Live.13『その訪問者、敵意無し? ~THREE TEAMS BECOME ONE~』

「はい、というわけでー。最初のエターナル撃退を祝しまして~~、かんぱーい!」


「かんぱーい!」

「いぇーい☆ おつおつー」

「乾杯……って何で祝ってんだよ。まだ倒してもねぇのに」


 それぞれが持つジュースや酒などが入ったグラスを軽く当てがう。

 場所は都内某所の一等地マンション。鞠華の居住地にて祝賀会が開かれていた。


 そんなお祝いムードの中で突っ込まれる嵐馬の指摘は当然で、先日のエターナルは撃退したとはとても言い難い。実質見逃されたようなものだ。

 それなのに祝うのは少しばかり違和感を感じざるを得ない。実のところカタリ自身も少しだけ思っていた。


「いいじゃんいいじゃん。何であれエターナルは退けたんだし、次の襲撃に備えて食べておかなくちゃね☆」

『一理あります。これが最後の晩餐になるかもしれませんからね、食べれる時に食べるべきです』

「結構物騒なこと言うな、あんた……」


 そう冷静に言うバーグ。画面越しに見やる先にあるのは寿司にチキンといった古今東西の様々なご馳走。

 これはこの日のために百音と鞠華が率先して買い集めた物だ。テーブル一杯に並べられた料理の数々を前にするのはやはり心が躍るものである。


 しかし、この豪勢な食事に黄色の魔の手が忍び寄る。


「ほらほら、あーだこーだ言わずに食べよ? ほら……マヨもたっくさん買ってきたから♪」

「あ────ッ!! やっぱりだと思ってたけどさぁ!」

「星奈林おまえっ……他の客がいるって時にもそれやんのかよっ!?」

「うわぁ。百音さんってマヨラーだったんだ……」

『なんてことを……! これではまるで料理への冒涜です!』


 いざ箸を伸ばそうとした瞬間、どこからともなく取り出した百音のマヨネーズが侵略を開始。色とりどりの料理の上に乳黄色の液体が容赦なくぶちまけられていく。

 この惨状に鞠華と嵐馬は前例を知るのか、呆れ半分で叱責する。バーグに至っては冒涜と判断してしまうレベル。


 多数からの非難に百音は──



「あ゛あ゛ん゛? また俺の飯が食えねぇってンのか!?」


「ヒェッ、やっぱり何でもないですぅ……」

「ぐぬぬ……」

『まるでヤの付く自由業の人……』


 全くの反省の色はなく、むしろその異例な経歴元ギャングからなる威圧を放って他を圧倒。鞠華も嵐馬も、さらにはバーグも気圧されてしまう。

 そんなわけでこのままマヨまみれの料理をいただくことになる全員。百音以外の一同はゲンナリとした表情だが、カタリは臆さず箸を伸ばす。


 乳黄色の水たまりから引き抜いたのは寿司。それを用意していた醤油に漬けず、そのまま口の中へ。


「……! おいしい」

「ねっ? 意外とイケるっしょ? よしよし、キミは分かる子だねぇ~♪」


 咀嚼しながら意外な相性の味覚に驚くカタリ。それを見てかすでにほろ酔い状態の百音は賛同者の出現に大いに喜びを見せている。

 他のメンバーは異端者を見るようかの目を送られるが、それでもカタリの箸は止まることはない。ひょいひょいとマヨの海に箸を突っ込んで寿司をつまみ上げていく


『……カタリさんの意外な点を知れたのは結構ですが、そんなカロリーの暴力みたいな物はあんまり食べ過ぎないでくださいね……』

「うん。バーグさん、実体ないから食べられないのが残念だよね」

『仮にあったとしてもマヨまみれの料理は口にする気は毛頭ないですけどね……』


 若干引き気味に忠告される中でももっきゅもっきゅと食べるカタリ。

 結局このパーティーで楽しく食事が出来たのはその二名だけであったのは言うまでもない。





 そして食事会が終わり、各自が就寝するための準備に移る。この会は宿泊も兼ねた交流会でもあるためだ。

 客用の布団を敷き、眠くなるまでをゲームなどで時間を潰していく。



《YOU LOSE……》

《YOU LOSE……》

《YOU LOSE……》


【リザルト:WINNER カタリ LOSER MARiKA】



「ぐぬぬぬぬ……!」

「あっはっは、鞠華っち全敗じゃ~ん♪」

『カタリさん、ゲーム強いですね』

「たまたまだよ。選んだキャラが使いやすかっただけだって」


 盛り上がるゲーム対決。タイトルは『マキシバースト オンライン』略して『マキバ』という格闘コンシューマーゲーム。その画面に表示された無情なリザルトにわなわなと震えを隠せない鞠華。


 仮にもゲーム配信者ウィーチューバー。それもかなりやりこんでいるゲームに今日初めて触れたド素人相手に手も足も出ないという現実に打ち負かされているのだ。


「そんな、三百時間くらいやってる上にそれなりに強いと自負してるくらいなのにここまで勝てないなんて……。世の中、いや異世界って広いね……」


 井の中の蛙といったばりにゲーマーとしてショックを受ける。意外な強敵がすぐ近くにいた事実もまた鞠華のプライドに傷付けてしまう。

 そんな鞠華を負かしてしまったカタリがかける言葉はない。むしろ言うのは印象を悪くするばかりなので、休憩も兼ねてトイレに行くことにした。


「じゃあじゃあ、今度はアタシも混ざるねー☆」

『カタリさんが戻るまでは私たちが相手になりましょう。これでも私、ゲームはそれなにり出来るんですから』

「よーし、次は負けないよっ!」


 コントローラーを控えの二人に引き継がせ、御手洗いへと向かう。すぐに用を足して戻ろうとしたところ、ふと通った玄関口にある違和感に気付く。


「嵐馬さんの靴が無い……。帰ったのかな?」


 本来なら四足あるはずの靴の内、一足分が無くなっていたのだ。

 他の靴が女物のパンプスとピンクのスニーカー、そしてカタリ自身の靴ということから、居なくなった人物は安易に特定が出来る。


 しかしながら、すでに三人分の布団は敷き終えている。それにいくらLSBの仲とはいえ無断で帰るのもおかしい話だ。

 嵐馬の行方が気になったカタリは一度部屋を出ることに。エレベーターを使って高層マンションを下り、地上に降りる。


 この世界の季節は十一月。冬に突入するまでもうあと僅か。このような肌寒い夜に何を目的に出るのだろうか。

 マンションの敷地を出てすぐ近くに公園がある。流石の都心近くでも夜は人気は少なく、ましてやこの寒空の下、外灯が敷地内の遊具を寂しく照らしている。


 その中に唯一の人影──古川嵐馬を発見した。


「嵐馬さん。こんな夜中に何をしてるんですか?」

「──ッ!? って、なんだカタリか。お前こそどうして来たんだよ」


 声をかけるとやはり本人だった。突然話しかけられて一瞬構えるも、すぐに警戒を解いて再度動き始める。

 この夜中に何をしていたのか──その理由も判明する。


「素振り……。もしかして運動してたんですか」

「まぁな。星奈林のアレで取っちまった分のカロリーを消費しねぇと腹に付いちまうだろ。元女形がデブるなんて恥だからな」


 彼が竹刀を振るう度に空気を切る音が鳴る。洗練された動きは流石LSBの剣士といったところ……否、それだけではないのだろう。

 元歌舞伎役者という経歴を持つ嵐馬は役で刀を持つことも多々あったはず。慣れ故の技。LSBの刀捌きは経験が魅せる代物なのだと知る。


 短い会話を終わらせると、カタリはその素振りを見守るように観察する。

 特に何があるというわけでも、終わるのを待っているわけでもない。その脳内ではあることに頭を悩ませていたのだ。


「……嵐馬さんの願いってなんですか?」

「どうした藪から棒に。そんなもん今は無ぇよ。強いて言えば“ネガ・ギアーズ”の撃破ってところだな。これでもアクターだ。向かい来る敵はぶっ潰す。それだけだ」

「ふふっ、やっぱりイメージ通りの人だ。嵐馬さんは」

「どーゆーことだよそれは」


 何気ない問いに、素振りをしながらではあるものの答えてくれる。

 カタリが常々思っていた通り、古川嵐馬という人物の脳内イメージと本物はそれほど大差ないのだと知ることができ、つい笑みがこぼれた。


 ここで迷いは吹っ切れ、カタリはある物を渡す決意を固める。


「これは……栞? 本も電子化してる時代になんでこんな物を」

「それはお守りです。一つの世界にこれを一つだけ渡す決まりっていうのかな、そういういのがあるので。出来れば肌身離さず持っておいてくれると助かるかな~って。それに僕はLSBで一番好きなのはゼスランマだから、渡すなら嵐馬さんが良いかなって」


 渡したのはノベライリングのブランク栞。カタリはこれを渡す相手を決めようとしていたのだ。

 無論、鞠華や百音を継承の相手として考えなかったわけではない。だが、せっかく自分で継承する相手を選べるのだから、一番憧れを抱ける人物に渡すべきではないか、そう思ったのだ。


 動きのクセを見破る程よく見ていた人物が古川嵐馬だったことと、この偶然が重なった結果、継承の相手としてカタリに選ばれたのだ。


「世界に一つか。へっ、こんな貴重品を俺に渡すなんてお前もどうかしてるぜ。ま、ありがたく貰ってはおくけどな」


 文字通り世界に一つしかない物を渡され、若干気分の高揚が確認出来る嵐馬。素振りのスピードが早くなったのをカタリは見逃さない。

 渡す物を渡し終え、あとは鞠華の所へ戻るだけ──そう思った時、それらは突如としてやってくる。



「こんな時間に運動とは精が出るな。ゼスランマのアクター」



「──ッ!? 何者だッ!?」


 先とほとんど似た状況が発生。だがその声から感じるただならぬ気を感じたのか、嵐馬は警戒と声量を強めて誰何した。

 外灯が照らすだけの闇夜の中、その奥から二人の人影がこちらに向かってくる。


 あれが今し方の声の主。声の感じから大人の声帯であるのは察しが付く。片方の長身の人影が発した声であるのは明白だった。


「──いや、何者かだなんて無粋な質問は失礼だったな。……お前ら、“ネガ・ギアーズ”だな!?」

「…………っ!」


「察しが良くて助かる。この寒空の中、余計な説明をしなくて済むのはこちらとしても助かるというものだ」


 人影たちはさらに近付いてくる。そして遂に公園内にまで入ってくると、向かいの外灯に照らされてその正体を現す。


 長身の人物はまさに中性的といった美しい顔立ちの美丈夫。もう一人が異様に色の抜けたような白さが目立つ少女……こちらは依然、飴噛大河のプロフィールを閲覧した時に敵性勢力繋がりで確認したことがある。


 久留守紫苑──鞠華とは因縁とも言うべき関係性を持つゼスシオンのアクター。

 間違いなく、この二人は“ネガ・ギアーズ”の人間だった。


「私の名は紅匠。こっちが久留守紫苑だ。前回の戦いではゼスタイガ共々世話になった……その礼を言いに来たというわけだ」

「嘘をつけ。何が狙いだ? 言わなければここで戦ってやってもいいんだぜ?」

「そう怖い顔をするな。我々は何も争うために来たのではない。そこの少年……ゼスバーグのパイロットと交渉をしに来たのだから」


 突如としての指名。これにはカタリも、そして嵐馬も二重の驚きを見せる。

 ゼスバーグ、もといノベライザーは表向きでは“エクリエール・リンドバーグ・ノアン”の機体という体で通している。つまり真のパイロットであるカタリの存在は知られるはずがないのだ。


 それなのに知っているということは、スパイがオズ・ワールド社内にいることを疑わざるを得ない。

 おまけに交渉とはどういうことか。話の中心にあるカタリは思わず身構える。


「単刀直入に言おう。カタリィ・ノヴェル、我々と行動を共にしないか?」

「…………!」


 匠が言い放ったのは案の定勧誘を目的としたものだった。

 これには嵐馬も黙ってはいない。怒りによって振るわれた竹刀が近くの遊具に当たり、鈍い音が闇夜に響いていく。


「仲間に引き入れるってか……!? ふざけたこと抜かしやがって!」

「別にふざけてなどいない。これは極めて真面目な話をしているのだ……部外者は黙っていてくれ。お前のような無闇に首を突っ込んでくる男に興味は無いのだから」

「何を……っ!?」


 その挑発じみた返答を前に嵐馬は暴れ出しそうになるのを、カタリは何も言わないまま服の袖を掴んで暴走を宥めさせる。

 思わぬ制止に頭を冷やす嵐馬。そして代わりに前へ出る。


「一つ聞いて良いですか」

「勿論だとも。何なりと答えよう」

「ゼスタイガのアクターはどうなっていますか? きちんと生きてますか?」


 その質問は予想外だったのか、匠はその端麗な顔に付いている目を丸くし、程なくしてくっくっくと小さな笑いを堪え始める。

 これには横の紫苑も意外な物を見るかのような目を向ける。そして一通り笑い終えたあと、その回答を口にした。


「カタリィ・ノヴェル、君は実に意外なことを気するのだな。飴噛は無事さ。意識も取り戻している。もうしばらくすればアクターとしての活動も問題ないくらいにはなるだろう」

「そっか、良かった……」


 この知らせに思わずホッとした表情を浮かべるカタリ。

 あの時施した処置はしっかりと意味を成したこと、それが分かり心から安心する。

 それはそれとして、紅匠との問答は続く。


「彼のファンなのかどうかは知らんが──気になるのなら尚更だ。もしこちらに来るというのなら、オズ・ワールド以上の破格の待遇を約束しよう。望む物の全てを与えてやってもいい。それほどの価値が君とゼスバーグ……否、ノベライザーにはある。どうだ、我々と協力を結ぶ気は──」


「申し訳ないけど、その話はお断りします」



 発言の最中、鋭いナイフのような返答が匠の言葉を途切らせた。

 これには交渉者の顔も大きく歪ませ、不満を露わにする。しかし、それでもカタリは臆すことなく言葉を続かせる。


「支社長さんやレベッカさん、他の皆にも言ってます。僕らが協力するのはエターナルを撃破するまでの間だけだって。どこで僕のことを知ったのかは分からないけど、目的まで知らないなんてことはないはず。もし、この力を悪用するつもりなら協力は出来ません」


 はっきりと交渉拒否の意向を知らしめ、強くにらみ返すカタリ。

 前回の世界もそう。あくまでもエターナル撃破と世界の救済がノベライザーの目的であり、一世界の一組織の望みを叶えるための装置ではない。


 ましてや悪事に手を染めているかも分からない組織に手を貸すどころか籍を置く気にもならない。この交渉は最初から無意味なものだったのだ。


「……ふふふ。これは失敬したな、カタリィ・ノヴェル。ああ、我々は確かにお前たちの目的を知っている。無論、交渉は失敗に終わることも分かっていた。今のは個人的に尋ねたかったことだとして流してくれればそれでいい」

「その言い分じゃあ、なんだかスカウトはついでみてぇな感じだな……本当の目的は何だ?」


 すると匠は今しがたの問答が無意味なものであることを承知の上で行ったことだと認めてきた。

 この言葉に嵐馬は相手の隠された真意を問う。


「そうだ。ここからが真の本題になる。エターナルの脅威は先日の戦いで身を持って理解した。故にこの戦い、我ら“ネガ・ギアーズ”も協力を申し出ることを決定した」

「一緒に戦ってくれるんですか?」

「そう思ってもらっても構わない。だが、それには条件もある」


 まさかの再交渉の内容に、カタリは一瞬だけ期待が膨らむ。だが、やはりというか目的が一致しても敵対組織、ただで協力してくれることなないようだ。


「世界の危機を前に条件付けるなんてずいぶんと厚かましいな」

「ふっ、この危機に立ち向かえる力を持つ組織は我々の他にはオズ・ワールドしかないが、こちらも何の見返りもなく協力出来るほど易しい組織ではない。これはあくまで一時的な協定を結ぶための前提に過ぎないのだから」


 紅匠引いては“ネガ・ギアーズ”という組織はどうしてもオズ・ワールドと和解する意志は無いのだと発言から察することが出来る。

 それを一時的に改定し、短いながらも共に行動する決意を固めるほどの相手としてエターナルを認めたことは理解に早い、賢明な判断と言える。


「で、その条件ってのはなんだよ」

「それは今ここで話すことではない。もう夜更けだ、紫苑も寒がっている。内容は後日、ウィルフリッド=江ノ島を通じて寄越す。彼方からも良い返事が来るのを期待して待つことにしよう。ではまた会おう」


 それを最後に匠と紫苑は踵を返し、元来た道に向かって再び闇の中へと消えていった。


 ふと近くの時計を見上げると時刻は二十三時半を越えようかというところ。

 流石に長居しすぎたようだ。手のかじかみに今更ながらに気付く。


「ううー寒ッ。くそっ、アイツらのせいで暖まってた体が冷えちまったぜ。カタリ、一旦戻るぞ。鞠華らにもこのこと伝えねぇとな」

「うん……。にしても協力の条件ってなんだろうね……」


 この邂逅はエターナル撃破の手助けとなる、もう一つのアーマード・ドレスを運用する組織からの協力という幸運をもたらしてくれた。


 だが、条件を指定された以上は何を求めてくるのかは分からない。もしかすれば最初の交渉内容をもう一度指定してくるのかもしれない。はたまた別の、予想出来ないことか──。


 とにもかくにも、今は何を考えても無駄だということは理解していた。今はまず部屋に戻って暖を取ることが最優先事項とする。

 鞠華の部屋がある階を見るつもりで空を見上げた。ぽつぽつと灯りが点いているタワーマンションは、この夜でも存在感を放っている。


 全ては明日、明かされる。それに備えてバーグと相談することを心の備忘録に書き留めておくことにした。

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