第八節-裏拍 とある神様の恋の結末

そろそろ世界が望むように

神々の争いを止めにいかないとまずいかもしれない。


本当なら、この村でしばらく生きたかったな。


ウルキアとお昼を食べた後、

用事があると伝え、

重い腰を上げ、偵察に出かけた。



地形が変わるほど争った跡がある。

人が行き交う道も崩れている。

これは人だけじゃなくて、

世界そのものにダメージが出ていそうだった。


争いは休戦中だろうか、

離れた場所に2人の神力を感じる。


2人の内、1人の神力には覚えがある。


デュシスか…?

昔は幼く、私の後をよくおっていた

夕焼け名を冠した神だ。


…ん?

向こうも私の心力に気がついたようだ。


近くに寄ってくる。

そして1人の神が降り立つ。


「やっぱり…あなただ…」


「久しいね、どうして私がここに来たかわかる?」


「世界が僕を切り捨てたんですね」


「……少し、やりすぎたね。

 どうしてこんなことをしたんだ」


記憶に残る幼かった昔の彼は

こんな風に争う性格ではなかった。


「ねぇ、エオニオス。

 なぜ、僕達はこんなに凄い力を持つ偉大な神なのに

 世界の意思という檻に

 閉じ込められないといけないんです?

 自由に生きて何が悪いんです?」


「何があった…?」


「僕は…………人に、恋をしました。

 でも、その人は殺されました。

 ……助けたかった。

 

 世界はね、リンゴを使い、僕を拘束したんだ。

 拘束が解けた時にはもう…手遅れで。


 …なんでっ、その人を殺したのも神なのに、

 殺すことは許されて、

 守ることが許されなかったのか!!


 あいつだって神である以上、リンゴを食べている。

 なのに拘束されていない!!


 ということは"世界の御心"が、

 意図的に守らせなかったってことだ!!!!


 僕にはわからない!

 彼女が何をしたというんだ……!

 

 ……だから、僕は決めたんだ。

 "世界の御心"の言いなりになんてならない。

 僕の思う通りに動いて見せると!!


 彼女を殺した奴を殺すと!!!!」


優しかった少年の面影はなく、

怒りに任せた神の姿が、そこにはあった。


だとしてもやりすぎだ。

巻き込みすぎた。


「その結果が、これか」


「うるさい!!!

 ……あなたにはわからないでしょうっ!」


彼は槍と短剣で攻撃を繰り出し、私を牽制する。


「"世界の御心"に逆らう程、覚悟をくれた熱情も…、

 誰か一人に恋焦がれることも……、

 命をとしてやり遂げたいという願いを持つことも!!

 

 生まれながらにして

 全てを持っているあなたには!!!」


「そうか…君にはそう見えていたんだね」


攻撃を交わしつつ、

神力で創ったレイピアで反撃をする。

それは彼の肩にヒットし、鮮血の返り血を浴びる。


「ぐっ…!

 …あなたは!

 原初の神で、皆に奉られ、

 何に対しても万能でいつも頂点にいた!!

 "世界の御心"もあなただけは別格で……、

 それが…、それが全てでなくてなんですか!!?」


「それは、原初の神を崇め、求めたかったからだろ。

 誰もエオニオスを見てはいなかった。


 だから私は皆の前から姿を消した」


「………!!」


デュシスは動揺して攻撃の手を緩めた。

無理もない。

今まで見えていたものが全く違ったのだから。


「ともあれ、君が暴れている理由は分かった。

 だが、これ以上は見過ごせない」


彼の緩んでいた殺気がもどり攻撃を仕掛けてくる。


「"世界の御心"の為に??」


その問いに対して無意識に

世界ではなく、ウルキアの笑顔が脳裏を掠めた。


あぁ……、

こんなに大きな存在になっていたんだね。

私は覚悟を決めて宣言をした。


「世界を愛し、

 この世界で生き抜いている、愛しい存在のために」


ウルキア、君が生きるこの美しい世界舞台は私が守るよ。


"世界の御心"のためではない。

私が守ってきた世界を好いてくれた、君のために。

君の生が終焉フィナーレを迎えるその日まで、

君が笑っていられるように。


例え、世界を守るため、

結果、"世界の御心"の奴隷のままであっても構わない。

君の為ならば。


その時だった、不意をつかれ、

彼に馬乗りにされる形になった。

短剣が胸を裂き血が滲む。


「……あなた、変わりましたね…」


彼の肩から血が滴り、私の顔を濡らしていく。

涙が枯れた代わりに血で泣いているかのようだった。


「違う。変えてもらったんだ。

 気が遠くなるほど長い間

 ほどけなかった糸の塊を、

 いとも簡単にほどいてくれる、そんな人に」


「相手は人間?」


私は自信をもって頷いた。

「そうだ、脆くも美しい、人間だ」


「人の一生は短い。一瞬だ。

 そんなに短い時間の関係で十分だったの?」


「時間は関係なかった。

 幾星霜を経ても手に入らなかったものを

 一瞬で彼女はくれた。


 君だってそうだろ」


彼の瞳が大きく揺れた。

今は亡き彼女を思い出しているのだろうか。

「……そう、ですね」とだけぽつりと呟いた。


「気持ちはわかる。

 だけど、どうか、手を引いてもらえないだろうか。


 君達の愛の果てが、こんな結末でいいはずがない」


このまま説得できればと思ったが、

現実に引き戻されたデュシスの瞳に

否定の色が戻ってくる。


「申し訳ない。

 それはできない。


 復讐をやめ、行き場のない感情を抱えながら、

 彼女のいない時を永劫を生きるのは耐えられない。


 それなら、僕があなたに消される結末の方が

 よっぽどいい。」


あぁ、そういうことか。

……最初から狙っていたのか。


「デュシス……、わかってやったね。

 わざと、派手に。


 どうせ復讐したあと、

 誰かに消してもらうつもりだった。そうだろう」


彼の貌がにやりと、ひずんだ美しい微笑びしょうをたたえる。


「ふふっ……ふふふふっ。


えぇ。そうです。そうですとも。

 だって彼女のいない世界なんて、

 意味がないのですから!

 恨みを晴らしながら死にたかったんです!!」


声を荒げ、肩を震わせ、

憤怒と悲哀にまみれながら、愛を語る。


かつて、私を後を追い回し、懐いてた頃の彼は

もう何処にもいない様だった。


いや、昔から変わらず、

優しく真っ直ぐな彼だからこそ、

ここまで堕ちてしまったのだろうか。

 

「デュシス…………」


彼の涙が頬に落ちる。


「……死んで、彼女とまた巡り会いたいんです。


でも………、

……僕たちって簡単に死ねないじゃないですか。


 だから殺してもらおうと考えたんです。

 

 あなたが来てくれてよかった。

 全てが終わったら、殺してください。

 確実に殺せますよね。


 そして、

 彼女と僕を人に転生させてください。

 これもあなたならできますよね。


 ただ、ただ、

 来世では彼女と自由に行きたいんです」


真っ直ぐな想いはどこまでも痛く突き刺さる。

この青年の一途さが羨ましく眩しかった。


私はここまで愛し、愛されることができるのだろうか。


「わかった。……君の願いは聞き入れよう」


たがえないでくださいね。約束ですよ」


デュシスは納得したようで身を引いた。

そして闇夜にスッと消えていった。



燃えるような恋をした彼を私は笑えない。

私だって同じだ。

人の子に恋をしている。


本人には友達とは言いつつも、

本当はもっと強い想いがあった。 


ただ、いつかくる別れの日や

彼女に拒絶されることを考えると、

友達としか言えなかった。


とんだ、臆病者だな、私は……。


最愛の人を失った彼には悪いが、

ウルキアに会いたいと思ってしまった。


それと同時に、ふと不安が脳裏によぎる。


「––––私の結末は、一体どんなものなのだろう」



いつか訪れる、"さよなら"は

彼女を悲しませないだろうか。

これ以上、彼女との距離を縮めては

いけないのではないだろか。


でも、彼女を見たら、抑えられないだろう。

友達とかこつけて触れたくなるだろう。

もっと私の欲しい言葉をおくれと縋りたくなるだろう。

純粋な彼女を唆し、

半神にして連れて行ってしまいたくなるだろう。


「感情を抑えることがこんなに大変だなんて、

 初めて知ったよ。」


こんな状態であっても私のこの後の行動は一つ。


暗澹たる気持ちを宿した

鉛のように重たく、痛い身体を引き摺り、

彼女のもとへ帰るしかないのだ。

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