見せかけの善意 ②

 ツカサは大急ぎでスケイルの所へ走った。


「スケイルさん!」

「あぁツカサ、大体お前のいいたいことはわかる。まあ座れ」


 スケイルの部屋を開けると、彼は部屋の奥の机で書類と睨み合っていた。


「前回の家族のことだろ?」

「はい、あの慈善家は怪しすぎます」


 ツカサはスケイルの前まで歩きながら話をした。


「お前からも聞いていたがあの慈善家、ウチの他の借金も預かってるらしい」

「なんですって?」


 スケイルは書類を確認しながらツカサに告げた。


「はーいスケイルさーん!新しい資料でーす!」

「おうすまん。そこに置いといてくれ」

「はーい!引き続き貧民街の資料持ってきますねー!」


 ミーファが少し癖のあるミドルヘアの金髪を揺らしながら資料を運んで帰っていった。


「おっとすまん。それで慈善家野郎の目的なんだがな……」


 スケイルの額に汗が流れた。


「ウチに匹敵する金貸し事業をやるつもりらしい。それで今そこの世話になってる貧民街の奴等のその後について調べてるが、どれもヤベェぞ」

「どういうことですか」


 スケイルは資料を置き、腕を組んだ。

 ツカサはスケイルを神妙な面持ちで見つめていた。


「ほとんどが行方不明になってる。恐らくは売られた可能性が高い。ウチじゃ禁じ手だ」


 スケイルが顔に嫌悪感を滲ませた。


「でもそれじゃあ金融会社としての長期的な運営が……」


 ツカサは疑問をスケイルにぶつけた。


「自分達の利益の為なら貧民街の人間なんざどうなってもいいと考えてんだろ。居なくなったら次は平民街だ。こいつらは国家の人的資源を使い潰すつもりらしい」


 スケイルは椅子の背もたれに乗っかり頭を抱えた。


「そんな……それじゃ俺みたいな被害者が増えてしまうじゃないですか!」


 ツカサは感情をスケイルの机にぶつけた。

 数枚の資料が舞い上がった。


「今も人員を貧民街に回して人身売買を可能な限り止めてる所だ。ツカサ」

「はい」


 感情的になったツカサを落ち着かせるようにスケイルが話しかける。


「お前は前行った家族の現在を調査して欲しい」

「でももう……!」


 ツカサは机に置いた拳を握りしめた。


「諦めんな。まだ無事かもしれないだろ」


 スケイルは立ち上がりツカサの拳を掌で包んだ。

 ツカサは握りしめていた拳の力が抜けていくのを感じた。


「分かりました!すぐ行ってきます!」


 ツカサは大急ぎでスケイルの部屋から出ていった。






 ツカサが貧民街へ着く頃には陽の光が落ちかけていた。


「たしかあの家はここら辺に……」

「きゃぁああああ!!」

「離せっ!姉ちゃん!」

「!!」


 ツカサが前来た家を探していた時、突然子供の悲鳴が聞こえた。


「こっちか!」


 ツカサは声のする方へ駆けて行った。


「いやっ!離して!離してぇ!」

「黙れっ!さっさと馬車にのりこめ!」

「姉ちゃん!姉ちゃん!」


 そこでは数人の男があの家の娘と息子を別々の馬車に乗せようとしていた。


「っ!あぁああぁっ!」


 それを見たツカサは身体強化を行い男たちに向かって突っ込んだ。


「なんだお前っげひゃっ!」


 ツカサは娘を掴んでいた男の顎に死なない程度の威力で拳を打ち込んだ。


「なっ!なにすんだてめえぼっ!」


 ツカサは素早く体を翻し今度は息子を掴んでいた男を気絶する程度に蹴り飛ばした。


「ひっ!ひぃいいい!」

「にっ!逃げろっ!!」


 それを見た残りの男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出して行った。


「大丈夫か?」


 ツカサは馬車から中にいた子供を助け出しながら、あの家族の娘と息子に問いかけた。


「……ありがとうございます……でももうお母さんが……ぐずっ……うわあぁあああん」

「泣かないで姉ちゃん……うえぇええええ」

「……どうしようこれ」


 突如泣き出した二人に困惑するツカサだった。


「二人とも!大丈夫か!?」

「「……父さん!」」


 その時、ボロボロの杖をついたあの家族の父親が家から出てきた。

 それを見た娘と息子は父親に飛びついた。

 少しふらつきながらも二人を受け止める父親。


「すみません。あれから何があったのか教えてもらえませんか?」

「貴方は確か竜の鱗の……」

「ツカサと申します」

「ツカサさんですか……」


 ツカサは軽く頭を下げた。

 父親もそれに応えた。


「あれは確か貴方が帰ってしばらくしてから……」






 数時間前。


「いやー今回は本当に助かりました。ありがとうございます」

「いえいえお気になさらず。早速ですがこれにサインを」


 ツカサを追い返した慈善家が父親に一枚の書類を差し出した。


「我々も一筆なしでお金を差し上げるわけには行かなくて……」

「あぁ成る程、分かりました。すぐに書かせていただきます。」


 慈善家の申し訳なさそうな顔に、父親は慌てて返事をした。

 そして書類に父親が名前を書き終えると突然慈善家の表情が冷たく陰湿なものになった。


「たしかに」


 そう言うと慈善家は書類を父親から素早く奪うとボロ椅子から立ち上がった。


「あーまったく不潔だ」

「え?」


 父親は慈善家の豹変ぶりに驚かされた。


「全く。竜の鱗の切り札という奴が来るというから私が直接出向いたというのに……飛んだ期待外れだったなっ!」


 すると慈善家が座っていたボロ椅子を蹴り飛ばした。

 その豹変ぶりに驚きを通り越して恐怖を覚える家族達。


「あー実に不愉快だ。おいお前達、父親は今日からウチの貿易所で働いてもらう。母親はそうだな……物好き用の娼館へ行ってもらおう。ガキ共は奴隷商に売ればいいか……」


 狭苦しい部屋で高級な革靴をコツコツ言わせながらゆったりと歩き回る慈善家。


「では早速始めるとするか。お前達」


 慈善家の呼びかけに応えて男数人が家の扉を開く。


「父親と母親を先に連れて行け。ガキ共は後でまとめて運ぶやつに乗せろ」


 何人もの男達が家にずかすかと入る中、慈善家は家から出て行った。






 そして現在。


「妻はどこかの娼館へ連れていかれ行方知れず……私は貿易所で働いたせいで傷が悪化してこのざまです……」

「……」


 ツカサは話を聞いているうちにはらわたが煮えくりかえり、全ての毛が逆立つような感覚を感じた。


「ともかく息子達だけでも助けていただいてありがとうございました……でもっ……あの会社がある限りいつまたあのような目に合うか……」

「父さん……泣かないで」

「父さん」


 ツカサに感謝をしていた父親だったが、途中で泣き崩れてしまい、娘と息子に慰められていた。


「……安心してください」

「ぐずっ……え?」

「貴方達は俺が助けます……どんな手を使っても」

「でもどうやって……」


 ツカサは父親の問いかけには答えず竜の鱗へ向けて駆け出して行った。




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