流れの侠客、顔なき通訳。しかして正体情報そのもの-2

「今日は大変に世話になりました。通訳殿、ありがとう」

「いえ、それは構わないのですが‥‥‥なんですかこれは?」


 商談が終わり、ヴァルピリーナと別れた呉服屋の旦那を、八徳が外国人居留地の出入り口に届けたその時、不意に包みを寄こされた。 

 包みを開けて顔をのぞかせたものに、月明りが反射したこともあり、一瞬、目がくらませられた。


「ちょ、コイツァ‥‥‥随分な大金だ」

「感謝と、お近づきの印でございます」


 五両もの大金だった。サッと出してしまえる当たり、また、ヴァルピリーナが商談相手になることを許したほどの商人だから、元より大物承認だとは思っていた。

 それでもこの贈り物の意外さに、言葉を失わざるを得なかった。


「今日の商談で、私はその贈り物何倍も何十倍もの儲けを手にすることが出来ます。いや、数百倍かもしれない」

「そうなんですか。そうなんでしょうね。私には何の話か理解できなかった。しかし貴方は即決した。相当に破格なお話だったのでしょう? そして私は、通訳しかできなかった」


 はじめ商談場所で心細げだった表情はどこへやら。贈り物を差し出した呉服屋の旦那は、今は満足そうに笑ってズイズズイと八徳に詰め寄った。


「いいや。どうも貴方は、自分の価値を過小評価しているようだ」

「そうですかね」


 話の核が見抜けなかったのは事実。歯切れが悪くなった八徳は、だが黙って己を見つめる呉服屋旦那が気になり、目をやった。


「日本の、輸入生地の仕入れ相場は上がりますぞ」

「仕入れ相場が上がる?」

「ヴァルピリーナ殿は、外国人居留地のお仲間に、今回の情報を展開するといった。国内生産の生地は、生産原価が高い。ゆえに原価の安い異国からの輸入生地に、我ら衣服商の人気は集まった。それこそ遊女を囲えるほどに」

「はぁ‥‥‥」

「わかりませぬか? 遊郭で遊べるほど利鞘を得てること、それが原価の安い輸入生地に頼った稼ぎによるものだということ。全ては日本の状況を身近で事細かく知る貴方が、エゲレス語に介し、届けることで、外国人居留地の商人たちに知れ渡る。状況を知った外国人商人たちは、日本への輸入生地販売価格相場を引き上げるでしょう」

「なるほど。顧客の儲けがギリギリなら値上げは効かないが、そうでなければ値上げが出来る」

「そうはいっても、それでも国内生産原価の方が高いですから、我ら衣服商は、引き続き輸入生地を購入するでしょうが」

「だから貴方は、ヴァルピリーナ殿が今所有する輸入生地を買い占めようとした。輸入生地の相場が高くなっても、元の利鞘が取れる衣服を、その後もうしばらく製造、販売できるように」

「えぇ。しかも輸入生地が高騰すれば、我々日本の衣服商は、市井にむけて小売価格を上げる必要も出てくる。しかし据え置き原価で在庫があり、これまでと同価値で私の店はお客に商品を提供できるから……」

「しばらくは、価格競争で同業他店に対し有利な立場になると?」

「そうして、支払いに敏感な顧客の多くは、私の店の商品を進んで買いに来る。他より安いですから。さすれば‥‥‥姿勢からの注目も集まり、うちの店の名をこれまで以上に多くの者に知ってもらえる」

「宣伝効果ですか」


 やっと得心が行った八徳。腕を組み、顎に手をあてながらも、気分は晴れた。


「貴方がいたから外国人居住地全体に話が広がり、輸入生地相場という大きな話を動かすきっかけとなった。貴方がいたから、その中でも私は、しばらくの間、高利を確保し続けることが出来る。全ては、貴方がいたからです」

「俺が……いるから‥‥‥」

「だから貴方とお近づきになりたかった」


 しかし、気分が晴れてすぐ、新たに差し込まれた概念に、少しだけ気分の悪さを感じた。


「貴方は情報です。情報そのものだ。この日本と、異国の間を走るソレを、いの一番に掴むのだから。そして……」


(俺が‥‥‥情報?)


「情報は金です」


(ッ!)


 どこかで聞いた言葉が、呉服屋旦那の言葉で重なり、強くなった。

 そしてわかってしまった。ヴァルピリーナの元で働くようになってから彼女が度々口にする、「その意味を考えろ」と言った理由が。


(今この時代で異国語がつかえるのは武器。情報は金。そういうことか。こうやって‥‥‥使うのか)


「どうです? 今度一席設けましょう。丁度先の商談で港崎が出ましたな。いやいや、人死にが出たなら縁起が悪い。永真は‥‥‥いや、アチラも。いけませんな。最近の遊郭は特に治安が悪いようだ」


 今回の商談をもって、完全にその意味を理解した八徳は体が熱くなった。

 転生した己の意義と価値観について、悩みこんだ八徳は呉服屋旦那の話も半分。結局、5両もの大金を無理やり持たせた呉服屋旦那も、迎えの者たちと共に姿を消してしまったので、八徳はしばらく、その場に取り残された様に立ちつくした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る