をする。


 お洒落勇者たちが紹介され、歓声があがる。さすが、いい感じに盛り上がる。

 そうなってしまえば、お洒落勇者も愛想良く笑って手でも振るしかない。ざまーみろ。

 もし立っていたのが自分だったら、どんな野次をくらったことか。考えるだに怖ろしい。


 お洒落勇者の隣の市長とまで目が合ってしまった。いつもならすっごい顔でにらんでくるのだが、なぜかご満悦な笑みを浮かべる。


 どうも今日の市長はおかしい。そんなに楽しいことでもあったのか、とうとう頭がおかしくなったのか。


「それでは、5カウントで一斉にお願いしますっ。せーの、ごー、よーん……」


 司会のザフロが音頭を取る。

 観衆もノリがよく、多くの人がステージに注目してカウントダウンに加わっている。


「……いーち、ぜーろ、発射!!」


 変な号令のもと、ぱらぱらとテープにハサミが入り、赤い幕が引きずり下ろされる。すみではくす玉がわれて、詰めこまれていた五色の紙吹雪がどさりと盛大に落ちた。


 十メートル近い、鈍色のオブジェが姿を現す。

 わぁっと歓声と拍手が沸き起こった。と同時に誰かに名前を呼ばれる。

 振り向けば、見知らぬおっさんがいつのまにか間近に立っていた。


 明らかに場違いなスーツ姿にやたら鋭い眼光、無言の威圧感と剣呑な雰囲気を纏っている。これは絶対関わりたくない人種であるに違いない。


「氏名に間違いないな?」


 そう言いながら、血の乾いた服をじろじろと見てくる。


「うん、まぁ、違ったらどれだけいいだろうと思ってるとこだけれども」


 おっさんが片手を上げて合図する。待機していたスーツ仲間に一斉に取り囲まれた。その異様な状況にさすがの後輩たちも気づき、なんだなんだと寄ってくる。


 ものすごく嫌な予感しかしない。


 最初のおっさんが、懐から出した黒い手帳を開いてみせる。


「警察庁警備局治安部クバル・キョウドだ」


 さっさと手帳をしまい、今度は紙を一枚突き出す。


「刑法八三・八四条、敵類誘致及び通謀利敵罪の疑いで貴様を逮捕する」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る