第12話 蓮見さんと買い物5

 蓮見さんと無事合流した俺は、先ほど命がけで確保したテーブル席へ。

 なぜか落ち着かない気持ちを抑え、目印とした上着を探す。


 が、しかし——。


「どこにもねえ……」


 いくら探しても俺の上着は見当たらなかった。

 おまけに俺が確保したであろう席には——。


「はいっ、ゆーくんあーん」

「あーん」


 などと周りに見せつけるようなラブラブカップルの姿が。


 ——お前ら一体どこから湧いた。


 間違いなくここは俺が確保したテーブル席なはず。

 だったらなぜ他の客が座っているんだ。

 しかも俺の上着どこにもないし。


「はぁ……どうします蓮見さん」

「え、なにが」

「いや、座れそうな席がないんでどうしようかなって」

「私もうお腹いっぱいだけど」

「はっ?」


 今この人なんて言った。

 お腹いっぱいって言ったのか?

 ついさっきまで「ねえ、お腹空いた」とか機嫌悪そうに言ってたんだぞ?


「冗談ですよね……?」

「え、マジだけど」

「少しはごまかしてよ」


 真面目な顔してそう言うあたり、この人はすこぶるたちが悪い。

 間違いなく原因はさっき食べたたこ焼きだろう。

 結構量もあったし、粉物ということで腹にたまる。

 てか昼飯前にたこ焼き食うかよ普通。


「じゃあどうします? 昼はもういらないですか?」

「うん、いらない」


 一瞬の迷いも見せず、蓮見さんは首を縦に振る。

 その清々しさと来たら、小学生の頃のうちの妹レベル。

 少しはこっちの身にもなって、物事を考えてもらいたいものだ。


 とはいえ。


 俺もたこ焼きを分けてもらったせいか、少しは腹が満たされている。

 別にこのまま昼食を食べなくても、なんとかやっていけそうだし、おまけに今から席を探しては、相当時間を持って行かれることになるだろう。


「なら、蓮見さんの見たいお店行きますか?」

「行く」


 そう言うと蓮見さんは、目的地も告げず足早に歩き出した。

 そのスピードはさっきまでのくたびれた彼女とは全くの別物。


 ——てかもう少しゆっくり歩いてくれ。


 今普通に見知らぬおばちゃんに睨まれてたぞ。

 楽しみなのはわかるが、あんたはもういい大人なんだからちゃんとしてくれ。


「もう少しゆっくり歩いてください」


 俺が後ろから注意するが、蓮見さんが歩く速さを緩めることはなく。

 まるで遊園地に遊びに来た子供がアトラクションを探し回るかのように、彼女はただ己の感情に従って進んでいた。


「はぁ……まったく仕方のない人だ」


 こんな人と一緒に暮らすなんて、上京する前は考えてもいなかった。

 本来ならば自分だけの部屋で、有意義な一人暮らしを送るつもりだったのに。

 なんだってこんなわがままな人と……。


 ——でもまあ、それが彼女の良さなのかもな。


 蓮見さんはとても純粋な人だ。

 それは出会って2日目の俺にだってわかる。


 己の欲望に忠実で、決して嘘をつこうとしない。

 どこまでも真っ直ぐで、目を離したらすぐにどこかへ行ってしまう。


 そんなどうしようもない人だからこそ。

 俺は彼女を放っておくことができないのだ。


 手のかかる同居人として少しは心配している自分がいる。

 きっと俺はそれほど蓮見さんを憎くは思っていないのだろう。

 こうして彼女の背中を追いかけているのが何よりもの証拠だ——。


 ただ——。


「あの……蓮見さん」

「なに」

「それなんですか」

「なにって、ソフトクリーム」

「えっと、ちなみにですけど俺のは」

「え、ないけど」


 自分だけ先に行ってソフトクリームを購入する。

 こういうところは早くどうにかしてほしいものだ。



 * * *



 蓮見さんを追いかけるうちにやって来たのは、某有名電気屋さん。

 家電やらテレビやらパソコンやらが、店内のあちこちで売り出されていて、その種類、そして量は、電気屋好きではなくとも、軽くテンションが上がるくらいの品揃えだ。


 そんな豊富すぎる電化製品の数々に目をくれることもなく、蓮見さんは店内の奥へ奥へと足早に進んで行く。


 一体何がここまで彼女を突き動かしているのか。

 俺はフードコートからここへ来るまでの間ずっと考えていた。


 何か欲しいものでもあるのだろうか。

 それともただ単にテンションが上がっているだけか。


 色々考えてはみたが答えは出ず。

 気づけば目的地に到着してしまっていた。


「てか、蓮見さんどこ行った……」


 あれやらこれやらを考えているうちに、蓮見さんの姿は見えなくなった。

 店の奥の方に行ったのは間違いないが、家電がたくさん置いてあるということもあり、目視ではその姿を確認できない。


「確か……この辺に……」


 俺は棚と棚の間に目を凝らし、蓮見さんを探す。

 すると気づけば家電のエリアは終わりを迎え、ここから先はゲームエリアに。


 ——ん、待てよ。


 ゲームエリアがあるということは、蓮見さんがここにいる確率高くね。

 てか絶対あの人ここ目当てで俺の買い物について来たでしょ。


 ——うん、間違いない。


 そう確信した俺は、様々な作品が並ぶその場所をくまなく見て回る。

 やはりゲームエリアということもあり子供の姿が多く、ここに蓮見さんのような美人がいれば一発で目に止まるだろう。


「てか、色々種類あるんだな」


 俺はゲームというものをよく知らないので、この種類の多さには正直驚いた。

 聞いたことがあるようなタイトルの作品もあれば、「何これ、誰がやるのこんなの」みたいなタイトルの作品もある。


「これとか頭悪すぎるだろ……」


 そう呟いて手に取ったゲームのパッケージには、可愛らしい女の子のイラストが描かれていた。


 ちなみにタイトルは——。


妹戦まいせん! 妹だらけのハチャメチャ凌辱物語〜お兄ちゃんのためならなんだってするもんっ〜』


 うん、意味がわからない。

 一体これを誰がやるというのか。

 申し訳ないが俺には全くもって理解できない。


 そもそも妹だらけの時点でウザそうでやだし。

 別にお兄ちゃんのためになんだってしなくていいし。


 てか"凌辱"っておい。

 妹に対して凌辱とかアウトだろこれ。

 製作者側は意味わかっててこのタイトルにしたのか?

 だとしたら余計に意図が掴めないんだが。


「こんなのここに置いておくなよ……まったく」


 子供もたくさん来るというのに、一体この店は何を考えている。

 おそらくパッケージやタイトルからして、このゲームには少し大人な要素も含まれているだろうし、これは子供の目に入らなそうなところに隠して置いた方が良さそうだ。


 そう思った俺は手に取っていたゲームを、できるだけ端の目立たないような場所に隠そうとした。


 と、その時だった——。


「キミ、そういうのに興味あるの」


 聞き覚えのある声が聞こえ、俺の身体はビクンと跳ね上がった。

 それはまるでエロ本を隠そうとしている時、タイミング良く母ちゃんが部屋に入って来た時の感覚に似ている。


『幸太郎、ご飯できたよー』

『カカカカ、母ちゃん!!』


 ってやつだ。

 まあ俺の場合、それでエロ本を隠しているのがバレたことはない。

 が、今回に関しては……。


「なになに、『妹戦まいせん! 妹だらけのハチャメチャ凌辱物語〜お兄ちゃんのためならなんだってするもんっ〜』って……へぇぇー」


 タイトル読み上げちゃったよ。

 女性なんだからちょっとはためらってくれよ。


「キミ、こういうのに興味あるんだ」

「ち、違うんですよ。俺は単にこれを子供の目につかない場所に隠そうとしてただけで……」

「ふーん」


 だめだ。

 この人俺の話を全く聞こうとしてくれてない。

 心なしか向けられる視線もちょっと冷たいし。

 これはエロ本以上にまずい状況かもしれない。


「これのどこがいいの。説明して」

「いや、だから俺はこれを隠そうとしてただけですって」

「でもさっきまじまじと見てたじゃん」

「それはタイトルがちょっと気になって……別に他意はないですよ」

「ふーん、まあ別になんだっていいけど」


 そう言って蓮見さんは俺が持っているゲームを指差す。


「キミがそういうのに興味がないのは知ってるし」

「じゃあなんでさっき……」


 なんでさっきあんなこと言ったんですか。

 そう尋ねようとして俺は言葉を切った。

 そんなのわざわざ聞かなくても想像がつくことだったから。


「蓮見さん……俺をからかうのはよしてください」

「え、別にいいじゃん。面白いし」

「面白くないです。少しはこっちの身にもなってくださいよ」

「いや」


 そう呟いたかと思えば、蓮見さんの意識は俺から棚へ。

 何事もなかったかのように、並べられたゲームを眺めている。


 ——はぁ……何やってんだ俺は。


 この人相手に本気にして、今の俺は間抜けだった。

 てか普通に考えてあそこまで焦る必要は全くなかった。

 別にやましいことしてたわけじゃないし、堂々としていればよかったものを。


 ——もしかして俺……この人といるせいでどんどんアホに……?


 そんな恐ろしいことを考えそうになり、俺は勢いよく頭を振った。

 俺のスペックの高さは、生まれ持った才能に加え、今まで死ぬ気で努力してきた結果が実ったものだ。

 そんな簡単に変わるはずがないし、簡単に失っていいものじゃない——。


「あ、そうだ」

「ん?」


 突然聞こえて来た蓮見さんの声で、俺の思考は途絶えた。


「これ」

「え、なんですかこれ」


 すると蓮見さんは、不意に俺に向かって何かを差し出してくる。

 よく見るとそれは、何かのゲームカセットのようだ。


「買って来て」

「いやなんで」

「なんでって、これ欲しいから」

「だったら自分で買えばいいでしょ」

「お金ない」


 何を言い出すかと思えばこの人。

 お金がないから代わりにゲーム買って来て欲しいらしい。

 本当にふざけた人だ。


「お金ないなら諦めてください」

「嫌、返すから買って」

「返すって……いくらするんですかそれ」

「6500円」

「たかっ……ちょっと待ってください」


 値段を聞いた俺は、一応財布の中身を確認してみる。

 するとそこには野口さんが2人。樋口さんが1人いた。


 ——ギリギリ買えちゃうなこれ。


 布団に使ったお金が、当初の予定よりも少なく済んだので、俺が思っていたよりも財布の中身は充実していたようだ。


 果たしてこれはどうするべきか。

 代わりに買ってあげるか、それとも我慢させるか。


 蓮見さんがこれを欲しがっているのはわかる。

 でもゲームを買うためにお金を貸すというのはどうなのだろう。

 後々罪悪感が生まれたりしないだろうか。


 などと考えてはみたものの、一応彼女も大人なわけであって。

 そんな大人に対して、まだ子供の俺が制限を設けるのは正直気が引ける。

 それに今日だって俺の買い物に付き合ってもらったわけだし、俺だけ満足して家に帰るというのも、人情に欠ける対応になってしまうだろう。


「わかりました。買って来ます」

「やた。はいこれ」


 わかりやすく上機嫌になった蓮見さんは、すかさず俺に欲しいゲームを差し出してくる。

 俺は小さくため息をつきながらも、仕方なくそのゲームを受け取った。


「その代わり、ちゃんと返してくださいよ」

「うん、返す」


 そう約束を交わし、俺は初めてゲームというものを買った。


 もちろん俺はやらない。

 でももし誘われたなら、少しくらいは付き合ってもいいとは思う。

 本当に少しだけなら——。

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