第12話 私の宝物

 朝、コーイチさんがお野菜を刻むトントンという音で目が覚める。私にとって、これが朝の音。

 お手伝いしようと早起きしたこともあったけど、コーイチさんは頑なにやらせてくれなかった。


「しっかり寝て、しっかり食べて、しっかり遊んでくれるのが一番嬉しい。」


 って。

 だから私はその音に甘えた。そうするとコーイチさんが喜んでくれるから。


「お? プリシラ起きたのかい?」

「……ん、おはよ、ございます。」

「おはよう。……すまないけど、顔を洗ったらヴェテルさんを起こしてきてくれるかい?」

「はい。」


 これもいつもの流れ。

 ヴェテルさんたちはトレーラーで生活してる。サミュエルさんは日課の朝稽古、タバサさんは早起きしてコーイチさんのお手伝いしてるけど、ヴェテルさんは朝が苦手みたい。

 私は洗面所でバシャッと冷たい水を顔に浴びる。そうすると、ぼんやりが無くなる。あとはいつものようにキャンピングカーを出ると、トレーラーをノック。


「……ぐがー……ぐご……くかー……」


 まだ寝てる。

 ドアを開けると、いつものように裸のヴェテルさんがベッドから体半分を落としながらいびきをかいていた。この姿だからコーイチさんが初めて起こしに行った時は困ってた。


「……ヴェテルさん、起きる。朝、来た。」

「うにゃ……?……あと五分~……。」


 ホントに五分で起きたことなんてない。せっかくコーイチさんが買ってくれた目覚まし時計も、一日で壊しちゃった。

 でも私には起こす秘訣がある。これもコーイチさんが教えてくれた。

 フライパンとオタマは古来から続くモーニングセットなんだって。


 カンッ

 カンッ

 カンッ

 カンッ

「ぬぉ?! な、なんだ敵襲か?!」


 カンッ

 カンッ

 カンッ

 カンッ

「おきるー!」

「わ、わかった! プリシラ起きてる! もう起きてるっての!」


 カンッ

 カンッ

 カンッ

 カンッ

「ふく着るー!」

「着るよ! わかったからそのうるせぇのやめてくれ!」


 いそいそと服を着だしたのを見て、私の仕事は完了。あとはキャンピングカーに戻って、みんなと一緒に朝ごはん。

 献立はご飯とお味噌汁、ハムエッグ、わふーサラダ。コーイチさんのお料理はいつも美味しい。

 お箸も、コーイチさんみたくうまくは使えないけど頑張ってる。指を通す穴が空いた、練習用のお箸を買ってくれたからそれでいただきます。


「プリシラ、学校はもう慣れたかい?」

「ふふっ、コーイチさんったら。昨日が入学式だったんですから今日がまだ初日でしょう?」

「そ、そっか! あはは……」

「勉強、がんばる。」

「おっ! ふんすふんすって気合入ってるなプリシラ!」


 隣に座るヴェテルさんがガシガシ頭を撫でてくる。食べてる時にやめてほしい。それにそーゆーのはコーイチさんが……なんでもない。

 朝ごはんを食べ終えると、歯磨きして服を着替える。本当は貴族の人くらいしか買えないのに、コーイチさんは制服まで用意してくれた。すごく嬉しいけどなんだか申し訳なくもある。でもそんな顔を少しでも見せると優しく頭を撫でながら「いいんだよ。」って。そうされると申し訳ない気持ちが、ぽかぽかに変わる。

 ……ひらめいた。

 んーん、だめ。それは、だめ。


「そうだプリシラ! 一枚だけいいか?!」


 そう言って持ち出したのは、ぽらろいどかめら。コーイチさんは、私の写真を撮るのが好きみたい。少し恥ずかしいけど、コーイチさんが喜ぶならいい。


「……コーイチ殿。それは覗き込んでその黄色いところを押せばいいのかい?」

「ん? ああ、そうだけど……」


 サミュエルさんがぽらろいどかめらを取り上げて、コーイチさんを私の横に並ばせる。


「お、おいサミュエル?」

「ふっ、せっかくだから二人で映った方がいいでしょう。さ、並んで並んで。」


 自分も撮られると思ってなかったのか、横に並んだコーイチさんはちょっと緊張した顔で背筋を伸ばした。

 ……コーイチさんと、一緒に?

 顔、ぽかぽか。胸、どきどき。


「はい、笑ってくださ~い!」


 そうして出来た一枚は、私の宝物。

 出てきた写真を誰より先に奪って、ポケットへ押し込んだ。コーイチさんは残念そうにしてたけど、そこは譲れない。

 だって、ガチガチになっているコーイチさんの横にいる私……きっと変な顔。とってもだらしない顔になってるから、こんなの誰にも見せられない。


「コーイチ殿! それでは私ともラブラブショットを……」

「エシェット先生、お願いします。」

「うむ。」


 てっけんせーさい。


「……ふふっ」


 これが、私の朝。

 鞄を持って外に出る。背後からは「忘れ物はないかい?」という声。

 私は頷く。


「いって、きます。」

「ああ、いってらっしゃい。」


 手を振ってくれるコーイチさんに背を向けて学校へと向かう。キャンピングカーがある森の中を抜け、木漏れ日の下、ひっそりとポケットから写真を取り出す。

 ……やっぱり、こんなの誰にも見せられないよ。

 だって私、こんなに笑ってる。


「……いってきます、コーイチさん。」


 もう一度、すでに見えなくなったあの人へ。手のひらにいるあの人へ。

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