眠れないよるたちのうた

倉海葉音

第1話

 23時に帰ってきて、電気ケトルに水を入れる。


 鞄を置いて、上着をハンガーにかけて、ネックレスを外してからノートパソコンを立ち上げる。開きっぱなしだったiTunesから適当な音楽をラジオ代わりに流しながら、リプトンのティーバッグをマグカップに沈めた。


 夜の孤独を歌う音楽と、沸騰前のケトルの細かく揺れる音が部屋に混じり合っている。座椅子に座って、パソコンでTwitterを開く。本当はこんなことせずに、さっとシャワーを浴びて、明日の仕事に備えて眠りについた方がいい。寝る前にパソコンの明かりを見ると、さらに寝付けなくなるのも分かっている。


 でも、どうせ眠れない。また、うだうだと仕事のことで悩んでしまうから。


 Twitterには、今日一日読めなかった情報がたくさん溢れている。みんな何かを楽しんだり、討論したり、私と同じように悩んでいたり。この空間に浸っていると、眠れずに過ごしている夜が、少しだけ、救われるような気がする。


 ケトルの音がやんだ。曲も終わったらしく、部屋は一瞬静寂に包まれる。


 ちょうど、好きな作曲家のツイートが流れてきた。作曲家といっても、インディーズの、300人くらいしかフォローされてない人だけれど。最近見つけてお気に入りの人だ。


「新曲できました!夜の街をテーマにした、おしゃれカワイイ系ポップスです!」


 次の曲を再生し始めたiTunesを止めて、いそいそとケトルを取りに行く。ふわりと広がるリプトンの色を眺めて、ほわほわと湯気に混じるレモンの香りを楽しみながら、ツイートにぶら下がっている青い再生ボタンをクリックした。


 ぴこぴこ音、軽快なドラム、かわいい歌声。今日も私の性癖一直線の曲調だ。


 東京で過ごす一人の日々。もう見飽きたビルの明かり。だけど、この人の音楽に、時々助けられている。疲れている通勤時間、僅かの間、少女の可愛い気持ちでいられるから。


 全部聴き終わらないうちに、私はもうハートマークをクリックしている。


 こんな素敵な音楽を、いつも、ありがとうございます。


 シャイな気持ちになるから書けないけれど、そんな気持ちを込めて、今日も画面上に赤いハートを弾ませた。


 一人きりの眠れない夜を、レモンティーと、大好きなシティーポップに癒やしてもらう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る