そして塗り替えられる日常

13, 冒険者も潰しがきくべき



 むあーと口からあくびがもれる。今朝も早起きしたせいだ。眠い目をこすっていると、目の前にお茶のペットボトルが差し出された。


 顔を上げると、若いラジオ局スタッフのお兄さんだった。ここへ来るとよく見かける顔だが、そういえば名前を知らない。


「はい、差し入れ」


 礼を言って受け取る。今日は別に出演するわけでもなく、お茶を出してもらえる道理はない。だからたぶんお兄さんが奢ってくれたのだろう。


 場所は、地元FM局コマリのロビーである。


「ところで、ヒマ?」


 お兄さんが聞いてくる。


「めっちゃヒマだけど」

「だったら少し手伝ってもらってもいい?」


 そう言って、お兄さんは腕に抱えていたものを渡してくる。

 やたら力強く勢いのある筆文字体で「スタッフ」とプリントされた蛍光黄緑のキャップと、同じく「スタッフ」と書かれた蛍光黄緑の薄手パーカーだ。

 誰のデザインだか知らないが、目がチカチカする。


「これ着んの?」

「そう、そんで見学ブースの見張りをしてほしいんだよね。見張りっていっても居てもらうだけだし、万が一ブース内が騒がしくなったときに軽く注意してくれるだけでいいから」

「あー、今日は公開スタジオか」


 見学ブースはガラス越しにスタジオ内を見ることのできる部屋だ。そこにいるだけならたいした手間じゃないし、ここでボーとしてるよりはいい。


「りょーかい」

「助かる。そんじゃ任せたよ」


 任されたので、キャップをかぶりパーカーをはおる。時間には早いが先に見学ブースへ行っていようかと腰を上げる。

 そのとき、ミーティングルームの扉が開き、お洒落勇者たちが出てきた。


「打ち合わせ、終わったのか?」

「……あ、ああ。いや、誰かと思った。なんだい、その格好は?」


 驚いた顔でお洒落勇者が目をしばたたく。パーカーが目にチカチカするのだろう。


「ちょっとした手伝いだよ。ラジオは問題なさそうか?」


 大丈夫だとお洒落勇者はうなずく。確かにこういうことに慣れていそうだ。


「じゃーまーがんばれ」


 向こうでスタッフがお洒落勇者たちを呼んでいたので、適当な激励をかけて送りだす。なぜか亜麻色くんがいっしょに立って手を振って見送っている。


「……なにしてんだよ、お前は」

「だって、おれ、こういうのニガテ」

「いいから来い」


 スポーツマンに引きずられていった。


「おっとおっとー、来てたんなら声かけてよー、このー、お騒がせ勇者ー」


 見学ブースに行くかとくるりと向きを変える。と、首をがしっとホールドされた。


「…………。」

「こーらこら、なに無視してくれちゃってんの」


 ラジオで聞き慣れた声の主が、ぐいぐいと首をしめてくる。


「はいはい、こんにちはー、スズキさん」


 しぶしぶ応じると、やっと腕が外された。


 振り向くと立っているのは、若い声とは裏腹に歳くったおっさんである。

 ラジオで番組を聴いているだけのリスナーには信じがたいが、これがDJスズキ、六十うん歳だ。もともと若いころは腕を鳴らした冒険者で、引退後ラジオのDJをしてみたらなんか人気番組になった、という適当な人だ。


「DJスズキって呼んでくれよな、まったく。それで? 新しい勇者の登場で、お前は勇者お払い箱になって、うちのスタッフにでもなった?」


 ニヤニヤと黄緑のパーカーを指さしてくる。


「ちげーよ! 手伝い頼まれただけだっつーの。誰がお払い箱だよ」


 なにがうけたのか、DJスズキが馬鹿笑いする。いちいちカチンと来るおっさんだ。


「はー、それにしてもさー、あの子たち。ヴィルトカッツェ? ほんとエリートだねえ」


 なおもニヤニヤと笑いながら、懐から棒付きのあめ玉を取りだして口にくわえるDJスズキ。さらにもう一本取りだし「舐めるか?」とくれた。

 受け取って包装をむしり、口にくわえる。コーラ味だった。


「らしいなー。なんだよ、なんか文句あるのかよ」


 先週末に引っぱり出されたラジオでDJスズキが「次の紹介はまだ出たことない子でよろしくー」などと無茶振りしてきたから、だからお洒落勇者を紹介してやったというのに。


「文句はないよぉ。ただ、ほら、ゲストがお前ならさ、どんだけおちょくろーが無茶振りしよーが平気だけどさ、今日のゲストはそうもいかん、みたいな」

「どういう意味だよ」


 わしわしと頭をなでられた。キャップがずれて落ちそうになる。


「お前もうかうかしてられないなー。あの子ら、来て一週間?で、もうダンジョンいっこ制覇したらしいじゃねーか。すっごい活躍だよ」

「来てちょうど一週間てとこだけど。実質四日で制覇したぜ、あいつら」

「わーお、四日。そりゃすごい。が、」


 ちゃらんぽらんとしたDJの顔が消え、鋭い冒険者の顔がのぞく。


「あのパーティーならやるだろうな」


 あめ玉をはずし、くるりと回す。


「さっき話聞いたけど、あの子らのやり方、無駄なくて効率的だもん。ありゃあ優秀だ」

「効率的、かー。やっぱそのほうが、いい儲けになるんかなー」

「うん、すぐ金に結びつけて考えるところが、さすがお前だな」


 スズキは満面の笑みだったが、たぶん褒められてはいないのだと思う。


「話は変わるんだけどさ」


 いちおう放送時間が迫っているはずなのに、DJスズキはのんびり話を振ってくる。


「昨日今日ぐらいかね、なんか街で冒険者が武器持ち歩いてるじゃん。なんかあった?」


 よく見ているなと思う。お洒落勇者の武器携行命令が、市内の全冒険者に通達されたからだ。

 そのことを教えてやると、スズキは笑顔のまま「あー」と言った。


「そういうことね。いや、でもお前は丸腰で、命令無視かい」


 やっぱり武器を持ち歩くのは嫌で、今日も持っていない。お洒落勇者は怒るが、お洒落勇者ごときが恐くては冒険者などやっていられない。


 自身ももともと冒険者で、かつ今も毎日いろいろな冒険者と会話しているDJスズキに、いい機会なので聞いてみることにする。


「お洒落勇者に言われたんだけど、この街の冒険者って緊張感ねーかな?」


 お洒落勇者の呼び名にスズキが噴きだす。本人に向かっては言うなよ、と口止めしておく。


「それ、いーね。いや、分かってる分かってる、使わんって。で、なんだっけ? 緊張感? あるかないかって言ったらないでしょー。特に若手」


 あっさりと言われた。


「ま、緊張感がないってのも悪いばっかじゃないって。多少危なっかしいけどさ、勢いと元気があっていいよ」


 適当なフォローをいれつつ、スタジオのほうへ歩いて行ってしまった。


 一度帽子をかぶり直し、見学ブースへ入る。当然まだ見学者の姿はない。すみのベンチに腰をおろした。

 ガラス越しにスタジオへスタッフが出たり入ったりしているのが見える。ブースには張り紙がしてあって、大きく「見学中はお静かに」と書かれている。その下に少し小さく「大声を出さない」「ガラスを叩かない」「フラッシュを使わない」とも注意書きされていて、つまりそういうことをしている人がいたら止めればいいのだろう、たぶん。


 スズキにもらったあめ玉と、差し入れてもらったお茶を味わう他に特にすることもなく、なんともなしに今朝のことを思い返す。


 少し気になることがあり、また未明から早朝にかけて森へ行ってきた。もちろん単独行動で、お洒落勇者にもティエラにも秘密だ。どっちも知ったら怒るだろうから。


 気になったのは、昨日の夜に確認した敵の出現情報である。どこがどうとは言えないが、なんとなくいつもと違う感じがしていた。


 しかし結局森に異変はなかった。

 おそらく出現情報の違和感は、お洒落勇者たちのダンジョン制圧の影響が出たものだと思う。まだ一つ目だが、ダンジョン攻略はやはり大きい。


 もしこれが二つ目、三つ目と続いていくと、どんなふうに影響するものなのか。正直、想像できない。

 なんにしろ、人間側が優勢になるのだから悪いことではない。そう思う一方で、なんとなく嫌な感じがする。


 よそ者の勇者候補が、派手に活躍するのがおもしろくないからだろうか。それもないではないが、どうもこのもやもや感はもう少し嫌な感じで、むしろ嫌な予感のような気もする。


 あまり深くものを考えるのは得意じゃない。でも、こればかりは突き詰めて考えないと気分が晴れそうにもない。


 スタジオへDJスズキが入ってきた。マイクやヘッドホンを調節したりスイッチをいじくったりしている。そのうちこちらに気づき、決めポーズ見せつけてきた。


「そろそろ自分の歳自覚しろよ」


 テンションの高いおっさんだ。


 尻ポケットからスマホを取りだす。もちろん今日はちゃんとマナーモードになっている。

 市役所のサイトに接続。相変わらずブラウザが覚えてくれなくて、手動でIDとパスワードを入力。

 三回ほどミスってもたついているうちに、見学ブースにもラジオの音が入り始めた。流れているのはCMで、これが終わるとDJスズキの番組「バルバードで一振り」だ。


 スズキはスタンバっているが、今のところ見学者はゼロ。考えてみれば、平日午前中からわざわざスズキのツラ見に来る物好きもないだろう。


 ギルドのインフィメーションページから敵の出現情報を見る。

 敵との交戦データを即日で公開してくれるものである。さほど精密なデータではないらしいが、一日ごとにどのあたりで交戦があったかが地図上に赤色で表示される。便利。


 お洒落勇者たちが墜としたダンジョンは、確かクニィジニュイだった。クニィジニュイを中心とした広域図に設定し、昨日の記録から一昨日、一昨昨日と地図をさかのぼらせてみる。

 赤い染みが生き物のように動いて見える。今度は古いほうから昨日へと順に見てみるが、気色悪いだけで特になにも思いつくことはない。


 放送の始まったスズキの声が微妙に思考の邪魔だ。「冒険譚」のコーナーは番組後半の目玉で、前半はリクエスト曲とか投稿とかクイズとかイベントの告知とか、いろんなことを無秩序にやっている。スズキは折しも今日の投稿テーマを発表していた。


『ハイ、さて、今日のテーマですが、すっかり秋も深まってきた今日この頃ということで、「俺的最強武器はコレだ!」でいこうかなーと思ってます。ということで、テーマに囚われない自由な投稿、お待ちしてまーす』


 テーマ設定が自由すぎる。というか、テーマに囚われないテーマ投稿ってどんなんだ。いっそテーマいらないだろ。

 しかしこんな番組でも、それなりに人気があり、それなりに続いているというのだから驚く。世間て意外といい加減だ。


 そして相変わらず見学者はゼロ。ブース入り口は開放してあるから誰かがのぞけばすぐ分かるのだが、それもない。


 ふと思い立ち、トップページに戻る。彼我のポイント差を確認。

 相変わらずの赤字である。


 見学ブース、まだ見学者なし。ラジオはちょうどリクエスト曲だ。ついでにスズキも耳くそほじくっていてこっちを見ていない。よし。

 ネットの接続を切り、電話帳を呼び出す。


 お役所フォルダからギルド課の鬼女エステティカの携帯番号を呼び出してコールした。



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