思っていたより…(4)

「ああああああああぁぁぁっ!」

喉が掠れる程の声を上げる。その声を合図とでもしたかのようにフォレストウルフが飛び掛かる。だがその動きは単調的で一直線。冷静にタイミングを合わせて短剣を振り下ろす。

「ギャウッ……!」

首筋に沿って刃が切り裂いた。肉が切れる音が聞こえ、血が出る。だが立ち上がって体勢を整えている、浅かった様だ。

「はぁ…はぁ……。」

今のたった数秒のやりとりだけで、汗がどっと湧き出てくた。だが勝てる、そう思った。

「グルルルルルルっ……。」

喉を鳴らし、こちらに殺意を剥き出し、挑発をしている。難しい事はしなくていい。先程と同じように攻撃を当てれば倒せる。だが、その考えは慢心であった。単調的であったフォレストウルフの動きに変化があったのだ。今度は私の攻撃範囲に入らないギリギリの位置で私の周りを高速で動き出した。目で追うにも捉えきれない、先程の攻防で相手の私に対する心持ちが変わったのだ。

獲物から、敵に。

「うっ……!」

背中に痛みが走る。フォレストウルフは私の背後に回り、体当たりを仕掛けてきた。

不意をつかれた攻撃に、体勢を崩し地面に倒れてしまう。それを見逃すほどフォレストウルフは甘くない。追撃をかけようと牙を出し、私の右腕に噛みつく。

「痛いっ……!離してっ!」

痛みに耐えながら腕を振り、フォレストウルフを引き剥がす。残った左手で頭を殴り、怯む狼の無防備な腹部に蹴りを入れる。

「ガフッ。グルルルッ……!」

よろよろと距離を取り、再度私の回りを疾走する。再び短剣を構えようとするも、先程噛まれた衝撃で落としてしまっていたことに気づいておらず、構える事が出来なかった。隙を見せてしまう為、拾う事も叶わない。

一か八かの博打で疾走するフォレストウルフを蹴り飛ばそうと足を振る。しかしその攻撃は空を切った。体勢は崩れずとも、隙が生じてしまった。振り向いた時には既に牙を剥き出しにしていたフォレストウルフが飛びかかっていた。避けようと思うも身体が動かない。私は恐怖に怯え目を瞑ることしか出来なかった。

どっ!と、鈍い音が聞こえた。しかし私の身体には痛みは走らなかった。状況を確認すべく目を開く。すると後ろにいたはずのチヅレがフォレストウルフに飛び掛っていたのだ。

「ガウッ!ガウガウガウ!」

「わうっ!わんわんっ……!」

暴れる一回りも二回りも大きいフォレストウルフの上に被さり、チヅレは必死に抵抗を続けている。我に返った私は素早く短剣を拾い、フォレストウルフの喉に勢いよく振り下ろす。

「ギャウウウウ……!」

大きく声を上げ、次第に暴れる力が弱まり遂には動かなくなった。

「や、やった?倒……した?」

刺さっている短剣をゆっくりと抜く。周辺には赤い液体が染み込み、見るに堪えない状態になっていた。

「チヅレ……!ありがとう……!」

チヅレを力強く抱きしめる。チヅレがいなければもっと大きなダメージを負っていただろう。チヅレは嬉しそうな表情で私の頬を舐めていた。私の腕はもう震えてはいなかった。


「痛い!ちょっと待って……。痛い痛い!」

「動かないで下さい。しっかりと消毒をしないといけないんですから。」

「くぅ〜〜ん。」

何とかギルドに戻ると、ギルドスタッフさんが吃驚した顔でこちらに詰め寄り、奥の部屋に連れ込まれた。何事かと思ったら救急箱のようなものを取り出して、有無を言わさず消毒綿を押し付けてきた。

「どうして、受注もしていないモンスターと戦ったのですか?」

「いや、戦わざるを得ない状況になっちゃいまして……。」

そういうと、ギルドスタッフさんの包帯を巻く手が止まった。もしかして怒られる?と思ったがそういう訳でもないらしく、

「……詳しくお聞かせ下さいますか?」

私はそうなった理由を嘘偽りなく話した。スタッフさん、は何かメモをとりながら話を聞いていた。

「なるほど、という事はつまりフォレストウルフの群れが山を降りてきている……?」

と独り言の様な事を口ずさんだ後、再度、私に話しかけてくる。

「何はともあれ、無事で良かったです。初の戦闘では命を落とす冒険者が多いので…。」

悲しそうな顔で私にそう告げた後、静かに席を立ち上がり、私の今回の報酬を持ってくる。

「あれ?少し多くないですか?」

「多い分は情報提示分の金額です。モンスターについての情報は命に関わる問題なので高めの金額なんです。それと……。」

「はい?なんでしょう。」

「ギルドカードの提示をお願いします。」

ポーチからギルドカードを取り出してスタッフさんに渡す。スタッフさんはギルドカードをポケットに入れ、新たなギルドカードを渡してくる。先程までのギルドカードとは色が違う、緑のラインが入ってる。

「おめでとう御座います。優希様のランクが上がりました。」

「へ?急になんでですか?」

戸惑いの表情を隠せない私に、微笑みながら説明するギルドスタッフさん。

「ランク白からランク緑に上がるには仕事の★を10個分必要なのですが、優希様は薬草の回収で1つ、ペットの捕獲で2つ、そしてフォレストウルフの討伐で5つ獲得しています。」

「は、はい。でもその考えだと2つ分の★が足りませんよね?」

「はい、ですが優希様は先程、私に有益な情報を提示しました。そしてその情報の重要度が★2つ分のと認定されました。」

「な、なるほど、ありがとうございます。」

実際何がありがとうなのかよく分からないが、雰囲気で乗り切った。ランクが緑に上がったことで私の仕事が増えると考えればまぁ嬉しいことではある。

「そしてランクが緑になった事により、特典が御座います。」

そういって渡されたのは、金貨1枚。

それだけ?と思ってしまったが続きがちゃんとあるらしい。

「そしてもう1つ、専属のギルドスタッフが配属されます。」

「えっ?あっ、はい。」

疑問を残して返事をする。

私がギルドに来てからの対応は全てこの人だったので、この人がもう私の専属だと思っていたというのは内緒である。

「という事で、優希様の専属ギルドスタッフになりました、ロニエと申します。何なりとお申し付け下さい。」

「よろしくお願いします、ロニエさん。じゃあ早速良いですか?」

「はい、なんでしょう。」

「私の呼び方なんですけど、様は少し……。同じくらいの歳ですし、もう少し馴れ馴れしく呼んで、ね?」

「馴れ馴れしく……ですか?」

「うん、何ならもうタメ口にしよう。私もあんまり敬語得意じゃないんだ。」

そんな発言にロニエはたどたどしく従った。

「では……これからよろしく、優希さん。」

「うん。よろしくね、ロニエ。」

「わんわんっ!」

自分を忘れるなと言うようにチヅレが吠える。そんな必死な姿に私達2人は心から笑顔が零れた。

辛く苦しいと思っていたこの世界。1人で頑張るんだろうと思っていた。だけど思ったより、笑っていけるんだなと心が軽くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る