異世界転生したら情報屋になっていた件-2

「何人だ?」

「何がござんしょう? カオナシ様」

「禿は何人いる?」

「今のところは、あのコリンのみ。ですが、御覧の通りの無作法不出来。全く、この先使い物になるやらならんやら」


 不出来な妹分に苦い顔した鈴蘭。コリンに言及した八徳に答えるうちに、しかし少し優し気な笑みを見せた。


「だが、可愛くてならないか」

「はて、そう思われるでありんすか? 妹分の不始末は、めぐりにめぐって、わっちにお鉢が回ってくるというに」


 更に問いを重ねる八徳。

 幾らこの店の大得意様である呉服屋の紹介とは言え、初対面の男に気取られぬようにしているのか。鈴蘭は涼し気な目、余裕たっぷりの妖艶な笑みを見せつけた。


「だが、出来の悪い子ほど可愛いという。この場合は、妹分か」


 が、そんな遊女の仕草によるはぐらかしなど、八徳には通用しなかった。


「禿は遊女を姉と慕う。その優美さと、この生き地獄を前へと歩み続ける心の強さに憧れてな」

「カオナシ様、何を?」

「禿が正式な遊女格の一歩手前、振袖新造に上がるとする。それまで姉貴分が、どれだけ面倒を見てくれたのか、自分の不始末を、責任もって被ってくれたのか分かるようになる。だから思う。自らが遊女に上がったとき、今度は自分が憧れ、慕った姉女郎のようになろうと」

「カオナシ様、お前様は‥‥‥」

「憧れた遊女格に、この生き地獄の華へと成り上がったお前が、かつて憧れた姉女郎の生き様と流儀を、受け継がせる立場になれたその時、嬉しかったはず。可愛いに決まっている。そう思ったお前に、初めて妹分が出来た」


 先ほど呉服屋旦那に秘密を明かされたこと、八徳のエゲレス語の水準に驚嘆したこと。

 決して男に隙を見せるようなことをしない遊女であるからこそ、直接的に声をかけてきた八徳とは、接し方を始めから改めようとした‥‥‥のに。


「寧ろお前にとって一番可愛いのが禿。かつてお前も、慕っていた姉女郎に絶対的信頼はあったろうが、しかし憧れ故、近寄りすぎることのできない距離感があった。だが褒めも叱りも出来る妹分に、心の距離は感じないだろう?」


 鈴蘭は、八徳の言の葉に何も言えない。

 何も返せないまま、ただ、頭巾をかぶった初対面客の、頭巾に開いた二つの目出し穴からのぞける双眸を見つめるしかできなかった。


「ある意味じゃ恋だ。その関係性は皮肉だな。お前が一番近いと思っているコリンにとって、お前は憧れの存在に違いない。が、お前が妹分だった時と同様、その距離感が埋まることはない。想い、想われあう関係だってのに」

「主様は、カオナシ様は……遊郭のことをどうしてそこまで、ドコまでを知っているでありんす!」


 努めて冷静に、何かの拍子で下手を打って、弱みやスキを見せないようにしていたはずの鈴蘭。だが結局のところ、八徳に感情を揺さぶられたようだった。


(遊郭の事がどうってわけじゃねぇ。なんというか、似てるんだよな。俺を可愛がってくれた姉さん女郎が、妹分の紅蝶と接していた時のことを。そしてその紅蝶が、アイツが、お円を可愛がっていた時の顏と)


 もちろん、頭によぎった事を口に出すことはない。

 鈴蘭の問いを、ただ黙って受け止めた八徳は、それには返さず、呉服屋の旦那に身体を向けた。


「呉服屋殿。条件があります」

「……伺いましょう」

「まず、貴方口利きであることを念書で一枚。ここでの代金全ては、貴方持ちとなることへの店への周知徹底を」

「他には」

「ここへは毎度、頭巾をかぶってくることになる。鈴蘭にも店の者にも失礼だが。それについては貴方の方で説得を頂きたい。あとは、そうですね。貴方の情報屋となるなら、前提条件として異国の客が訪れた後になる。客の来訪予定は強制できませんから、情報取得効率の良し悪しについてはご理解ください」

「いいでしょう」


 本当は断りたかった話。だが裏側がわかってしまっては、承諾をせざるを得なかった。


 遊女と禿の関係性。ただ不始末を自分の責として処理するだけじゃない。文字通り、禿の面倒の一切合切を受け持つ。


 禿がいつか、一人前の遊女たり得るように。楽器の奏で方、華の活け方、謡い方。男を楽しませる芸事や、その他、女遊びが出来るほど金を持ち、文化の面でも高い教養を持つ男たちと対等に渡り合える知識を仕込む。

 そして、遊女に格上げされるその時までにかかる生活費や、着る物の用立てなど、生活費の全ては、姉貴分の遊女が負担した。


 それも、遊女遊びが高額となる一つの理由だった。


(事件発生からこれまで、来なかったようだが、さきほど、ほとぼりが冷めたとも思って客が訪ねてきたようだし。もう間もなく鈴蘭に遠のいた客足は戻ってくるかもしれないが)


 八徳は鈴蘭と懇意の関係となることで、彼女が持つ情報を吸い上げる。

 かかる費用は呉服屋が払ってくれるとのことだが、これなら、妹分たちの為にも稼がねばならない鈴蘭の、しかし収入が激減している現状への少しくらいの助けにはなるはず。


 おそらくこれが、呉服屋のいう『鈴蘭のため』なのだろうか。多忙のため、足しげくこの店に呉服屋は通えないかもしれないが、情報料としてこの店を使わせることで、店を利用する八徳を介して、鈴蘭に稼ぎをもたらしたいとする。


 わかってしまったから、八徳も申し出に乗った。

 もし鈴蘭が紅蝶で、コリンがお円なら、彼女たちの苦しむところを、八徳も見たくなかったから。


(もういい、こう思おう。俺が大金使うわけじゃない。それでこの超高級店を利用できる。万々歳じゃないか……と)


「そういうわけだから鈴蘭。よろしく頼むよ」


 もちろん、この港崎遊郭の遊女と妹分は、彼女たちとは別。それでも八徳が呉服屋の申し出を受けたのは、この気持ちから。

 そんな背景を鈴蘭は知るよしもないから、鈴蘭の表情には、少しの警戒の色が見えた。


 それでも、結果的には呉服屋の望む形に落ち着いた。


 八徳は日本の情報を取り込み、エゲレスはヴァルピリーナに伝える。その一方でヴァルピリーナからの情報だけではなく、鈴蘭を使ってヴァルピリーナとは別の情報源から外国人居留地の情報を吸い上げ、呉服屋に伝える形となった。


 こうして鈴蘭という名の新進気鋭をお抱え遊女とした八徳は、エゲレスと日本、二国の情報屋になることになった。

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