第十六話 この栞に誓って

『ノベライザーが……』

『黒くなった!?』

『Wow……。信じられないわ……!』


 神牙フォームへの換装を終えると、各々のアーマーローグから驚愕を意味する通信が傍受される。

 紅白カラーのメディキュリオスフォームからほぼ黒一色の変化を遂げた。それはまさに、ノベライザーに神牙の特徴を掛け合わせたかのような半獣人然とした姿だ。


『ノベライザーにそんな力が……』


 目の前で起きたことが未だに信じられないような美央の声。しかし、変化が起きたのは何もノベライザーだけではない。神牙本体にもそれは起きていた。



 ──キュオオオオオオオオオオオオオン!



 何もしていないにも関わらず、神牙の口が勝手に咆哮を上げる。まるで感情を爆発させているかのような不可解な現象。それは神牙の内部にも起きている。

 美央が見るコックピット内。あらゆるメーターなどが全て振り切れ、これまで見たことのない状態となっていたのだ。


『美央さん。その栞を介してノベライザーの力がそちらにも流れています。今の神牙なら文字化を無効化し、爪の一振りであらゆる物を切断出来ます! 何も恐れるものはありません!』


『──! ええ、分かったわ!』


「行こう、美央さん!」


 神牙に起きている謎の現象を理解し、美央はフッと笑みをこぼす。今の神牙はノベライザーと同等だという事実が不思議と精神面の支えになっているのかもしれない。


 友と世界を救うため、別世界同士の力を取り込み合った神牙とノベライザーは同時に構えを取る。

 低く腰を降ろした獰猛な獣を彷彿とさせる型。今にも飛びかかりそうな構えはまさに今の二機に相応しい構えだ。


「でやああああっ!!」


『はあああああっ!!』


 そして同じタイミングにて二機の獣は跳ぶ。僅かな助走のみで行った跳躍はいとも簡単に巨大なエターナルの真上へと移動する。


『すごい、これが今の神牙の力なのね! これなら、奴を殺しきれる……!』


 本来の神牙では如何なる改修を経ても再現は不可能であろう凄まじき機動性を獲得し、それを実際に体感する美央。バーグの言葉に一切の嘘が無いと心から信じ切った今、その表情に怒りはない。

 喜々とした顔で未知の操縦をする。二機の獣はその両爪を立て、エターナルの両肩をそれぞれ狙い、落下──



 ──グギャアアアアアッ!!



 回転を加えた鋭爪の一撃は、柔いエターナルの両腕を容易く断ち切る。醜い悲鳴を上げながら唯一の移動手段を奪われてしまった。

 やはり巨大な肉塊ではイジン化は起きない模様。ただの肉の塊となった腕から離れる時、小さな異常をカタリは偶然見つける。


 しゅるりとした数本の白い触手状の何か。それが胴体の方へ引っ込んでいくのを目撃。怪しい物体を報告する。


「バーグさん、今エターナルの胴体に触手みたいなのが引っ込んでった!」

『触手ですか!? ……もしかして、本体説が正しいのかも……』


『本体? それってどういうこと?』


 唐突に告げられた情報。美央は疑問を抱く。


『痛覚の鈍さなどについて様々な仮説を立てていたのですが、これでようやく結論が出ました。おそらく奴は無数のイジンを取り込んで作った身体を神経のような物を使って操っているのだと推測されます』

「イジンの集合体!? じゃあ、離れた肉片がイジンになるのは……」

『はい。エターナルから解放され、独立して動き出したと考えるのが自然かと。物理が効かず、電撃や完全な切断のみでダメージを受けていのは本体と直接繋がる神経にダメージが入っていたからと考えられます』


『なるほど、道理で手応えが無いと思ってたけど、そういうことだったのね』


 長い説明を終え、美央も納得を示した。超巨大なイジンにしてエターナル。その手強さの理由が全て判明した今、狙うべき箇所はただ一つ。

 奴のどこかに本体となるモノが存在している。だが、腕や脚よりも極太な胴体の中から探し出すのは流石に困難を極めていた。


 どう対策を取れば良いか。それに悩みあぐねていると、エターナルに動きが。



 ──グオオオオオオッッ!!



 身動き出来ない状態で放たれる咆哮。腹部の口が地面に接触しているために、地響きでも起きたかのような猛烈な衝撃が周囲を襲う。

 すると切断した腕や脚の断面から白い触手が這い出てきた。それぞれが個々の生き物のようにぬるっと出てくると、次に起きた現象に驚愕させられることとなる。それは──


『やはりそうなりますか……!』


 神経の作用によりイジンは巨大な身体を構成する一部分となっていた。しかし、今の咆哮により切断された部位に残っていた神経は抜け出てイジンを支配から解放する。

 それ即ち、あの巨大な腕や脚は全てイジンに還元されるということ。そう、戦場に無数のイジンが解き放たれたのだ。


「バーグさん、こんな時どうすればいい!?」

『……くっ、ここまで数があると詠唱する時間が……』


 敵の策略により数の差を開かれてしまった。どれも兵士級の最弱個体ばかりだが、流石のノベライザーであっても捌ききるのは困難を極める。

 まさかの一転攻勢。この状況をどのように打破すればいいのか──そう思った時。


『避けなさい!』


「……えっ!?」


 美央の声。そして、次の瞬間にノベライザーの横を光線が掠めた。

 その光線は目線の先にいたイジンの軍勢を巻き込み、消滅させる。神牙から放たれたそれは、先日の改修で得た新たな力の一つ。


『……ふぅ。初めて使ったけど、想像以上の威力ね。これもノベライザーの恩恵によるものかな』


『そう、そうですよ! 神牙のレーザーブレス! 今の神牙の力を模したフォームなら同じ物が使えるはず!』


 これによりバーグは対抗策を発案。神牙の新兵装を模したそれを使い、一掃するという。

 指示に従いすぐさま想像。するとノベライザーの手には青いオーラが発生し、神牙の頭部に似た形状となる。

 それを構え、カタリも同じようにレーザーブレスを発射。本家よりさらに広範囲に渡り放たれた光線で無数のイジンたちは激減させた。


『よしっ! 残党は香奈さんらに倒してもらうよう連絡を入れておきます。二人は本体を!』

「分かった。行こう、美央さん!」


『ええ、了解したわ』


 残った胴体部分を撃破すべく、再び二機の獣は動く。勝負を決めるために。

 だが、それはエターナルも同じ。背鰭には再び怪しい光が灯り出している。文字化光線をもう一度撃とうとしているのだ。


『次にあの光線が撃たれたら、どうなると思う?』


「多分、この世界が完全に文字化すると思う。確証はないけど……」


『それで十分よ。カタリくん、これで失敗しても私はあなたを恨まない。だってここまでやってくれたんだもの。感謝する筋合いはあれど、あなたを責める理由はないから』


 美央とする会話。まるで決戦に備えた遺言のようにも聞き取れるその言葉に、若干の不満をカタリは感じる。

 この戦いを敗北に終わらせることはさせない。カタリ自身、世界を救う役目を担った以上はそのような結末を迎えさせるつもりは微塵もない。


「エターナルを倒そう。僕と一緒に!」


『……そうね、君と……一緒に!』


 エターナルの光は高く挙げたの尻尾の先に集中する。先端の尾鰭に生成される紫色の光球に集い、一点集中の一撃を準備している。

 こちらを敵と認識している以上、目標はノベライザーと神牙。ならば、やることは一つ。


 一瞬の猛烈な輝き。そして放射。世界を終末に陥れる光が二人に向かって撃ち出された。



「美央さん!」


『ええ、私たちの力喰らわせてやるッ!』



 神牙とノベライザーはそれぞれビームブレスを発動。一直線に飛び、そして混ざり合って一つの光線と化したそれは、文字化光線と衝突し合った。

 拮抗する二つの光。しかし、徐々に相手の光線がこちらを押していく。


「ぐぬぬ……! ま、だ……!」


『くぅっ……! 負けて……ないッ!』


 押されてもなお、勝負を諦めない。世界はまだ、終わりを迎えてはいない。

 二人の想いは共に同じ。失ったものを取り戻すために、この世界を救う。それだけだ。


 ここでエターナル側の光線は止まり、今度は二人の光線が逆に押し始める。徐々にゆっくりと返していき、その距離を縮めていく。


「これでぇ──!!」


『とどめぇ──ッ!!』


 二人の決死の叫びレーザーブレスは文字化光線を完全に返し、尾鰭を貫通。そのまま一気に胴体部分にまで光線を走らせた。


 世界を終わらせる光を打ち消した一撃は、堅牢な背鰭を破壊するだけでなく胴体を真っ二つに融断。それと同時に体内にいた本体がついに姿を露わにする。


 うっすらと光を放つ卵のような殻から伸びる無数の触手。これが全ての元凶。


『本体の出現を確認! あれを破壊して終わりです! 文を!』

「うん! これで本当の終わりだ!

『壮絶な戦いの末、ついに打ち破られたイジン化エターナル。機獣らの協力により外界へ露出した本体に向かい、神牙の力を宿したノベライザーがその爪を立てる。

 真っ直ぐに振り落とされた鋭爪の一撃は身を守るはずの殻を容易く砕き、柔いエターナルの身体を引き裂いた。もはや成す統べなくやられるエターナルはその身を爆散させるのであった』──!」


 最後の詠唱。巨大化したノベライザーの爪は言葉通り殻ごとエターナルを縦に切り裂き、全ての元凶であるエターナルは絶命する。その証拠として爆発と同時に飛び散る世界の一部は然るべき場所へと戻されていった。


 空も街も、人々も。そして──


『──つぅ……? 私は……』

『優理……!』


 戦陣改らは神牙から差ほど離れていない位置にあった文字化痕から蘇った。戦陣改からの通信が傍受されたのがなによりの証拠。

 これで全てが元に戻る。この世界は救われたのだ。















 イジン化エターナル撃破から数日。全ての始末を終えたカタリらは、この世界で過ごす最後の一日を過ごしていた。

 失われたはずの何もかもが元に戻り、神牙の栞も手に入れることが出来た。総合的に見ても成果リザルトは上々と言ったところ。


「何か、とってもスゴいことをした気分だね」

『むしろスゴいことをしたんですよ。前回に引き続きカタリさんは世界を救いました。誇っても良いくらいです』

「うん……そうだね。僕も世界を救う仕事が板に付いてきたのかな」

『さぁ? それはどうでしょうかね』


 冗談きつめに返され、苦笑いを浮かべるカタリ。すると、ドアをノックする音が聞こえた。


「カタリ君。私、美央よ」

「美央さん。何か用ですか?」

「ええ。そろそろパーティーが始まるから呼びにね」


 実はこの後、超大型イジン撃退記念の祝賀会と送別会を兼ねたパーティーが開催されることになっている。美央はその呼び出し役を任されここに来たのだそう。

 その様な催しはカタリにとって数年ぶり。密かに楽しみにしていたため、心が躍っていた。


「おっ……と。美央さん、その服似合ってるね」

「ふふっ、褒めても何も出ないから。時間よ、行きましょう」


 部屋から出ると美央がそこにいる。これから行われる祝賀会に備えてかワンピーススタイルの黒いドレスに着替えていた。

 クールな人物だというのはこの数週間で知ったことだが、こういったイベントに出る時はそれなりに女性らしさを発揮するものである。


『ちょっと! 見とれてないでカタリさんも着替えて!』

「ちょ、そう急かさないでって。分かってるから」

「本当、仲が良いのね」


 バーグにどやされ、いそいそと準備を始めるカタリ。それを見て美央にからかわれてしまう。

 そんなこんなで支度を済ませるとパーティー会場へと向かう。キサラギから少し離れた街へパイロット全員を乗せ、まさかのリムジンで出向だ。


「それにしても不思議な数十日間だったな」


 移動中、飛鳥が唐突に話を振り始める。

 同席しているパイロットたちは全員、その意見に異を唱えない。彼の言う通り、イジン化エターナル出現から今日に至るまで、非日常が続いていたようなものだからだ。


「結局、あの文字化って何なんだったんでしょうかね。被害者全員がエターナルのことをまるで無かったみたいに覚えてないですし……」

「全くね。優理、本当に何も覚えてないの?」

「ああ、確かにカタリらと出会ったまでの記憶はある。だが、エターナル? それと戦った記憶なんて無い。美央らのアーマーローグもいつの間に改修を……?」


 文字化から世界を救った代償なのか、被害を受けた人々には何故かエターナルに関連する記憶などがすっぽりと抜け落ちていた。これについてはバーグが説明をしてくれている。


 何でも文字化するとエターナルを初めて認識した以降の時間が消失するという。文字化から解放されると──優理で例えれば丁度モニター越しにその存在を認識した辺り以降の記憶が無かったことになっている。


 早い話が文字化されると記憶や状態が削除される、と言ったところ。優理がエターナルや神牙の改修等を覚えてないのはそのためである。


「ま、なんでもいいじゃない? 文字化した人はなーんにも覚えてない、街は元通り。被害はほぼほぼ無いような物だし、気にする必要ないと思うけど。ね、バーグ?」

『フェイさんの言う通りです。世界の危機は去りました。今は勝利を喜びましょう』


 何故かタブレットを独占しているフェイの言葉を肯定するバーグ。彼女らの言う通り、今は喜んでおくのが一番である。

 色々と話し込んでいる間にリムジンは会場へ到着。それぞれ着飾った衣服を身に纏った一行は会場内へと足を運んだ。






 そして翌日。カタリらは美央アーマーローグの世界から旅発つための準備を進めていく。

 この世界に来た真の目的である世界の欠片の回収や食料の調達を終え、最後にキサラギの敷地内にてお世話になった人たちと交流をする。


「そ、その……トリさん。あの……また触ってもいいですか……?」

「ふふふ、どうぞ。好きなだけ触ってもいいですよ」

「やった! ありがとうございます!」


 トリとの触れ合いを選んだのは香奈。初めて出会った時と同様に、おそらく最後となるであろうトリの感触を噛みしめるように抱き寄せている。


「うわぁ~ん! バーグ、また会えるよね!? これで最後なんて言わせないんだから!」

『それは神のみぞ知る、です。また会える時が来るといいですね』

「紙の味噌汁とか難しい言葉は求めてない! こうなったら私も一緒に……」

『それは本当に困るので止めてください!?』


 バーグのことをいたく気に入っていたフェイは、おそらく最後の別れとなるであろう今を非常に悲しんでいた。

 あまりにも悲愴的になるあまり、あろうことか着いて行こうとしたのを速攻で断られるのであった。


「カタリ、別の世界でも元気でな」

「お前は私の恩人らしいからな。もし使命を全て果たしてすることが無くなったら、またこの世界に来ると良い。その時は喜んで防衛軍に入れてやる。もっとも優しくはしないがな」

「あ、ありがとう。でも入隊は遠慮しとこうかな……」


 飛鳥と優理の二人からもカタリへ言葉をかける。優理に至っては文字化から救ったこともあってか、軍への加入を見当されてしまっていた。


 基本的には軟弱な人間であるカタリ。流石に軍の加入は嬉しくないので丁重に断っておく。

 最後に梓と美央が近付いてくる。


「カタリ君。今回の件は本当に助かった。キサラギを代表して改めて礼を言う。ありがとう」

「いえ、僕だけじゃきっと倒せなかったですし、美央さんがいたからです。お礼を言うのはこっちの方です」

「そう謙遜しないでいい。君がいなければ黒瀬さんはおろか美央も危なかったんだ。君は我々を救ったという事実は変わりない」


 面と向かって感謝をされ、嬉し恥ずかしで照れるカタリ。

 やはりバーグの言う通り世界を救ったのは誇るべきことなのだろう。それが誰かの協力があったとしてもだ。


「この栞と、今日までの日々。全て私の大事な思い出として決して忘れない。いつまでもね」

「うん。僕も美央さんや皆のことを忘れない。この栞に誓って」

「ふふっ、じゃあ私も。またいつか、会いましょう」


 最後にお互いが持つ神牙の栞を握った拳をかち合わせ、再会を誓う。異界の戦友との別れはこれが最後ではない。その願いはいつかきっと叶うだろう。

 ノベライザーに乗り、起動させる。美央らの世界から出る時だ。



「さようならー! またいつか会いましょーう!」

「Good bye! バーグ! いつまでも愛してるよー!」



『最後まで変わりませんねあの人……』

「まぁ、いいじゃん。それじゃあ、行こうか!」



 見送りの言葉を受けながら、ノベライザーは時空間への入り口を開ける。最初は苦悩のスタートを切ったこの世界だが、今はもう問題はない。

 むしろ美央という覚悟の重要さを学べる先人と出会うことが出来た。それだけでもこの世界を救った価値はあったと言えるだろう。


「さぁ、次の世界へ!」


 いつの間にか生まれていた名残惜しさを振り切りながら、世界から脱出する。

 自分の世界を元に戻すため、なにより次に文字化の危機に晒されるであろう世界を救うため、一行は先を急いだ。

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