【3】Ace May cry : Collapse day 5/5 (12)

 対策はすぐ立てた。戦闘は自然と有視界戦に切り替わった。

 横隊を組み、敵機にその身を曝す。サッチウィーブの応用で敵機に選択された一機を囮にもう一方は接近してミサイルを発射する。減速時でも音速を維持する敵機には攻撃は容易ではない。他の編隊の援護も不可能だ。だが、可能なのはこの方法しか無かった。戦いを避けたい相手だったが負ければ制空権は完全に敵に奪われてしまうであろう状況がそれを許さなかった。

 それから、後続の2機編隊はこの戦いの外に向かわせた。この隙に爆撃機を街に突っ込まれたら戦略的には敗北となる。そして何より彼と戦う無謀さを趙は理解していた。馬鹿な祭りの被害者は、少なければ少ないほどいい。

『スパイク来た。』

 二機編隊はアフターバーナーに点火して敵機に背を向ける。相対速度は遅くなり、旋回は鈍るがこれしか無かった。ディスプレイの戦況表示に魔力の乱れのレイヤーを追加する。サーモグラフィーのような色彩が後方から接近する戦闘機が魔術を使っているのが確認できる。今は魔術式は大人しい。減速しているのだ。

 ミサイル発射を確認。敵機の残りのミサイルはR-73、エンジン廃棄を絞り、エアブレーキを作動して回避する。

 動きにロールを加える。精一杯ラダーを踏み込み姿勢を変えるとさっきまでキャノピーがあった空間を機関砲の弾と機体が通過してゆく。

 次の瞬間轟音と共に空を揺るがす振動が辛うじて攻撃を避けた機体をシェイクする。空の上で地震を体感する。

 敵機を確認する。加速を再開し、ミサイルを振り切る。

『FOX3!』

 趙と編隊を組む安奈の機体からAIM-120が打ち出される。だが、射程が50キロだ、100キロだ、といえど、ロケットモーターを使用できるのは十秒程度でしかない。その燃焼の間に命中させなければならない。しかも、真後ろから撃てば縮小大気が解放された乱気流の中にミサイルを撃ち込むこととなる。撃墜は期待できない。結果とし敵機の斜め後ろの位置からミサイルを発射する以外、彼を倒す手段はなかった。

『ジュグド1、ガンズ!』

林は真正面から機関砲を叩きこむ。30ミリの機関砲とMiG-31の23ミリ機関砲の弾が交錯する。どちらも命中弾なし。ジュグド1は急旋回で回避。

『どうしようもないな……。』

 乱気流の失速から機体を回復させながら趙は呟いた。千日手も三回目となると流石に参って来ていた。敵機はそのまま加速するとこちらのミサイルの射程を超えて100キロほどの位置で上昇を開始する。全ての運動エネルギーを位置エネルギーに変え、それからまたため込んだエネルギーを最適なタイミングで速度に置換しながら降りてくる。いままで三回中三回とも、この方法で至近10キロを割るまで超音速で接近、そこからの急減速で逃げるを繰り返している。

回避はなんとか可能だ。だが、個人の才覚に頼り過ぎたこの戦況に、趙は苛立ちの感情を覚えていた。そして、いつまでも千日手を続けている訳にはいかない。

『コラギ1へ、アスターより、敵機方位182、距離180キロ、エンジェル・ハイ。……機種判別、Tu-22、速度、マッハ0.8』

 突然高空に現れた爆撃機部隊、これがその「理由」だ。この厄介なエースがこちらの航空隊を引き付けている間に敵は爆撃機を接近させている。ステルス機の加護があるとはいえ、制空権も完璧とは言い難い空に巡航ミサイルではなく爆撃機そのものが現れた理由は未だ不明だが彼らの目的が、盛岡駅の物資集積所なのは間違いなかった。

 戦場全域の状況を見るべくこまめにディスプレイに目を遣ると、敵の爆撃機編隊はしっかりとした戦爆連合を組んで接近を繰り返している。ご丁寧にも護衛はJ-11(Su-27)を配置し、万全の状態だ。恐らく、レーダーに映らないだけでJ-20も付いてきている。こうなると、待機させているたった2機のMiG-29で出来ることなど何もない。

(せいぜいあと一回……あと一回で決着をつけなければ……。)

一瞬だけ点灯した警戒敵戦闘機からのレーダー照射のランプを凝視して趙は考えを巡らした。

 MiG-31は音速以上で曲がれるのははせいぜい5Gと少し、魔法での体組織を石化しても、これ以上の機動は機体が持たない。

 だから、彼は最初から敵の離脱ルートを思い描いて、剣で小突いてくる。フェンシングの様な戦術だ。だから、回避はなんとか可能だが、短距離ミサイルを撃たれればどうしても軌道は単調なものとなってしまう。そこが彼の狙いどころだ。彼はミサイルをあくまで相手を拘束する道具と思っている。彼は「剣士」としてガンキルを望むため、ガン・レティクルに獲物を収めようと動く。

 まさに視界外戦闘時代にあり得ざる戦士、雲の上のジャック・チャーチルというべき奇人である。これもそれも、縮小魔法を使った急加速とMiG-31の持つ加速性があるからこそ為せるものだ。これをほかの機体でやったら再加速が間に合わずに敵ミサイルの洗礼を浴びるのは必至だ。いや、MiG-31でも針の穴を通すようなタイミング管理が出来なければ不可能だ。

(……まてよ……旋回……機動?!)

そこまで考えて、趙の頭の中にはある可能性が浮上した。

(……ならば……こんなやり方は、どうだ!)

 唐突に解決策が閃いた。スマートではないし、美しくもない。しかし、今の彼に思いつく方法であの敵機を抑えきる可能性があるのは、これだけだった。

 それを僚機に伝えようとしたところで自分の機体にレーダーロックが再び一瞬かかったのを確認してその必要はないと悟った彼は、スロットルを絞り、キャノピーについた鏡で遥か後ろから迫りくる敵機を探した。

 一瞬戸惑う、無謀もいい所だ。成功の確率も半々以下だろう。無価値だ。リスクのほうが大きい。一人犠牲になればいいものではない。隊長という存在は勝手に死ぬわけにはいかない。

 彼は地上を再び覗いた。彼女の住む街を。

 昔の琴の言葉が甦る。

「迷ったら、「今」を守らないほうを選ぶのよ。」

 計器と、大地を一秒もない時間に何度も視線が行き来した後、北朝鮮のエースのは、異郷のために自らの命を賭す覚悟を固めた。

(僕は守るために守りを捨てるよ。琴姉。)

 大地を一瞥する。この街が、この国が、この大地が、今の彼にとって守るに値するものだった。

 彼女と、その彼女の一切に関わる全ての幸せがある世界。それを守りたかった。

 そして、後ろに見える敵機が鏡で判別できるようになる頃には、彼は賭けに出ることを決意していた。


『ジュグド1、指揮権を引き継げ。』

 えっ?ちょっと、何?!と林が混乱しているのを無視して彼は僚機に元気よく一言指示を追加する。

『コラギ7、中条君、しっかり撃てよ。』

『は、はい。』

 宜しい、と答えた後、後ろから敵機が迫る中、趙は何ら機動を行わずに減速した。

 アイギスは何事かと思ったが、ミサイルの残弾を見て、機関砲での撃破を決意した。

『かかったな……釣り上げたぞ。』

 突然、趙はコブラを仕掛けた。その距離はあまりにも近すぎた。ガンでの撃破を狙おうとガン・レティクルに既に収まった相手が音速の鉄板として迫り来るなど、さしもの剣士も、考えが及ばなかった。

 空中で突如現れた障害物を回避しようと、減速を開始。縮小魔法の魔術回路を切る。血管石化は完全ではない。急旋回のために代償としてエアブレーキを展開、速度は更にに低下する。

『今!FOX3!』

 安奈最後のAIM-120が撃ち出される。音速以下まで落ち込んだ機体は再加速を開始するが、今度は間に合わなかった。状況を察した安奈が「仕掛け」を即座に理解し、可能な限り接近のち射撃を開始したため、アイギスは回避をすることが出来なかった。

 撃破、敵機から銀色の機体構造物が剥がれ落ちてゆくのが確認できる。


『コラギ1、そしてルーキーよくやった。』

 アイギスはその独特の歪んだ騎士道精神で答えを返した。趙は返答しない。彼に興味を失ったのかアイギスは自分を撃った相手を探る。惜しみない称賛を送るために。

『俺を撃ったやつ、いい飛び方だった。名前を聞いてもいいかい?』

 安奈は迷った。が、若さゆえ、学校での強制された素直さからとっさに逸れることが出来なかった。見知らぬエース相手に少女は名乗りを上げた。

『中条……中条安奈です……。』

 そうか、いい腕だ。と返事を聞くとアイギスは満足したのか帰還命令に従い帰っていった。

『隊長!』

 林は趙に近寄るなり、張り裂けるような声で無線会話に入って来た。この奇策を行ったほうも無傷ではない。いや、そればかりか危険な状態にあった。

 敵の縮小魔法は対物指定が行われず、物質塊を一つの縮小対象として認識できなかった。それで魔術の切り際にそれを風圧と共に浴びた趙の機体は深い傷を負っていた。

 いや、それは傷と呼ぶには深すぎた。片方の垂直尾翼は動翼が剥がれ落ちている。翼も、内部構造があちこちが露呈し無線越しの警報音は鳴りやむ気配がない。完全に破壊されていた。

 だが、パイロットは無事だ。

『残念だが、ここまでのようだ。』趙は残念そうな声で答える。

『市街地には落とさないようにする。ジュグド1、指揮を取れ。』

 了解。と林は今度は即答する。時間がなかった。Tu-22Mの引く白い雲が目視できる位置にあった。

『全機、あの酔狂爆撃隊を阻止する。ついてこい。』

 林は翼を翻し、敵機へと向かった。その間に趙は機体を自動操縦で水平に固定、人のいない奥羽山脈へと向け終わる。

『若いの二人、城ケ崎君、中条君……。』

 最後、脱出の間際になって、この空で生き残った二人の学生パイロットに趙は言葉をかける。

『よくやった。生き残りなさい。』

『コピー、マーベリック、生き残ってみせます。』

『ハジキ了解。ありがとうございます。』

 じゃあ、任せたぞ。言葉をかける趙はそれから最後の仕事に取り掛かった。キャノピーの左側のフレームに張られた琴の写真を取り外し。それを服の中に仕舞い込む。

『さて、麗しき大地に戻るとしようか。』

キャノピーを吹き飛ばす。大地を眺める。

(守るに……値する……。)

 感慨深く盛岡の街を一瞥した趙は、座席射出用のレバーを力一杯引き寄せた。

宙をパラシュートが一つ舞った。

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