第01楽章 あのひ、ここから、はじまった

第一節 独りぼっちは愛を渇望する

小鳥が歌い、花が咲き乱れ、

樹々は雄々しくも優しく葉で囁く。

天を仰げば美しく深い青空が微笑む。

この世界は神々が統べる美しく、優しい世界。


その中にわたしは

ぽつりと取り残され、独りで立っている様だった。


この世界が憎いわけでも、人が嫌いなわけでもない。

ただ、哀しいのだ。


独りぼっちで取り残された迷子のように心細いのに、

誰も迎えにきてくれない様な感覚が身体を這っている。


迎えにきたとしても、それは誰かのついでで、

を迎えきてくれる事はない。


そんな、静かで哀しい感覚に

時折、溺れている。



そんな心情に襲われるからだろうか。


この優しく美しい世界の裏に

ひっそりとした哀しさを感じることがある。


それは事実なのだろうか。

それともわたしが、生まれも知らぬよくわからない

寂しい心を持っているからだろうか。


とはいえ、楽しいこともあれば、

嬉しいことだってある。


ちゃんと笑えるし、ちゃんと明るくすることもできる。

まだ、大丈夫。きっと、大丈夫。

わたしは壊れてない。


ただ、時折、考えてしまうだけ。



生きていている意味があるのだろうか。

生きている価値があるのだろうか。

わたしは、愛されることなく、

産み落とされただけ存在なのだろうか。

それとも、愛されていたが、

わたしが命を奪い、産まれ落ちたのだろうか。


わたしは何者なのだろう、と。



いびつな心から漏れ出す闇。

寂しさに溺れて、闇に引き摺り込まれない様、

わたしは足掻いている。



「ウルキア…、大丈夫かい?」


「………!」


おかみさんの声で現実の世界に引き戻される。


わたしの名前はウルキア。

ここはアガタという村の宿屋だ。

現実世界に戻してくれた人は、この宿屋のおかみさん。


そして、捨てられていたわたしを拾い、

育ててくれた恩人である。


「ごめんなさい、……ちょっと考え事してたの。

 あ、でも大丈夫だよ!

 ちょっと考え過ぎちゃっただけなの!


 ほら…、わたし、お年頃じゃない?

 ……だから、色々考えちゃっただけ!


 さぁ、仕込みの続き、頑張ろう!

 ディナーもお客様に喜んでもらわなきゃね!!」


陰鬱とした思いを閉じ込めて、

笑ってごまかし、作業を再開する。



実は最近、

親子連れとか、恋人たちとか見ていると、

"あぁ、この人も、誰かの一番なんだな"って

羨ましくなってしまい、

考え込んでしまうことが多くなった。



小さい頃、親がいないことについては

ただ、ただ、疑問だった。


そして数年前までは、

今の自分がいることが全てであり、

今が五体満足で恵まれているのだから

結果オーライと思っていた。


だが、村のお産の手伝いをしに行ってから

唯一無二の愛というものに胸を打たれてしまった。


苦しむ母親。

命すらも落とす可能性があるお産。

その横には妻と子の無事を祈る夫。

美しい愛が繋がっている様に見えた。


そして産まれいずる命は、産声をあげ、

母に抱かれ、繋がる愛の輪にすぐに加わり、

中心となる。


いや、臍の緒で繋がり、胎動を伝えていた頃から

そうだったのかも知れない。


いずれにせよ、

この愛はとてもまばゆくて、美しく見えた。


そんな産声を上げた命が

愛で始まる光景をみて、

考える様になってしまった。


愛に順番を求めるなんて無粋と思われるかも知れない。

誰からも愛されないより、

マシでしょって怒られるかもしれない。


でも、

きっと、

その順位に沿って、優先順位もきまる。

わたしはその一番に優先され、

大事に愛される人が羨ましいのだ。



「ウルキア……」

何か察したのか、おかみさんは

そっとわたしを抱きしめた。


「…うん。ありがと」


わたしも抱きしめ返す。

彼女の優しいお日様の様な香りが胸をくすぐる。


彼女は本当にわたしを想ってくれる大事な人だ。

ここまで立派に女手一つで育ててくれた。


本当の家族を失い、一人だったおかみさん。

実の子を失い、絶望の淵にいたおかみさん。

大変だったに違わない。辛かったに違いない。

でも、弱音を吐かず、自棄になることもなく、

大切に育ててくれた。


おかみさんはわたしを

自分の子供の様に可愛がってくれたが、

自分の子供と重ね可愛がることはなかった。


それは良いことでもあり、

哀しいことでもあった。

だってそれは唯一の子に対する愛は

その子のものであり続けているということだから。


それが正しいことだとわかっている。


でも、そうしたらわたしは

誰に愛を求めれば良いのだろう。



というか、そもそも、こんな恵まれていて

こんな我儘な思いを持って良いのだろうか。


のたれ死ぬこともなかったし、

人として愛情を注いでくれる人もいる。


なのに、虚しいと寂しいと思ってしまうわたしは、

なんてわがままなんだろう。


なんて、強欲なんだろう。



目が眩むほどの太陽が照りつける夏の日、

わたしは、もうすぐ訪れることなど知らずに

陰鬱とした悩みに呑み込まれていた。



***





もうすぐ、

暑さが過ぎ、実りの秋がやってくる。


あの秋の出来事は、

わたしにとって

原初のイヴが食べたリンゴの如く、

"幸せの果実"であり、

"破滅への果実"であった。


甘さと苦さを兼ね備えた果実は

わたしの心に種を落とし、

根を張り、芽吹き、

今でも大きく息づいている。

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