第9話 放課後は部室でお茶会

 平山が手配した机と椅子とティーセットで紅茶を入れ、これまた平山がどこからか入手してきたクッキーを並べるころにはヒロミも作業に一段落ついていた。

 

「いやあ、ホント魔法使いみたいだね。二人とも」


 亜珠美は感心しながら頷く。

 平山の様に手際よくいろんな物を調達するのは無理だし、ヒロミの様に説明書も見ないで機械人形を組み立てることも出来ない。


「みたい、じゃなくて魔女なのだよ。実はね」


 おどけながらヒロミは太いボルトを手で締めた。


「私は違うけどね」


 平山はツンとして横を向きながらも悪い気はしていないようで耳を赤くしている。

 

「いやいや、十分に魔法みたいですよ平山さん」


 亜珠美は皿に並べられたクッキーに手を伸ばす。

 一体、学校内でどこに行けばクッキーなんて入手出来るのだろうか。

 

「あ、行儀わるいわね。ヒロミちゃんを待ちなさいよ」


「だってよ、ヒロミ。一回休憩しようよ」


 ヒロミに呼びかけて、亜珠美はティーカップを手元に引き寄せた。

 ペットボトル以外で紅茶を飲むのは初めてだった。

 

「はいはあい……と、仮組はこんなところか」


 機械人形は分厚い胸板と肩、腹、そして頭がくっついている。

 顔はカメラと配電がむき出しで、ヒロミによれば最終的にマスクをかぶせるらしい。

 

「おお、美味しそう!」


 ヒロミはクッキーを手に取ると、言うが早いか口に放り込んだ。

 

「あ、ヒロミちゃんも行儀が悪い!」


 平山は顔をしかめながらも本気では怒っていないようで自分でもクッキーを食べ始めた。

 亜珠美も負けずと手に持っていたクッキーを口に運ぶ。


「ねえ、そのロボットって本当に動くの?」


 平山は胡散臭い物を見る目で機械人形を見つめていた。

 魔女のヒロミや、まがりなりにも魔術に興味がある亜珠美とは違い、平山は一般的な知識しか持っていない。

 厳密に言えばロボットと機械人形は違うのだけど、それがどう違うかを説明出来る知識が亜珠美にはなかったし、ヒロミも説明する気はなさそうだった。


「動かすにはデカい工具が必要だけど、起動実験ならすぐ出来るよ。やってみる?」


 ヒロミは紅茶をすすると、立ち上がって服に落ちたクッキーの屑を払う。

 

「古いゲーム機に電気を通す様な物だから単純な物だよ」


 カバンから件のディスクを取り出すと、球状の核にさし込んで胸の穴にはめ込んだ。

 周辺のスイッチをいじり、蓋らしきもので覆うとガチガチと音がして機械人形の目に灯りが灯る。

 

「ほら、簡単。ゴー介、目は覚めた?」


 ヒロミが声を掛けると機械人形の中からブブブとハブ音が鳴った。


「あれ、おかしいな。疑似声帯もついてるし喋る筈なんだけどな」


「それよりゴー介ってなに?」


 平山が胡散臭げに質問を投げかける。

 

「やだなあ。自動機械人形はゴーレムの一種でしょ。だからゴー介」


 あまりに単純なネーミングセンスに平山と並んで亜珠美も顔をしかめた。

 

「そういや平山さん、今晩ヒマ?」


 うろたえる二人を気にせずヒロミは質問を投げかける。

 投げかけられた側の平山はうろたえつつも「塾がある」と言って断った。


「じゃあアーシュは?」


「え、家の片付けの予定だけど……」


 連日ヒロミに付き合っていて、家に帰れば課題をこなすのに必死で部屋の片付けは一向に進んでいない。

 

「じゃ、今晩は私に付き合ってよ。ちょっとお仕事が出来ちゃってさ」


 亜珠美の返答をまったく気にしないでヒロミは笑った。

 天才なのだから感覚が違うのか。それとも軽く見られているのだろうか。


「あら残念。私は部室のお片付けって仕事をするだけでいっぱいなの。悪いけど魔女のお手伝いなんてできないの」


 そうでなくとも亜珠美は疲れているのだ。

 ニベなく断ってプイと横を向いた。

 しかし、ヒロミは席を立つとツカツカと歩き亜珠美の前に移動してきた。


「正確に言えば魔女のお仕事じゃなくて、科学魔術研究会のオシゴトなんだけどね。責任者は誰だったかな、部長さん」


 形のいい頬がにんまりと笑みを浮かべる。


「何よそれ、活動もしていない部活に仕事なんて頼まれるわけないじゃん!」


「一応、私も『魔女』だからね。いろんな義務があるのよ、社会的にね」


 亜珠美もそれは知っている。

 様々な職種の人が緊急時には技能を生かして対応を求められるのと同様に、魔女も魔術に関する事件や事故を解決する義務があるのだという。

 

「最近、魔術に関連すると思われる事件が起こっているんだって。それで県警から県の魔術管理部会に要請があって、そんで実際に白羽の矢が立ったのが私。要請としては県教委、うちの校長と流れて、私に伝えに来たのは青水さんって綺麗な女の人だったけど……」


「それって、生徒会長?」


 突然、平山が頓狂な声を上げた。


「ヤバい。私、青水会長のファンなんだよ。ヒロミちゃん話したの?」


 興奮気味の平山にヒロミも珍しくたじろぐ。


「ちょっと話しただけだよ。校長と生徒会から連名で依頼書をもらっただけ」


 ヒロミが鞄から紙を取り出すと、確かに校長と生徒会長の署名がならんでいた。

 平山はその名前だけでうっとりしているのだけど、亜珠美にはもっと気になることがあった。


『尚、この件に関しては関係法令等を遵守し、事故等には自ら対応すること』


 そこはかとなく危険の匂いがする。

 やはり関わり合いになるんじゃなかった。


「ヒロミ、私は忙しいからさ、悪いんだけど一人で行ってよ」


「ダメ。ほら関係法令を遵守って書いてあるでしょ。魔女が調査や活動をするときは必ず助手を帯同するようにって定められているの。だから亜珠美部長、よろしくね」

 

 胸中を猛烈に吹き荒れる嫌な予感と、ヒロミが自分を引きずり込む未来への確信が亜珠美に肩を落とさせる。

 見かねた平山が机を片付け「先に課題を終わらせよっか」と言ってくれたのがせめてもの救いだった。

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