最後のリサイタル 後編

「違うっ!何度言ったらわかるんだ!これじゃとてもリサイタルなんて出来ない!!」


 ツカサはニュートにつきっきりでピアノの指導を受けていた。


「でも貴方から奪った才能ではこの演奏が限界ですよ……」

「僕だって才能にあぐらをかいていたわけじゃない!死ぬほど練習したからこそあの演奏ができたんだ!リサイタルは今まで以上の演奏をするんだ!さあ!休んでる暇は無いぞ!早く失敗したところから演奏するんだ!」

「はいはい!やりますよ!これも返済のためだ!」


 事態は少し前……。








「お断りします」

「なぜだ!僕の才能では足りないって言うのか!」

「違います多すぎるんです!過不足なくしか出来ないのが俺の能力なんですよ」

「だったらもっと借りればいいんだろ!いくらだ!?金の亡者め!」

「そんな理由もなく金を借りるなんて……」

「だったらよ……」


 ツカサの意見を聞かないニュートにスケイルが発言した。


「公演の規模をでかくして一儲けしないか?勿論返済した額以上の金はそっちのもんだ」


 そう言うわけでツカサの代演による大規模リサイタルが決定した。







「ツカサ……たしかに僕の言ってることは非常に高度な技術だ。でも僕の才能を持つ君ならばきっとできるはずなんだ……」

「っ!ニュートさん!ダメです。練習は一人でやりますから寝てください」


 時間はすでに深夜を超え、ただでさえ病み上がりのニュートは意識を失いそうなところだった。

 ツカサは倒れかけたニュートを抱えた。


「……夢なんだ。あの場所で僕の音楽をみんなに聞かせるのが……それが僕自身じゃなくても……!」


 ニュートはツカサの服を左手で掴んだ。

 その手は震えていた。


「……わかりました!ありったけの治癒魔法と対睡眠魔法をかけますから一緒に練習しましょう!俺はあんたの手だ!好きなだけ付き合ってやりますよ!」

「ありがとうツカサ……早速だが対睡眠魔法を頼む……意識が……」

「あっ!はい!ちょっと待ってください……」


 二人の練習は朝まで続いた。





「すっごい人!!会場埋まっちゃってますよー!」


 ミーファはきゃっきゃと舞台裏ではしゃぐ。


「うるせぇ!追い出されるぞ!」


 スケイルが小声でミーファを止める。


「息子の代演……必ず成功させて下さいね!」

「ははは……ま、任せてください」


 ニュートの母親がツカサの両手を掴んで頼み込む。


「大丈夫だよ母さん。今のツカサはかつての僕以上だ!なぁツカサ!」

「はい!任せてください!」


 ニュートとツカサは左手で握手をした。


「それじゃあ行ってきます」


 ツカサはゆっくり舞台に向かって歩き出した。

 中心には明かりに照らされたピアノがツカサを待ちわびているようだった。

 ツカサが現れるとニュートでないことに驚く者、文句を言う者で溢れ会場は荒れた。


「これは想定の範囲内……」


 ツカサは小声で呟きながらピアノに座った。

 そして一呼吸するとツカサは演奏を始めた。


「おぉ……素人の俺でもわかるぜ。こりゃあの時聞いた演奏だ……」

「むぐぐーー!」


 ミーファの口をふさぎながらスケイルはツカサの演奏に聞き惚れていた。


「いや、あの時以上ですよ。なんせ僕が必死に教えたんだから」


 ニュートは満足そうに演奏に耳を傾けていた。

 会場は最初うるさがったが、ツカサが演奏を始めた途端に静寂に包まれ、会場にいる全員がツカサの演奏に魅せられていた。


「はっ!」


 ツカサが小さく息を吐き終えてピアノの演奏が終了すると会場中から万雷の拍手と歓声が響き渡った。


「おつかれ。よくやったなツカサ」

「すっごーい!ツカサさんピアノ出来たんですね!」


 舞台裏に戻ったツカサにスケイルとミーファが話しかける。


「ありがとうございます!それでニュートとお母様は?」

「そういやお前がアンコールに応えてる間にニュートがいなくなって、しばらくしたら母親が探しに行くって出て行っちまったぞ。たしかにおせぇなぁ」

「……」


 ツカサがニュート達について聞くとスケイルは知らないようだった。


「……!!」


 ツカサはある可能性に気づき舞台裏から駆け出した。


「おい!ツカサ!どこ行くんだよ!」


 スケイルの制止も無視してツカサは走っていった。

 会場の中で賞賛する観客を無視して走っているとどこからか拙いピアノの音が聞こえてきたのでツカサは音のする方向へ向かって全力で走った。


「はぁ……はぁ……!!」

「ニュートは小さい頃この曲を聴いて眠ってたんですよ……ねぇニュート……」


 そこには首から大量の血を流して横たわるニュートと彼に向かってピアノを弾く母親の姿があった。


「ふざけんなっ!……俺は……俺はあんたが満足して死ぬために演奏したんじゃないぞ!」


 ツカサは絞り出すように呟いた。







 それから次回公演の話がツカサに持ち上がったが彼は頑なに断り続け主催者にこう告げた。


「彼はもう死んだ。彼の音楽も同じく死ぬべきなんです」






 しばらくしてツカサに公演の誘いが来なくなったある夜、ツカサの部屋にノックの音がした。


「ん?誰ですか?」

「わたし」


 ノックの主はミーファだった。


「入っていいよ。どうした?眠れないのか?」

「うん。怖い夢みちゃった」

「そっか。何か本でも読んであげようか?」

「ううん。ツカサさんのピアノ聴きたい」

「え?」


 ツカサは躊躇した。

 あれほど断り続けたピアノを今弾いてもいいものかと。


「だめ?」

「……いや、ミーファはべッドに入っておいて。すぐ始めるから」

「……ありがとう」


 夜の街に響き渡るある天才ピアニストの最後のリサイタルに気付くものはミーファ以外いなかった。

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