龍刻印の天災無双~俺たちの恋路を邪魔するヤツは、ドラゴンの尻尾でドォォン!~

夜宮鋭次朗

勇者(自称)の前に 村人の少年(ドラゴン) が 現れた。


刻印》――それは《の巫女》から授かることで、刻まれた者にドラゴンの力を与えるという伝説の刻印。

 これを手にした者は、英雄を超えた大英雄になるという。





「……その偉大なる《竜刻印》を、よりにもよってなんの才能も持たない、ただの村人風情が手にしただと!? 一体なんの悪い冗談だ!?」


《勇者》アレクのヒステリックな絶叫が、辺境の村リンドに響き渡る。


 ラグナ王国の端も端。三方を険しい山脈に囲まれ、村人も一〇〇人に満たない。

 こんな、なにもない田舎にわざわざやって来たのは、ひとえに《竜の巫女》がここで見つかったという噂を聞いたからこそ。藁にも縋る思いで馬車を走らせ、尻が痛いのにも耐えてたどり着き、噂が真実だと知ったときは自分の英断に喝采した。


 ところが、肝心の《竜刻印》は既に譲渡済み。しかも相手は下賤で土臭い、夏場の虫けらのようにワラワラいる、ただの村人の少年だというではないか。

 これで、どうして叫ばずにいられよう!


「貴様はその刻印の価値がなにもわかっていない! それは英雄をさらなる高みへ導くための聖なるしるし! 貴様のような土いじりしか能のない平民が持っていたところで、宝の持ち腐れというものだ!」


 アレクはテーブルを挟んだ向かいに座る、黒髪黒目の少年に怒鳴りつける。


 とぼけた顔に覇気のない半眼気味の目つき。体格は貧弱でこそないが、筋肉の鎧を纏った大男というわけでもない。未来の英雄たる自分に比べればアリも同然、自分の足元に跪いて媚びへつらうべき劣等人種だとアレクは評価付ける。


 だというのに、ニシキという東方訛りの名を持つ少年はどこ吹く風だ。


「いや、そう言われてもな。何度も言っているように、この《刻印》はリューから貰った大切な贈り物だ。寄越せと言われて渡せるモノじゃない。なあ?」

「なー」


 ニシキの膝に座り、腕の中に収まった紅髪紅目の少女がご機嫌な笑顔で頷き返す。

 最初聞いたときはドラゴンから直々に授かったのかと慄いたが、どうやら少女の名前がリューというらしい。なんと紛らわしいのか。


 どうやらこの少女こそ《竜の巫女》らしいのだが、最初に会ったときからずっとニシキにベタベタくっついている。それはもう離れたら死んでしまうとでも言わんばかりのくっつき具合。指を絡め、頬をすり寄せ、見つめ合う視線は蕩けそうな熱さ。


 見せつけられているこっちは口から砂糖的なナニカを吐きそうだ。

 それにしても……と、アレクは改めてリューを観察する。


 二つ結びにして背中に流した長い紅髪は、高級ワインよりも深く艶やかな輝きを放ち。丸く大きな紅目は、大粒のルビーよりも眩く光る。


 田舎育ちとは思えないほど白い肌は、全く化粧っ気がないにも関わらず、瑞々しく張りがある。そして幼さが抜け切らない顔立ちに反し、大人びた肉付きの肢体。特に贅肉の欠片もない腰のくびれや、ワンピースをお椀型に押し上げる見事な胸のふくらみ!


 ――うむ。《竜刻印》に加えて《竜の巫女》を娶ったとなれば、勇者アレクの名にも一層の箔が付くというもの。これはアレクこそ至高の英雄に相応しいという、天からの思し召しに違いない。やはり英雄は美女を侍らせなければな! できれば巨乳の!


 そう盛大に鼻の下を伸ばすアレク。

 が、留まるところを知らないピンク色の妄想を、唸り声が遮る。


「グルルルル!」

「ひぇっふ!?」

「どーどー。落ち着け、落ち着け」


 犬歯を向いて睨みつけてくるリューに、アレクは奇声を上げて飛び退いた。

 リューを抱きしめて宥めなら、ニシキが言う。


「驚かせて悪いな。リューは長いこと《魔窟の森》でサバイバル生活してきたんで、ほぼ野生児なんだよ」

「やらしい目、してた! リュー、お前、キライ!」


 たどたどしい喋り方で、しかし明確に不快と拒絶を示すリュー。

 下心を見透かされた羞恥と後ろめたさを、すぐに無礼な態度への怒りが塗り潰した。


《魔窟の森》といえば、リンドと山脈の間に広がる森林地帯。強大な魔物が縄張りにしていながら、森から村を襲う魔物は滅多にいないらしい。噂ではドラゴンが頂点に立って特殊な社会構造を形成しており、無闇に弱者を襲ったりしないんだとか。


 真偽のほどは怪しいが、そんな場所で生活していたなど、まともな神経ではない。

 こんな野蛮人を妻にするなど! とアレクは自分の案を放り出しかけるが、妾にすればいいだけの話だと思い直す。


「失礼しました、巫女様。伝説に謳われる以上の美しさに、つい不躾にも見惚れてしまったのです。どうか、お許しを。そしてどうか、貴女様からもそこの平民に言って聞かせてください。《竜刻印》は世界を救うための力。このような使命も責任も持たない平民などではなく、是非とも勇者である私にドラゴンの力をお授けください」


 アレクは社交界で磨きをかけた「王子様スマイル」でリューに笑いかけた。

 一目惚れして言い寄った学院の保険医に「麻痺を受けてもこうはならないような表情筋の痙攣具合が素敵ですね」との評価を頂戴した、アレク渾身の女殺し技。


 しかしアレクの予想を裏切り、リューの反応は好転するどころか悪化した。


「お前、嘘つき! その目、刻印とリューの体しか見てない。守るべきモノ、守るべきヒト、なにも映ってない。映ってるの、自分の欲だけ! 自分が満たされることだけ! 欲で龍を貶める、龍とリューが一番キライなヤツ!」


 最早、アレクを見る目が敵に対するソレだ。

 少しでもアレクから距離を取ろうとしながら、そのくせニシキの膝からは降りない。アレクから離れようとする分だけ、ニシキに強く強く抱きつき密着する。


 ……これは、貴族の子息子女が縁を結ぶ場でもある学院に入って、未だ恋人も婚約者もいない自分に対する当てつけなのか。

 アレクの額にピキピキと青筋が浮かぶ。


「い、いいかい? 《竜刻印》は英雄の才能と力を受け継いだ《刻印》持ちが手にすることで、その才能と力をさらに進化させる代物なんだ。なんの才能も力もない村人ごときが持っていたところで、無駄無用無意味――」

「くどい。どんな大義名分や屁理屈を並べようが、俺たちの返答は同じだ。この《龍刻印》は誰にも渡さない。こいつも、リューも、俺のモノだ」

「うん。龍刻印、ニシキのモノ。リューからの、愛の証」


 凄味のある声音で断言するニシキ。その腕の中でウットリと頬を染めるリュー。


 ブチ。


 アレクの中で、元々ないに等しい忍耐の糸が切れた。


「いい加減にしろよ、この平民がああああ! 僕が慈悲深くも下手に出てやっていればどこまでも図に乗って! 勇者様が必要としてるんだから、ゴチャゴチャ言わずにさっさと差し出せよ! 今すぐ刻印と巫女を寄越さないと、仕置きじゃ済まさないぞ!?」


 ダン! とテーブルを片足で踏みつけて乗り上がり、抜き放った剣をニシキに突きつける。当然、刃を潰してなどいない真剣だ。

 しかし刃を眼前にしながら、ニシキは眉一つ動かさない。


「言って聞かなければ力づく、か。余計な口上なんか垂れてないで、最初からそうしていれば良かったんだよ。他人様のモノを奪いに来た賊は賊らしく、な」


 リューの紅髪を梳いて愛でながら、アレクの威圧を鼻で笑う。

 ああ、これだ。一目顔を合わせた瞬間から、この態度が自分を苛立たせている。


 本来なら畏れ敬い平伏すべき、この貴族にして勇者であるアレク=チキンハートを相手に、対等どころか自らこそ格上であるかのような振る舞い。不遜とか無礼とかの域はとっくに越えている、非常識極まりない傲慢さ。


 今の今まで殺意を抑えられた自分に、アレクは拍手を送りたい気持ちだ。


「表に出な。まさか家の中で剣を振り回すほど、礼儀を知らないわけでもないだろう? ――財宝に目が眩んでドラゴンに挑む愚か者がどうなるか、思い知らせてやるよ」


 挙句、己を竜と僭称する厚顔無恥ときた。

 もう駄目だ。これ以上話すだけ時間の無駄、こちらの頭が痛くなる一方だ。


 こんな、巫女を誑かして分不相応な力に溺れる愚物に、栄光への道標である《竜刻印》を渡してなるものか。正当なる所有者の下に取り戻すのだと、アレクは決意する。


「ニシキ、リューと川原デート、の約束は?」

「すぐに終わるから、ちょっとの間待っててくれ。待たせた分だけ、後でたっぷり甘やかすからさ」

「うん! それも、約束!」


 …………ブッ殺してやる!

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