ep2/??「魔神との邂逅」

 深き闇の世界に、青い一筋の光が駆け巡る。

 それは流星のような軌道を描いているわけではなく、大きくうねっては急加速と急制動からの軌道変更を繰り返している。


 さらにその後方からは幾数もの虹色の線が流星を狙い、絶え間なくきらめいていく。

 これは決して自然が起こす現象などではない。そこを徘徊する異物を狙い、何者かが攻撃をしているからだ。


『カタリさん。相手の数は増加する一方です!』

「う~っ、くそっ。何なんだこの世界の敵は! しつこいし妙に強いし、あと大きいし!」


 青い光を引きながら珍しく文句を大声で漏らすのは、異界に散らばった世界の欠片を回収するために世界を渡る旅人、カタリィ・ノヴェル。

 そんな彼が操縦する青色の巨人、ノベライザーは宇宙空間という世界でも問題なく動かせている。生まれて初めての無重力空間ではあるが、今はそのことに感動している余裕などなかった。


外訪者アウター、さらに増加、およそ九十! 線孔シャープ攻撃もまるで雨のようです!』


 機体の後方から放たれる無数とも思える線孔攻撃の弾雨。それをかわしたり、バリアを展開して防ぐだけでも手一杯。反撃の余地もない。

 AIのリンドバーグが口にする外訪者アウターなる存在。それがこの無意味な戦いを長引かせる元凶だ。




 次なる欠片を探すべく、新たにターゲットされたこの世界。介入早々宇宙空間からのスタートを切ることになった一行だったが、出現位置が悪かったのかこの通り現地の敵性生命体に襲われる羽目になっていた。


 さらに恐ろしいことに、この外訪者アウターという地球外生物の大きさはノベライザーの最大全長を優に越すほどの巨躯で、それが無数に存在していることが判明している。


 欠片があるとされる地球を目指しているにも関わらず、現地の宇宙怪物を駆逐するという余計なタスクをこなさなければならない現状。

 これがどれほどの時間のロスに繋がるのかは計り知れない。


『こうなったら裏世界へ逃げますか? 流石に数もアレですし』

「そうだね……。でも、外訪者アウターって人類の敵なんでしょ? それなら少しでも数を減らしておくべきじゃないかなーって思うんだけど」


 無用な戦いは避けるべく、一時撤退を提案するバーグ。しかしながらカタリにとっては些か不満のある話である。


 教えられたこの世界についての情報。人類の火星圏以降の進出を妨害する敵性生命体、外訪者アウターは、何も宇宙だけで猛威を振るっているわけではない。

 地球では人形スワンプマンと呼ばれる人間への擬態をした外訪者アウターが人類を攻撃しているのだという。


 自分らには直接関係のないこととはいえ、それらを無視して己が目的だけを果たすのもどうなのか。

 仮にも世界の救世主という称号をトリから与えられている以上、折角なら介入した世界のいざこざも手の届く範囲まででも解決させておきたいのがカタリの内心の考えである。


『確かにその気持ちは理解出来ますが、私が思うに人形スワンプマンの方が人類にとって危険だと考えますがね。とにかく、今は裏世界に行ってやり過ごしますよ』


 しかし、そんな考えを持つカタリのことなど気にすることなく、提案を半ば強引に可決。頁移行スイッチを指示し、ノベライザーは一時的にこの世界から消え失せた。

 表の世界からではいきなり標的が消失したようにしか見えないはずなため、百近い数の外訪者アウターは宇宙空間を彷徨うかのように動き回っている。


 モニターからその様子を確認しながら再浮上のタイミングを計る。だが予想していた以上に外訪者アウターは去ってはくれない。

 宇宙空間という遮蔽物の少ない見通しの良すぎる世界。奴らの知覚範囲がどれほどなのかも分からない以上、無闇な行動は危険だ。


『中々しつこい奴らです。どうしますか? このまま検知されない場所まで移動します?』

「そうするしかないんじゃない? トリさん的にはどう思う?」


 これからの移動についてを問われたカタリ。一応は賛成の意を示すも、ここはもう一人の意見も聞いてみることに。

 すると、ノベライザーの機能が一部ダウン。一匹の鳥類らしき生物が背後からにゅっと現れる。


「私も同意見……ではありますが、裏世界ではエターナルの探知が出来ません。定期的に浮上を繰り返しつつ、目的地へ向かうのがいいのではないでしょうか」

『なるほど。ではその案でいきましょう。とりあえず数十キロ置きに表世界へ戻り、探索を数分間繰り返すという形で』


 ノベライザーの動力源コアにしてマスコットであるトリの意見を参考にしつつ、一行は再び地球への航路に戻る。

 現在地点より地球まで、およそ1500000km。遙か遠い彼方への旅路は、ある存在との邂逅によって大幅な遅れを余儀なくされる。




 それと巡り会ったのは数回目の浮上時のこと。

 外訪者アウターの群を撒くことに成功し、そろそろ通常の移動方法に戻ろうかとバーグと検討し合っていたところ、レーダーが何かの存在をキャッチした。


「なんだ、コレ? 推定150m……でっか。さっきの外訪者アウターより大きいや」

『えーっと、何でしょうかね。ロボットなのは分かりますが、放棄されたにしては朽ちてる様子もありませんね。少し見てみますか』


 現在地から数百キロ離れた位置で掴み取った謎の機体。中々の巨躯を持つそれは、この宇宙空間という広大な虚無の世界にはどうにも不自然さが極まる物体だ。


 モニターで姿を確認。最大望遠で見ると、血のように紅いカラーリングをした異様なまでに腕の大きさが目立つ、昆虫が無理矢理人型をとっているかのような異形の機体であった。


「なんか……すごいのが流れてきたね」

『検索結果が出ました。あれは【AMUー99 エルンダーグ】という名称の対外訪者アウター機動兵器の一つだそうです。どうやら外訪者アウターの巣を破壊するために地球から送りだされたそうですが、今はコールドスリープ中のようです』


 もはやお家芸と化したバーグによる超速検索により機体の正体が判明。

 外訪者アウターを倒すための兵器だと聞き、この世界の人類もまだ負けてはいないのだと関心する。

 彼の機体の目的地であろう巣の存在も中々に興味深い。あの巨大な宇宙怪物を生み出しているであろう物も気になるところ。


 好奇心を刺激してくる存在の出現は心躍るものがある。しかし、如何せんこちらの目的とはほぼほぼ無関係なため、普通ならこのまま無視するのが道理と言える。


『さて、どうします? 対外訪者アウターを名乗るだけにスペックは中々のものです。継承出来れば間違いなく戦力の増強に繋がりますが』

「悩みどころですね。目的の遂行に多少の遅れを出しても良いのであれば、栞だけでも渡したいところです」

「エターナルもいるかどうかまだ分かんないんでしょ? それなら少しだけ接触してみてもいいんじゃないかな」


 再びヌッと現れるトリの意見も参考にしつつ、エルンダーグの力を手に入れるか否かを相談する三人。

 全員の考えは接触の可決へと傾きつつあった時、突如としてモニターには敵の接近を知らせるアラートが鳴る。


『むっ! 機体後方約数百キロ先から数十体もの外訪者アウターと思しき反応をキャッチ! おそらき先ほどの群から離れた一部隊かと思われます』

「ええっ、もう見つかったの!? 本当にしつこいなぁ。また裏世界に戻ってやり過ごして……」

『いえ、今回はそうはいきません。今ここで裏世界に行ってしまえば、近くのエルンダーグに標的を変える可能性があります。ここは何とかして迎撃しましょう!』


 再度身を隠そうとするが、先ほどまでとは一転して迎撃を推奨される。

 理由は言わずもがな、エルンダーグの存在だ。継承相手として決定しかけていた機体をこのまま破壊されてしまうわけにはいかないからだ。


 外訪者アウターはその大きさと線孔攻撃の威力だけでも十分に強力な存在。それを数十ともなれば苦戦は必至だろう。

 ただそれは、別のロボが相手にする場合に限る。雑魚にしてはやけに強いと肌で感じることは出来ても、ノベライザーの本領を発揮すれば苦労まではしない相手である。


「ノベライリング・ゼスマリカぁ!」


 カタリは叫ぶ。それに呼応し、ピンクの靄を纏って出現するドレスはノベライザーの全身に装着された。

 魔法使いの帽子、丈の短いスカート、そしてバイザーに投影される『ゼスマリカ』の五文字。前回の世界で入手した友の力をこの世界でも行使する。


 創造力により作り出されたステッキを振るい、召喚される二つの巨大な魔法陣は、外訪者アウターたちの注目を集めるには十分過ぎる代物。

 ターゲット固定に成功したノベライザーはこの場を移動し、それに伴って外訪者アウターの進行経路も変更される。


『目標接近。距離五千、線孔攻撃までおよそ五秒!』

「大丈夫。よく分からない攻撃にはよく分からない力で何とか出来るはず!」


 そう妙な自信を持って魔法陣を外訪者アウターに向けると、遠方から幾数十もの光が瞬いた。

 瞬間、ノベライザーに向かって放たれる幾数にも及ぶ極彩色の光柱。最大速度は亜光速にも匹敵するそれらは、かすっただけでも装甲を抉り取るえげつない威力を持つ。


 そんな攻撃を迎え撃つは別世界のエネルギー源“ヴォイド”を起源げんさくとするゼスマリカフォーム マジカルモードの魔法攻撃。

 両の攻撃はカタリにとって原理など分かるわけもない奇蹟にも等しい事象。それらをぶつけ合わせれば、一体どちらに軍配が上がるのか。その結末はすぐに判明する。


 虹色の光柱は魔法陣に衝突するや否や、本来ならばあり得ない軌道を描きながら渦巻いていき、一つのカラフルな光の球となってしまう。

 予想外な結果が生まれてしまい、呆然となりつつも謎の光球を調べる。


『ど、どうやらこちらの魔法陣の効果によって線孔攻撃が凝固……というんでしょうか、とにかく特性を維持したまま固まってしまっているようです。なんと申しましょうか、魔法の力ってすげー、ってやつですかね?』


 謎の現象は簡易的な解析とはいえバーグでも完全に解き明かすまでには至らず。

 しかし、そもそも発生原理など求めていないカタリにとってそれはどうでもいいことであった。


「それじゃあ、これをそのまま相手に跳ね返してやる!

『線孔攻撃を受け止めて作り上げた光の球は、魔法陣により打ち出される。超スピードの一撃に外訪者アウターは避けることなど出来ないまま、意趣返しと言わんばかりの攻撃の前に呆気なく散っていくのであった!』」


 詠唱の発動。バイザーが煌めき、その力を具現させる。

 固まった光を魔法陣が押し出し、ビリヤードの球の如く外訪者アウターの群へ勢いよく射出。そのまま群の中で弾けると外訪者アウターたちは避けるよりも早く線孔攻撃を食らう。


 反射された攻撃により、身体の一部などを消失させるなどの致死の外傷を負わせるなどして数を激減させることに成功する。

 この反撃はカタリ自身もガッツポーズで喜びを露わにするが、それ以上に驚きを見せる者もいた。


「よっし、どうだ!」

『なっ、カタリさん!? い、いつの間に一人で文章を捻出する出来るようになったんですか!?』

「ふふん、僕だって勉強するもん。毎回バーグさん頼りじゃいざって時が心配だし、何より前に一人でやった時に少しだけ自信ついたからね」


 今し方の詠唱はバーグが作り出したものではない。カタリが自分の頭で考えて作った必殺の文章だ。

 前回、半ば無理矢理やらせた即興の詠唱攻撃が切っ掛けとなり、文章作りに対する壁が無くなったようである。


 これまでのリンドバーグ頼みでやってきた頼りなさ半分だった面影は薄れ、一人前のノベライザーパイロットとなろうとしている姿があった。


『カタリさんが成長している……! オペレーターとしてこんなに嬉しいことはありません。私、感激です!』


 画面越しの感動を隠せないバーグ。これまで散々文章作りをねだり込まれ、その度に渋々応え続けてきたのが報われた気分に浸っていく。

 とはいえ今はまだ戦闘中。悦に入るのは程々にし、外訪者アウター迎撃へ意識を戻す。


 今の攻撃を生き延びた外訪者アウターは僅か数体ほど。この程度の数ならば次の詠唱攻撃で完全殲滅へ確実に持ち込める。

 サクッと勝利し、エルンダーグの接触へ戻ろうとする──が、ここで予想外の事態が発生。


『あっ、カタリさん! 外訪者アウターが移動を開始しました。進行方向……、エルンダーグのある方向です!』

「えっ、嘘でしょ!? 僕らを無視してそっちに行くってアリ!?」


 まさかの事態に焦る二人。外訪者アウターはあろうことか仲間の仇討ちをせず、この場にあるもう一つの異物を検知、そこちらへ標的を変更したのだ。

 おまけに位置的には外訪者アウターの方がエルンダーグに近い。普通に進んでも間に合わない可能性がある。


「壊させてたまるもんか! “妖精の尾羽根フェアリィテール”!」


 故にノベライザーは友の力を再び行使した。

 ゼスマリカの技を完全コピーすることが可能なマジカルフォームにより、一対の翼を生やした杖を生成。それに乗って移動を開始する。


 ピンクの軌道を描きながら継承先の下へ急ぐ。やはりノベライザーの性能と魔法の相乗効果によりあっという間に数百キロもの距離を移動し、外訪者アウターの軌道上に立ちはだかる。


「これ以上先は通行止めだ! えーと、うーんと……。ご、ごめんバーグさん、やっぱり文章ちょうだい……」

『私の感動返してくださいよ……』


 成長の鱗片を見せても結局はまだまだ未熟なままのパイロット。せっかくの感激も台無しとなった。

 それはそれとして文章はきちんと捻出し、外訪者アウター殲滅を開始させる。


「『迫り来る外訪者アウターの生き残りたちだが、それらは新たに目標を定めた存在にたどり着くことなく、自身の巨躯をも越える広大な二つの魔法陣の範囲内に囚われてしまう。

 人に仇なす存在の生存は許されない。魔法陣による圧殺攻撃を受け、この黒い宇宙キャンバスに肉塊と血で構成された大輪の青い花々を咲かせるのであった』!」


 バーグが作り、カタリが詠ずる黄金のコンビネーション。二回連続となる必殺詠唱攻撃だが問題なく能力は発動。

 徐々に近付きつつあった外訪者アウターを挟むように上下に広がる巨大な魔法陣。範囲内の獲物を逃す隙など与えないままに二つは重なり合う。


 詠唱内容通り、挟み潰された外訪者アウターの群は血と肉で出来た花弁なきがらを宇宙空間に咲かし、その生命活動を停止させることに成功した。

 レーダーで周囲の状況を確認。近い場所には死体となった外訪者アウター以外の反応は見られない。


『状況終了です。お疲れさまです、カタリさん』

「ふぅ……、まあ数が少なくて良かったよ。さっきみたいに百体近くもいたらこんなすぐには終わらなかっただろうし、ゼスマリカ様々って感じ」


 外訪者アウターの強襲をなんとか乗り越え、安堵のため息を吐き出すカタリ。いくら戦いに慣れ初めてきているとしても、広い範囲を一気に攻撃可能な技を持つフォームはゼスマリカ以外にはないため、この力を託してくれた別世界の友人逆佐鞠華に感謝をしながら姿を元に戻す。


 何はともあれ敵を駆逐し、一時の平和を取り戻した宇宙。話し合い通り、ここは継承を試みる形で接触を図る──が。


『──ッ!? カタリさん、後ろ!』

「えっ……、うわぁっ!?」


 それに気付かされた時にはすでに手遅れだった。

 突如として機体は大きく揺れ、多少ながらダメージを受けたことを告げるアラートが鳴り出す。


 一体何事か。外訪者アウターはここ数百キロ内には存在しないことはつい先ほど確認したはず──だったのだが、ここにはもう一つの異物があることをすぐに思い出した。


「え、エルンダーグ……!」


 ノベライザーを拘束するのは深紅色に染まる肥大化した豪腕。それにより今や90mはあるはずの身体をいとも容易く握り掴んでいる。


 屈強な胸部に埋もれる頭部から感じる無機質な視線。線状のカメラアイが放つ冷酷な目からはノベライザーを敵として認識していると感じさせるほど背筋を凍り付かせる恐ろしさがあった。

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