23, 楽しい楽しい追いかけっこ



「タヌキは持ってきたくせに」


 ティエラがボソリと言う。


「だって、ちゃんと食べでもしねーと申し訳ないだろ、タヌキに」

「タヌキはともかく! 剣もなしに不意に敵と戦闘になったらどうするつもりなんだ! ティエラも。携行武器が火器のみというのはどうなんだ。予備武器ぐらい持つべきだろう」

「……」

「……」


 面とむかってそう言われると、確かにそれが正論で言い返す言葉はない。

 けれど、お洒落勇者には一生理解されないだろうが、武器がなくてもへいちゃらなのである。


 むしろお洒落勇者がなんでそんなに武器携行にこだわるのか分からない。


「うーん、なんだろ。認識の差?」

「たぶん、武器への依存度の違い」


 ぽつりとつぶやいた言葉に、ティエラがぽつりと返してきた。


「君らの危機意識が薄すぎるんだ!」


 怒ったお洒落勇者が盛大にため息をつく。


「でも俺だっていっつも手ぶらなわけじゃねーって。今日は作戦の都合だから仕方なくだし。それにほら、最低限のナイフぐらい持ってる」


 自慢のナイフを鞘から引き抜いてみせる。近所の雑貨屋が在庫処分セールをしたときに格安で手に入れたものだが、握り具合も刃の形状もすごく使いやすい。


「それは武器じゃなくてツールだ。武器というならせめてダガークラスを持て」


 文房具サイズなのがお気に召さなかったらしい。

 ダガーこそ大きくて重いから作業向きではないのに、リーチ不足で対敵戦闘にも向かない中途半端グッズだと思う。


「これだって立派な武器だぞ」


 別に刃を見せびらかすために引き抜いたわけではない。

 敵の触手……的ななにかを数本まとめて掴み、ぶちぶちとナイフで刈り取る。適度な弾力と強度を持つ触手がこんなに簡単に切れるナイフ、あまりない。


「こーして丸坊主にしておけば、ある程度生えそろうまで引きこもるから。これで当分こいつらもおいたはできねーだろ」


「…………………………………………………………………………………………」


 下手な無力化なんかよりよっぽど強力だ。お洒落勇者も黙り込んだところをみると、小さなナイフの素晴らしい働きに感服したのだろう。


「……まぁ、見た目はアレだけれど、有効なのは事実だから。速効性の毒を三点バーストで叩きこんだというのに、数時間後には動き出すような奴らでしょう。それを半月近くも不能にできるというのは、とても大きい」


 なぜかとりなす口調でティエラが補足する。「見た目がアレ」ってどういう意味だ。


「なーんかいろいろツッコミたいんだけど、もうどっからツッコんだらいいか分っかんない」


 呆れかえった亜麻色くんがそう言うので同意する。


「ああ、気持ち分かる。三発も撃ち込んで死なないって、どういう生命力だって話だよな!」

「そこじゃねーッ。あんたにツッコむ権利ねーよ」


 チャラベストが理不尽な逆ギレをする。カルシウム足りてないんじゃなかろうか。


 比較的静かにアサルトライフルを見ていたスポーツマンが、ティエラに聞く。


「いくら敵でも、あの威力で三発撃ち込んだら、死ぬ可能性もあるだろう? そうすると使用規制に引っかかるんじゃないか? そもそもその銃、マリーナフカに見えるんだが、軍用銃だから冒険への使用は禁止だったはずだ」


 銃器を使えば非力な人間でも敵に対抗できるかもしれない。

 それでも冒険において火器があまり使用されないのは、そこに悲劇の歴史があるからだ。


 かつて銃器産業の思惑で、冒険に銃器が大量投入されたことがある。

 最初は冒険者も大いに歓迎した。到底勝ち目のない敵との戦いが、これで一変するだろうと思われた。


 が、銃器は、市場拡大や公正取引という理由で敵側にも大量に売られた。一、二発当たっても平気な敵と一発で致命傷の人間では、人間の分が悪すぎる。


 すぐ危険に気づいた冒険者は規制を求めたが、兵器産業と癒着した政府はまったく耳を貸さなかった。

 そして彼らが気づいたとき、冒険者の数は半分以下になっていたという。


 その後慌てて規制がかけられ、利用できる銃は非殺戮のもの、使用者は火薬免許や麻酔などの薬品免許を所持したうえで超難関免許試験にパスしなければならなくなった。


 敵側にそんな面倒を経てまで銃を持つメリットはない。人間側にもあまりに難しいうえ曰く付き武器でもあるので、敬遠するむきがあるのだ。


 それでも兵器産業界は銃の規制緩和をことあるごとに叫ぶ。なにを考えてるんだろうか。


「大丈夫。あの位階の敵であの大きさならば殺すことはないと踏んだうえでの三発だから。ちゃんと薬の量も計算しているし」


 銃資格を持っているからといって、ティエラもいつも武器に銃を使っているわけではない。ヘルプで組む冒険者の中には、銃に嫌悪感を示すやつらもいるのだそうだ。

 でも、ティエラの銃に対する習熟度というのは素人目にも明らかで、そのへんは信頼できる。


「それにしたって、乱戦の中へ撃ち込むというのはやり過ぎじゃ……」


 今さらながら身の危険を感じたのか、お洒落勇者が腕を抱く。うっかり当たっていたら、ただでは済まない。

 冒険銃規制法に抵触する行為だが、ティエラは華麗な笑みでスルーした。


「そしてこれは確かにマリーナフカだけれど、冒険用に改造してあって、単独認可を受けて使ってる。だからフルオート機能は殺してあるし、三点バーストも条件付きの許可機能なんだけれど。これを知っているなんて、銃にずいぶん詳しい」


 ティエラから「君って銃マニア?」みたいな視線を向けられ、スポーツマンが慌てて言い訳がましく言う。


「違うんだ。ただ実家が軍関係で、それでちょっと分かるというか」


 普段落ち着いているスポーツマンの狼狽が面白く、ここぞとばかりに畳みかける。


「いや、でもだからって、そんな詳しいもんなのか?」

「ほんと、それだけだ。じいさんも親も兄弟も軍人っていう家系で、家には射撃場もあるし、小さい頃から撃ち方は教えられたし、だから実は射撃免許なんかも持ってるんだが、もう何年も競技には出てないしカタログも見てないし兄貴たちみたいに部屋に飾ってもないんだ!」


 顔を赤くして息継ぎもしないで、言わなくていいことまでまくしたてた。そのことに自分でも気づいたのか、もっと赤くなってわざとらしく咳払いした。


「だから、なんだ、その。……なんでマリーナフカなんだ? 初期の突撃銃では最高傑作と謳われたが、今ではそうでもないだろう? この辺りでは採用している軍もないから、簡単に手に入るものでもないし。今時、ギスタナ紛争にでも行かなければ、お目にかかれないぞ」


 露骨に話を変えてきた。でもマニア脳から離れられていない。面白い男だ。


「ただの愛着。使い勝手は良くないし、パーツを手に入れるのも一苦労だけれど」


 軽く息をつきながら、ティエラがケースを下ろして開ける。手早くカートリッジとストックを外して収納する。


「祖国の銃だから。私は亡命者だから故郷も国籍も捨てたけれど、銃だけは捨てなかったというわけ。さて、そろそろ私たちは撤収しましょう」


 促されて時計を見てみれば、いい頃合いだった。

 このあとに二人揃って用事が入っているので遅くなるわけにはいかないのだ。


「おう、帰ろう。ってわけで、そんじゃまた。お前らも気をつけろよ」


 荷物(たぬき)を担いで軽く手を挙げる。ヴィルトカッツェは皆して喉に小骨が引っかかったみたいな顔で動揺した声を出す。


「……帰るのか? なんかすごい過去匂わせておいて、それ以上言わず帰るのか……?」「さらっと、さらっとなんか重要なこと言っちゃったんじゃない??」「メチャ気になるー」「いや、軽々しくしていい話ではないし、突っこんで聞くのは失礼、だろう……」


 四人の視線を受けて、ティエラは迷惑そうに顔をしかめた。


「私は質問に答えただけ。文句を言われても、困る」

「それはそうだが。じゃあ、聞いたら君は――」


 この話、長くなるんだろうかと思ったときだった。ざわり、と肌に粟が生じた。


 森の中、木漏れ日差す地面、枝を張る樹々、積もった枯れ草、這いまわる虫、繁みに潜む小動物、さえずる鳥。取り巻く空気の中から不穏な気配を探る。


 さっきから辺りをコヨーテかなにかがうろついているのは知っていた。たぶんタヌキを狙っているのだと思うが、隙を見せなければ積極的に人間を襲う動物でもない。放っておいたそいつが、すっかり姿をくらませている。


 キーンと頭の奥が鳴るような、音とも言えない鳴き声を耳が微かに拾った。


「ティエラ! 急いで離脱。ケース持つ」


 弾かれたように顔を上げ、ティエラが「なに?」と問うてくる。


「たぶん小竜類。戦闘無意味、だから逃げる!」


 小竜類は、敵とも動物ともちょっと違う、生物学者泣かせの生き物である。

 全身が細かな鱗に覆われていて、異常な防御力と攻撃性を誇る。戦うととても面倒なのに、敵とは違うからポイントも財布も手に入らない。


 個体数がとても少なく、人里には滅多に近寄らないから、出会うことは稀なはずなのに、今日はつくづくついてない。


 うなずくティエラから銃のケースを受け取って、身をひるがえす。お洒落勇者たちも回れ右でついてきたところをみると、やっぱり小竜類の相手は嫌なのだろう。



***



「……俺の狸汁が……」


 息も絶え絶えに小竜を撒いてなんとか森を抜けたものの、払った犠牲は大きかった。


「相変わらずいい腕だった。あのタヌキが、ああも見事に竜の顔面へ当たるだなんて」


 地面に座り込み、玉の汗を浮かべながらティエラが息をつく。


「すっごいびっくりしてたよ、あいつ」

「竜にも表情ってあるんだな」

「つか、突然ふり返ってタヌキぶん投げたあんたにびっくりだっての」

「ああ。迎え撃つつもりになったのかと、一瞬思った」


 五人の誰もがタヌキを残念がっていないのもまた腹立たしい。


「お前らな。なんで一緒に逃げてんだよ。せっかく武器持ってんだから、かっこよく立ち向かえよ。『ここは任せて逃げろ』って主人公なら言うべきだろ」

「主人公って、そんなものになった覚えはない。それに、小竜とは前に一度だけ遭遇したことがあるにはあるんだが、正直……思い出したくもない」


 お洒落勇者が遠い目になった。よく「冒険者人生で一度でも小竜に遭遇したら運が悪い」と言うのだが、お洒落勇者は二度目の遭遇を果たしてしまったらしい。


「ほんっとあの鱗がねー。剣とか役に立たないし。そのライフルぶっ放せばよかったのに」


 亜麻色くんに言われ、ティエラが肩をすくめる。


「この弾薬だと心許ない。敵の装甲ならば継ぎ目があるけれど、小竜の鱗は隙がないから。目か口を狙うしかないし、あの状況でそれはムリ」


 鱗を貫けるような火器だと冒険者には許可されていない。


「……とりあえず害獣対策課に通報しとくか。あれがすぐ余所へ行くならいいけど、この辺うろつくようなら駆除依頼出してもらわないと」


 小竜は凶悪さが理由で駆除生物に指定されている。

 駆除なんて簡単にはできないから、大抵の自治体が見て見ぬふりをするが。


「ええ。その場合は、まぁ、がんばって」


 ティエラが視線を合わせず立ち上がる。尻についた泥をはらい落とす。


「……がんばれて、どういう意味だよ」

「どうせ駆除に駆りだされるのは君でしょう。そのうち対竜専門家ドラゴンスレイヤーの称号もらえるかも」


 市全体で年に一度程度の小竜類目撃報告がある。

 そして数年に一度、被害なんかもでる。


 やっぱり前に被害がでたとき、すったもんだの末に行かされた(およそボスの無茶振り)のだが、それ以来小鞠市はおろか河陽州内に小竜が出没すると、なぜか行かされる。


 理不尽。


「いらねーよ。あれって名誉称号で手当もなにもないんだぞ。むしろもっと駆除依頼が来て、面倒なことになるのが目に見えてるし」


 ティエラに銃のケースを返す。ついでに腕時計を見ると、思った以上に時間が押していた。


「……まずい、ティエラ。時間ないぞ」


 ティエラも時計を確認し、顔を曇らせる。


「撒くのに手間取ったから。一度家へ戻って着替えたかったのだけれど。直接行かないと、遅れてしまうかも」


 汗に濡れたシャツを気にして言う。乾いた血で大変なことになっているこっちも同感だ。


「二人してなにか用でもあるのか?」


 お洒落勇者がきっちり首を突っこんでくる。説明するのもめんどくさいと思っていたら、ティエラがさっさと答えた。


「ちょっとした冒協のイベント。少し顔を出さなければいけない理由があって。二人揃って遅刻するというのは、少し問題」

「冒協って、冒険者協議会? へぇ、イベントとか、するのか」


 冒険者協議会というのは、簡単に言えば小鞠市冒険者の労働組合のことだ。

 冒協は各都市にあるが、その活動量はまちまちで形骸化しているところも多い。それに比べ、小鞠市の冒協はかなり精力的にやらかしてくれている。


「そう。悪ふざけに毛の生えたようなものだけれど。今回は大勢の人が関わっているから、無下にもできない」


 ふと、お洒落勇者とティエラを見ていてひらめいた。


「なぁ、お前らも見に来ね? どうせ今日はダンジョンの下見だったんだろ? なんかケチついたし、また行くと殺気だった小竜と再会する可能性、高いぞ?」

「う。まぁそうかもしれないが。どうする?」


 ヴィルトカッツェが相談に入ったので、そっちはおいておいて、ティエラに二人で乗ってきた原付のカギを出して渡す。


「ティエラは一回家帰って着替えてからのんびり来いよ」

「君は?」

「こいつらの車でこのまま行く。とりあえず俺一人でも間に合えばなんとかなるだろ」

「その格好で行くつもり?」


 泥と血と汗でぐちゃぐちゃなその有様にティエラが眉をひそめる。


「俺はいいよ、これで。どうせみんないつものことだと思うだけだし。それよりティエラをそんな汗臭い格好で行かせるわけにはいかねーよ」


 そんなことしたら、ティエラファンの変な人たちに刺されかねない。

 逡巡したティエラは、しかし短い礼とともにカギを受け取った。


 ヴィルトカッツェもどうやら一緒に行く方向で話がまとまったらしい。お互いの乗り物が置いてある、一番近い防御拠点を目指す。


「んで? イベントって、なにやんの?」

「あー、なんかいろいろ祭みたいに騒ぐんだけど。メインはいちおう除幕式典のはず」

「除幕? 何の?」

「なんかボードだよ。よくあるだろ、警察署とかの前に。なんか数字ついててめくるやつ」


 上手く伝わらなかったらしい。お洒落勇者たちは微妙な顔で首をひねった。


「だからさ、それで街に襲撃のない日を数えんだよ。襲撃があったら、またゼロに戻して。最初は冒協だけが冗談半分にそういうの作るかーとか言ってたんだけど。話してるうちに、それなら協賛するって言う店や企業や市民がけっこう出てきて。お金も集まったし、場所も大通りのところに借りて立てられることになってさ。どうせ襲撃になったら壊されるから安普請で作ろうって言ってたのに、調子に乗って襲撃から守る価値あるオブジェクトにするとか言い出すし。なんか、分かった?」

「なんとなく、分かったと思う」

「説明下手だな、あんた」

「でもすっごい悪ノリ感は伝わってきたじゃん」

「どこまでも楽しむな、この街の冒険者は。純粋に感心してるんだが」


 拠点に着くと、ティエラはすぐに原付に跨がり、エンジンをかけた。


「それじゃあ悪いけれど、私も急いで行くから。よろしく」


 さっさと去っていくティエラを見送って、お洒落勇者をふり返る。


「というわけで、俺も乗っけてって」

「……珍しく誘いをかけてくると思ったら、そういう魂胆か」


 なんかお洒落勇者がため息ついた。



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