パンの夜明け 後編

 まずツカサ達が向かったのは果物や野菜を売る店だった。


「げぇっ!竜の鱗さんとこのツカサじゃねぇか何の用だ!?融資なら今のところは間に合ってるぜ?」

「いや、今回は仕入れたいものがあってここにきただけですよ。裏の倉庫見させてもらってもいいですか?二人はここで待っといて。」

「りょーかい!」

「了解っす!」


 ツカサはトリスとミーファに表で待つように言った。


「そういうことなら断れねぇな!こっちだぜお客様」


 ツカサは倉庫へやってきた。そこでは色とりどりの様々な果物の香りが充満していた。


「で?希望はどんな商品だ?」

「うーん。例えば……こういう奴を仕入れ値を格安にして売ってくれませんか?」


 ツカサが取り出したのは表面に傷やへこみのついた果実だった。


「馬鹿野郎!そんなもん売り物にもなりゃしねぇ!金が取れるか!」

「いや。これがいいんです。たべる分には問題ないんでしょ?これ」

「ま、まぁそうだが……」

「じゃあここの傷物有るだけドッブレさんとこのパン屋にまわして下さい!」

「お前何考えてんだツカサ……」

「ふふふ……我に策ありですよ」


 ツカサは訳あり商品の仕入れに成功した。


「どうなったっす!?」

「うまくいきましたー?」


 表に戻るとツカサにトリスとミーファが駆け寄ってきた。


「とりあえずはな。あとは生クリームと惣菜か……二人とも!」

「「はい!」」

「竜の鱗にあるおかずであのパンに挟んだらうまそうなものを選んで仕入れてきてくれ!俺は生クリームを仕入れる!」

「「りょーかい!」」


 ツカサは二人に別の仕入れを頼み、自身は生クリームの仕入れに向かった。





「そんなものはない!?」

「は、はぁ……あっしら乳屋ですらしらねぇとなるとその生くりぃむ?とやらは見たことがねぇでさぁ」


 街一番の乳屋に生クリームを仕入れようと思ったツカサだったがその店主に存在を否定されてしまった。


「バターはあるんですよね?」

「ごぜぇます」

「それを使った菓子類も……」

「ごぜぇますな」

「じゃあなんで無いんだ……」


 店主に何度も確認するツカサだった。

 この世界はバタークリームを用いたお菓子は存在する。

 しかし生クリームが存在しない。


「あー!牛乳の脂肪分を高める方法って何か無いのかぁあああ!」


 ツカサは頭をかきむしりながら天を仰いだが、何の天啓も降りてはこなかった。


「あるぞ」


 その時ツカサの耳に聞き覚えのない人の声がした。


「え?」

「あるぞ。牛乳の脂肪分を高める方法。トアル国唯一の錬金術師である……」


 ツカサが声のする方へ振り向くと、緑髪に青い目をした赤マントに身を包む男が居た。


「このトミル一級錬成師ならばな」


 マントをひるがえしながらツカサに向かってトミルは名乗った。





「ちくしょー!やってられっかこんなクソみたいな訓練!」


 晴れ渡る空の下、重りをつけたレザーメイルに身を包んだ兵士の叫び声が訓練所に響く。


「でもここで兵役についときゃ税金の免除になるしよ」


 その隣の兵士が叫んだ兵士に話しかける。


「しかもドッブレ元隊長が格安でパンを売り出してくれるから懐にも優しいしなぁ」


 さらに隣の兵士が話す。


「おーい!飯の時間だぞー!」

「「「「はいっ!!」」」」


 遠くから隊長が呼びかけたのを聞いた兵士達は立ち上がり、大声で返事をした。


「さーて……今日の昼食はーと……なんだこれ!?」

「いらっしゃいませー!何になさいますか?」


 兵士が見たものはいつもとは違う光景だった。

 細長い楕円をしたパンに様々な食品が挟まれているものだった。

 ツカサはファーストフード店のバイトで培った満面の笑みで対応していた。


「こ、こいつぁなんだ!?ぱ、パンに果物と白い何か挟んである……」

「フルーツコッペでございます!」

「フルーツ……なんだって?」

「砂糖で煮たフルーツとクリームを挟んでおります!」


 兵士のいぶかしげな表情もどこ吹く風で、笑みを崩さず対応するツカサ。


「おい!こっちは肉と野菜の破片が挟んであるぞ!」

「これはパスタか!なんでパンに挟んでるんだ?」

「えーこちらがキザミコッペ。そちらがナポリコッペでございます!」

「キザ?ナポ?」


 未だ奇怪なパン達に混乱する兵士に、商品名を紹介するツカサ。


「さあどうぞ!お好きなものをお買い求め下さい!」


 ツカサは満面の笑顔を維持し、両手を広げた。

 しかし先ほどまでの喧騒はどこかへ行ってしまったかのように並べられたパンから遠ざかってしまった。


「ど、どうかされましたか?」

「いやぁ……なんかおかしくねぇか?パンに物挟んでるなんてさぁ……」

「だよなぁ……パン自体はもいつもより地味だし……」

「そ、そんな……」


 この世界ではあまりに前衛的すぎたコッペパンサンドは兵士達を尻込みさせてしまっていた。


「どうした貴様ら?」

「「「「た!隊長!」」」」


 兵士達の中から壮年の兵士、隊長が出てきた。


「ん?こりゃドッブレんとこのパン屋じゃねぇか……たしか腰をやっちまったと聞いたが」

「はい!ですが今日は私が対応させて頂きます!」


 隊長は腰に手をやりながらもう片手であごひげを弄りつつツカサに話しかけた。


「確かにこんな変わり種じゃあ誰も食わんだろうな。誰かが食わなけりゃ……おい!」

「はいっ!」

「お前この中から1つ選んで食え」

「え……」

「隊長命令だ!」

「は!はいっ!……ではこちらを……」


 兵士はとりあえず目の前にあった肉と野菜の挟まったパンを手に取った。

 そして目をつむり噛り付いた。


「……う……」

「「「「……」」」」


 他の兵士達は食べている兵士達を静観していた。


「うまいっ!パンと肉、野菜が一気に口の中で広がって!」


 それから無言でパンに食らいつく兵士を見て他の兵士達も生唾を飲んだ。


「お、おれはフルーツのを……」

「俺はパスタ!」

「俺も俺も!」


 先ほどまで距離を置いていた兵士達は一気に売り場へ近づいていった。


「ああ落ち着いて下さい!在庫は沢山あるので!」





「ありがとう!お陰で腰も全快だ!……ただよぉ……」

「い、いらっしゃいませ!」

「フルーツコッペ下さい!」

「キザミコッペ!」

「ニクヤサイコッペ2つ!」

「ありがとうございます!少々お待ちください!」

「俺が休んでる間に娘のパンしか売れなくなっちまって、俺が商売上がったりだぞ……」

「は、はぁ……俺は返済さえしていただければいいんですけど……」


 スプレが店の軒先でひたすら接客に追われる中、ドッブレは店の裏でツカサに愚痴っていた。

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