第5話エルフ少女の確執

提示された条件は、人間であり討伐対象の強さを皮肉ながら理解してしまっているルクシオにとっては本当に死神のように思えてしまう。


だが、この里の人達が困っている。

フィアナも一度奴にやられている。

それに、寝床は必須!


の3つの動機があり(主に最後の)、苦渋の決断の末ルクシオはやむなく承諾した。


『まぁ何。リベア討伐までまだ一週間は泊めてやる。追い出したりはしないから安心せい。それに今日も既に夕暮れ時じゃて。お主も今日は疲れてるじゃろうてゆっくりしな』


と、いう事でルクシオは族長の家の隣にぽつんと建っている倉庫で翌朝を迎えたのだった。


エルフの里に招かれてから初めての朝。

つい2週間程前までは養成学校の寮に備え付けられたベットでの起床だったが、今日は馬の餌の藁の中だった。


突然の生活水準の低下に昨夜は寝覚めの良し悪しを危惧したが、意外にもぐっすり眠れて満足している。


実はルクシオは寝る事が趣味である。

他にもミリアを弄るやミリアを眺めるやミリアの頭を撫でるなど趣味は多岐に渡るが……。


あっやばいちょっと涙が出てきた。


まぁ寝る事が本能なのである。

大抵寝る事が趣味な人は朝には弱いのだろうがルクシオに至ってはそんな事はなく、寧ろ早起きして体操するのが日課である。


深く息を吐き体を後ろに反りながら息をゆっくりと吸う。

空気が美味しい。

森羅万象を讃える神樹ウリエルがあるからか、それとも周りが森林だからかは定かではない。


だが、とても清々しい気分だった。


体の中からスッキリと邪念が消え去るような、優しく包容力のある空気だ。


日課の体操を終え、顔を洗うために水場に行く。


まだ空が薄い藍色に染まっている暁の時間、里の人達の姿は見えない。


本当に、よく受け入れてくれたよな。


これは一種の奇跡だろう。

こんな素性も知り得ない怪しい人間を住まわせるなど、人里なら頭のおかしさを真剣に疑うレベルだ。

このご時世、盗賊や山賊などは然程珍しくもない為、より厳重な姿勢が求められるのだが……。


里の人達が加護という神からの恩恵を持っていて良かった、と神様に感謝を捧げつつ、ルクシオは水場へと向かった。



***



今日は討伐隊との顔合わせの舞台が催されており、当然ルクシオもそれに参加する。


その催しはエルフ達の都合により夜辺りに行われる為、その間にルクシオは里の人達への挨拶を済ませる為里を東奔西走しヘトヘトだった。


「お疲れ様ですルクシオ様」

「なぁフィアナ。俺昨日敬語は良いって言ったのに段々と敬語の率が増えてませんか?しかも今の様付けは隠す気概すら感じられなかったけど」


フィアナが持ってきた水を喉に通して、追求する。


「狼雅族たるもの、伴侶となるものには敬意を払いなさい、という教えがありますのでやはり此方の方が私としては言いやすいのです」


フィアナが満面の笑みを零しそう言ってくれる。伴侶と伴侶と連呼されるととても居た堪れない。


こんな可愛い子に言われる続けるのは精神的に辛いものがある。


だが逆に、伴侶となるものを様付けというのは、何処か他人行儀な気がして違和感を覚えてしまう。


「ルクシオ様がどうしてもというのなら、そうしますけど……」


フィアナが少し寂しそうに零す。


恐らくフィアナにとって様付けというのは自分の伴侶である事を確かめる重要なものなのだろう。

年端もいかない女の子をこんな事で困らせてはいけない。


「いや大丈夫。フィアナの言いやすい方でいいよ」


別に俺にはそこまで強要する理由も確執もある訳でもないので許可した。


「ルクシオや」


2人で暫く話していると名前を呼ぶ声が聞こえる。


「あっ族長。どうも」

「ルクシオは大変じゃのう。今日里中の民家に挨拶しに行って疲れているのだろう」

「ええまぁ。ですがこのくらいなら問題はありません」

「ほほ、そいつは何よりじゃ。もう皆んな集まっとるでな、ほらこっちに」

「はい」


族長に着いて行き、とても賑やかなエリアに案内される。


声の様子からきっとお酒などを飲んで雑談でもしているのだろう。


即席の舞台のような席に族長が登壇していくので、それに着いていく。


族長が登壇した事に気付いたエルフが皆に呼びかけて賑やかだった空気は一変して静まり返る。


この方から、いかにこの里が族長をリーダーとして優秀に統率が取れている事が窺えた。


コホンと咳払いをし口を開いた。


「ええ皆の衆久しぶりじゃの。今日集まってもらったのは他でもない。皆も既に知っているだろうが今回この里に珍しく人族が招かれた。まぁ住むのは別に問題ないのだが、どうせなら一仕事してもらおうという事でリベア討伐隊に加わってもらう事にした。ほらこっちに」


族長の手招きを受けてルクシオは今一度服装を整えて前に出る。


「ご紹介に預かりました。ルクシオと言います。ここ暫くは里にご厄介になります。今回はリベア討伐という事で、足手纏いにならないよう努めさせて頂きます。よろしくお願いします」


暫し沈黙が降りた。

何かまずい事を言ってしまったのかと不安になるルクシオを見兼ねて族長が言う。


「まぁ人族という事で、皆良いイメージを持っていないかもしれないが、此奴はいい奴だと儂が請け合う。皆仲良くしてやってくれ」


族長が俺の事を大丈夫だと、無害だと言ってくれて心が少し軽くなった。


普段はどうしようもない阿呆を晒しているのだろうが、いざという時はやってくれる凄い人だと分かった。


「よぉ〜兄ちゃん!ルクシオって言うんだって、いやぁ助かったぜ。討伐隊とは聞こえがいいが戦力は結構ギリギリでな、お前さんのような若手が参加してくれて助かるよ。俺はバルド、今回の討伐隊の副リーダーだ。よろしくな」

「あっはい、此方そこよろしくお願い致します!」

「おいおいあんた何だよさっきの堅苦しい挨拶はよぉ〜!俺はついつい吹き出しそうになっちまったぜ」

「人族だって聞いてたけど、いい奴そうでよかったよ、よろしくな」

「あっはい」


壇上から降りると直ぐにエルフの人達に囲まれた。


どうやら皆に好感を貰えたらしく安堵しかない。

それから一頻り挨拶を終えたルクシオはフィアナに少し席を外す事を伝えて風に当たっていた。


「皆んな認めてくれたみたいでよかった」


一人でそう呟きながら夜に浮かぶ星を見ていると、


「このっ!」

「痛っ!」


頭に衝撃が走り抱えてしまう。


何だろうと振り返るとそこには一人の少女がいた。


その手には拳一つくらいの大きさの石飛礫が握られており、目には明らかな怒気が宿っていた。


「この里から出て行け!」

「えっ?」


唐突にそう言われた。


「あんた達人間何て信用できない!どうせ良からぬ事考えてるに決まってる!早く出て行け!」

「っ!」


投げられた石はルクシオの顔面に真っ直ぐ飛んでくる。


これが太陽の光が差す頃なら避けられただろう。しかし今は闇が深い夜だ。周囲に街灯なんてものはなく、避けることはできずに、レンは思わず目を瞑った。


が、一向に顔に痛みが走る事はなく不思議に思い目を恐る恐る開けると、石はルクシオの目から1センチという距離で静止していた。


エルフの少女も驚いているので彼女の仕業ではない。


「ルミナ、いい加減よさんか」

「族長!」


ルクシオの後ろから今では聞き慣れた声が聞こえ振り返ると、言わずもがな、族長がいた。


族長の指が怪しげに光っている。


(もしかして魔法?)


「ルミナ、お主はあの場所に居たじゃろう。

此奴は悪人ではない。人間が皆悪人だと盲信するな」

「しかしっ!」

「八つ当たりしても、お主の姉は戻っては来ない」

「っ!くっ!」

「あっ待って!」


エルフの少女は此方を睨みつけた後走って行ってしまった。


「すまんなルクシオ。あやつも悪気があってお主を嫌悪している訳ではない。儂に免じて許してはくれないか」

「いえ。大丈夫ですよ、気にしてないので」



そうは言ったものの、ルクシオは現実を見た。


エルフにも、やはり人間を嫌う人はいるのだという事を。



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