にちじょーかぷりっちょ ~美人秘書はお茶の誘いにはのらない~

たかぱし かげる

prelude

00,いつかだれかが見た光景

これは、かつてその強さゆえに鬼人と呼ばれ恐れられた者たちの末裔に関わる記録であるが、その者らについての詳細は人間及び敵双方の何らかの約定により歴史の闇へと葬られており、今現在において存在が認められないため、なお真偽のほどは不明である。



***



 赤々と踊る火柱と空へ立ち上る黒煙は遠目にもはっきりと見えた。


 郷の異変に気づいた少年たちが駆け出す。急な斜面にへばりつくように作られた村への道を一息に登った。息苦しいほどの煙と粉塵。飛び込んだ村に惨状が広がる。

 家々が炎上している。畑も崩され燃えている。あちこちに瓦礫が散乱している。焼き爛れる臭いと血の匂いが混ざって鼻をうった。

 襲撃だ。彼らの言葉では殲滅者を意味する敵どもサガーの気まぐれな遊戯。

 敵は根こそぎ奪っていっていた。村が冬に備えて隠した備蓄を全てやられた。そして奪うだけでは飽き足らず火をつけた。そうすることに意味などないのに。


 誰も彼もが満身創痍でありながら、動ける大人たちはみな延焼を食い止めるため家を壊し木を倒す。地に転がったままの重傷者もいるようだが、しかし食糧を失い家を焼かれれば、どちらにしろ揃って餓死か凍死するしかない。

 ここは辺境、見捨てられた地だ。住人は戸籍さえ与えられてはいない。はなから国の助けなど期待していない。敵が殺そうが奪おうが彼らの思うがままだ。


「スト、お前ら無事だったか!? どこ行ってた」


 打ち壊しの指揮をとっていた一人の男が、帰って来た息子に気づく。少年ストは西に屹立する峰を指差した。


「みんなであっちへ遊びに行ってた! こんなことになってるなんて知らなかった」

「そうか、良かった。危ないから下がってろ」


 子供たちが難を逃れたことに安堵する。しかしその中の一人の子供に気づく。


「おい、ニワ! お前も出てたのか!?」


 血相を変えて問われ、ニワはかすかに頷く。やや小柄な少年。息子の親友であり、ただ一人をひく。


「しまった、お前の母親マリシアが一人きりだったか!」


 生来が頑健なこの地の住人であればこそ敵の玩具も務められるが、外から来た人間であるマリシアなど敵の前では危うく か弱い。


「上にもネフフルカズが行った。帰れ、ニワ!」


 ニワが弾かれたように飛び出す。一呼吸遅れてストも友の背を追った。


 村の急な坂道を走り抜け、脇へ上がる小さな段々を一つ飛ばしに上がっていく。息をする間も惜しい。呼吸を止めたままたどり着いたそこで、ニワとストは見た。斜面を切って作った敷地の小さな家と猫の額ほどの前庭、そのほぼ真ん中にマリシアが倒れている。


「っ母さん!」


 ニワが慌てて駆け寄るも、マリシアはとうに死んでいた。半分欠けた頭が華を描いたように真っ赤な血をまき散らしている。生きているわけがない。


「母さん、母さん」


 答えるはずのない母を揺するがそれは却ってマリシアを毀つばかりだ。

 ストは友からそっと目を逸らした。辺りもひどい有り様だった。ちぎられた鶏の羽根や頸が散乱している。マリシアはそのただ中に倒れている。


 とうとうニワが手を離した。そして固く閉じていた母の手をこじ開ける。マリシアは戸籍証ビルを握りしめていた。それを見たストの胸にも苦いものがこみ上げる。本来ならば彼女の命を保障するはずのそれは、しかし役に立たなかった。


「ニワ、」


 なにを言えばいいのだろう。どうすればいいのだろう。途方に暮れそうになる自分を叱咤して友に声をかける。

 分からないが、ともかくマリシアの死を誰か大人に伝えなければならない。


「ニワ」


 名前を呼びながら肩に手をかける。直前で友人が立ち上がり、ストの手は空を切った。


「……ニワ?」


 顧みたニワの目は、かつて見たことがないほどギラギラと昏い光を湛えている。本能的に恐怖を感じてストは後ずさった。仲間内では一番穏健派の友人が、静かに激昂している。


「……お前」


 ニワは怯える友には興味を示さず視線を外す。どこか遠く、ストの父がネフフルカズと呼んだ殲滅者がいるであろう山を見据え、怒りの衝動のままに身を翻した。

 そのニワの動きはあまりに早く、置いて行かれたストにはなにが起きたか分からなかった。急に友人が目の前から消えたのかと錯覚し、次にようやくなにが起きるのかに思い至る。


「待て! ニワ!」


 慌てて追いかける。全速力にもかかわらずニワの背はまったく近づかない。むしろ離されている。普段はストの方が速い。信じられない速さでニワは突き進んだ。


 迷うことなく一直線に、ただ己の直感が告げる方角へ向かう。研ぎ澄まされたニワの感覚が目的の敵は必ずこの先にいると言う。後ろに続くストには当然分からない。なんとか友を見失わないようにしているだけだ。


 いた。ニワの足はさらに加速する。

 戦利品を漁っていた殲滅者ネフフルカズが気づいたとき、それは眼前に迫っていた。一個の獣のように咆えた少年が飛び掛かる。


 追い縋ってきたストは、友の小さな手が敵を引き千切っているのを見た。



***



以下は補足記録である。特に閲読の必要はない。


 ――――――――――

【最終結果ご報告】Re;情報開示請求について:

お世話になります。タタローファームのサイでございます。ご依頼いただいておりました情報開示請求に関しまして最終的な回答を得ましたので添付ファイルにてお送りいたします。ご確認をお願いします。以下は結果概要と私見です(^^; 特別居留区における女性死亡事件については開示請求第G220623554-2号から18号の大半が「請求事案は共生条約第42条の定めるところの特定秘密に該当するため、当該記録文書の開示請求はこれを棄却する」とのことで詳細不明です。かろうじて開示された情報(こちらも後程別途お送りいたします)をまとめますと、ご依頼主様がお疑いになられている特居区への邦人居住の事実は認められず、該当女性の死も事故死と断定されております。また件の敵殺害事件に関してですが、大変お時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。簡単にご報告しますと、該当事件は容疑者少年不起訴処分のため通常非公開情報となります。やむなく特別請求手続きを取らせていただきました。その結果不起訴理由が起訴猶予と判明しましたが、事件概要・捜査記録・刑事事件記録・関係者いずれも「請求事案は共生条約第42条の定めるところの特定秘密に該当するため、当該記録文書の開示請求はこれを棄却」され詳細は明らかになりませんでした。以上の件につきまして表からの調査はここまでが限界かと思います。いずれも特定秘密理由が共生42条公正取引を保つための条項ですので非常にキナ臭いことは否定できません。しかし特定秘密はこれを漏らせば刑事罰の対象となりますので、たとえ関係者を探し当てたとしても口を割らせることは困難でしょう。なお関係者として被疑者弁護人の名前を入手いたしましたが、当時こそ駆け出し無名の彼も今は有能有名弁護士であり、情報源になる可能性は大変低いです。むしろ不用意な接触はお避け下さい。最後に、そちら様もお仕事とは存じますが、特別居留区、共生条約及び特定秘密の絡む本事案は非常に危険です。これ以上踏み込まれないことをお勧めいたします。どうぞ身辺にご注意ください。さて、調査手続き手数料明細と請求書を添付いたします。お振込みをよろしくお願いいたします。このフリーアドレスは本メール送信後放棄しますのでご返信なさらないようご注意願います。以上どうぞよろしくお願いします。

p.s.孤児となった被疑者少年のその後の処遇について、弁護士が近隣福祉施設への保護手続きをした形跡がありました。次に当たられるならそのあたりかと。ちなみにこの情報はサービスです(*^∀゚)ъ

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Re;甥を探しています:

この度はご丁寧なご連絡と多額の寄付を頂戴し誠にありがとうございます。

頂戴したものは子供たちの大きな助けとして活用させていただきます。

さて、お問い合わせいただきました生き別れの甥御様についてですが、

本来個人情報に関わることですのでそうした問いにお答えすることはできないのですが、

私どもご事情に心を痛め少しでも何かお伝えできることはないかと調べてみましたが、

残念ながらその時期には当施設にて引き取った男子児童は一人もおりませんでした。

ご期待に添えず申し訳ございません。

何かほかに私どもでお手伝いできることがありましたらまたお知らせください。

この度のご厚情に重ねて感謝申し上げます。

  児童福祉施設あさぎり草

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