想像構築で生きるスローライフ〜幼馴染に拒絶され疲れたので、楽に自由に生きようと思います

白季 耀

第1話 目標の喪失

この世界に生を受けて6年目、断言できる。

今までで一番絶望した日だと。

ルクシオ・クルーゼは受け入れがたい非常な現実を目前にしていた。


紅蓮の炎によって焼かれた原型を留めない故郷。その爆炎の中心から放たれる獰猛な咆哮が、貧弱な体と精神を震え上がらせる。


まさに、地獄絵図。


湧き上がる無尽蔵の憎悪を感じながらも、少年は満身創痍に走り続ける。

幼馴染であり親友である少女ミリア・シャルロットの手を引きながら。


彼が何から逃げているのか?それは魔獣だ。


それも一国の城すらも更地に変えてしまう程、強大な力を持った怪物だ。


足を踏み出す度に大地が揺れる程の体躯と、煉獄を纏った風貌。


僅か6歳の少年であるルクシオにとってこの現実はハード過ぎた。


涙と鼻水で顔を汚しながらも、幼馴染の手だけは離すまいと強く握り、ひた走る。


これが後に、ルクシオ・クルーゼのオリジンとなる。


***


「ルクシオ・クルーゼ!この問いに答えなさい!」


「はい!」


この世界では珍しい、夜色がかった黒髪の少年はキリッとした返事をして席を立ち、チョークを持って黒板に問われた問題の答えを淡々と書いて行く。


ここは、魔獣討伐を主な任とした騎士団ーー『神盟騎士隊』に志願する若者を養成する学舎である。


10年前に、魔獣の襲撃によって故郷を失ったルクシオとミリアは、難民支援を行っていたセルベスト王国に身を埋め、この学舎に入学したのだ。


ルクシオはあの襲撃以来、魔獣に対して人一倍の憎悪を抱き、魔獣討伐を目標にしていた。そんな彼の幼馴染であるミリアも、ルクシオ並ではないものの、少なくない憎しみを抱いていた為、ルクシオと同時にこの学舎に入学したのだった。


神盟騎士隊に入る者は誰もが魔獣討伐を目標にしている訳ではない。

神盟騎士隊の者達は皆一応にレア度の高い希少なギフトの可能性があるため、様々な役所で重宝される。


ある者は安定した収入を求めて。

またある者は大出世を目指して。


人それぞれ違いはすれど、戦闘能力はこの学舎では最重要項目であり、皆己の自己実現に向けて鍛錬を重ねている。


そんな中でもルクシオとミリアは特に戦闘能力に秀でており、成績は常にトップクラスだ。


「できました、先生」


「うん、全問正解だ。流石だなルクシオ」


全問正解したルクシオに先生は素直に感心し褒め称えた。

クラスの皆もそのルクシオに賛辞を送る。


ルクシオは周囲の囁きでも、自分が褒められる事は嬉しい事で、思わず口元が緩む。


「何ニヤニヤしてるのよ、気持ち悪いわね」


一方で、席に戻ったルクシオに嘲笑の声が耳に刺さる。その主の正体は、腰まで長く垂れた金髪の少女ミリアであった。そう、彼の幼馴染だ。


「はぁ〜。お前またそうゆう事言うのな。いい加減そのきつい口調なんとかしないと、唯でさえ少ない男っ気が減る一方だぞ」


ルクシオは声のしたミリアの方に首だけ向けて頬杖をつく。


その態度がお気に召さなかったのか、授業中にも関わらずその少女は激情する。


「はぁッ!?何言ってるのよ!男っ気が少ないですって?あなた私のこの可憐でお淑やかな容姿が見えてないの!一応言っとくけど、私男受けいいのよ!」


「あーへいへい、そうでしたね、可憐でお淑やかなお嬢様」


「あんたね!?あーもうムカつく!」



「こら!そこの二人、うるさいぞ、静かにしろ!」


二人の場を弁えない論争に堪らなく教師が一喝する。


「うッ……!ですが先生、こいつが先に挑発してきて!」


「今のは挑発じゃない、唯の忠告だ。勘違いするなよお嬢様」


「ほら!先生こいつが悪いんです!こいつがすべての元凶です!」


「おいこら!何好き勝手言ってやがる。大体、先に人の悪口を言ってきたのはミリアの方だろ!」



「どっちもどっちだ!馬鹿者!貴様ら仮にも神盟騎士隊候補生なら周囲の配慮を怠るな!それとも、今週末の課題を5倍割り増しにでもされたいか?」


一生徒がこなすには莫大な量の宿題を提示され、これには堪らず二人ともだんまりを決め込むしかない。


これで異議申し立てを唱えようものなら、さらに倍増されるオチが見えるからだ。


実際に、去年の夏。


週末課題を忘れ、それを先生に報告せず難を逃れようと画策したとある生徒は、その事が授業内で先生にバレ、その数の3倍分に相当する課題をこなすよう命じられたそうだ。

しかしその生徒はその課題の量に抗議した。

その結果、3倍にされた宿題はさらに5倍。

つまり通常の15倍の課題をこなす羽目になり、彼の夏休みは淡い夢の彼方へと消えたそうな。


それからと言うもの、課題を忘れるような愚かな生徒は居なくなり、きちんと提出するようになった。


というエピソードがあるため、ルクシオ、ミリアともに、素直に謝罪する他ない。


「「すみませでした」」


二人のこの様子は他の授業でも見られる事で、今ではこの養成所の風物詩として知られている。


見慣れた光景にクラス内はたちまち笑いの嵐だ。


本人達にとっては見世物のような扱いで溜まったものではないが……。


そうして今日の授業も終わりを告げる。


ルクシオは、こんな日々がずっと続くと思っていた。ミリアと隣に並んでこんな他愛もない話をする事が当然だと思っていた。


多分、俺は慢心していたのだろう。


だから、彼女に愛想を尽かされたのだろう。




***




「もう、私に付き纏わないでッ!」



「えっ?」



今日もいつもと変わらない日常から始まった日だった。北校舎と南校舎を繋ぐ渡り廊下で、それは訪れた。


「なんだよいきなり、そうゆう冗談やめてくれないか?」


俺は頬を掻きながら言うが、ミリアは俺の目をキリッと睨んだ。


目力に気圧され、ルクシオは少しばかり狼狽してしまう。


「なっ、なんだよ」


「私が、冗談で言っていると思う?」


その目は至って真剣だった。


「迷惑なのよあんた!いつもいつも、私の事傷つけるようなこと言って!ふざけないでよ!些細な事で注意しないでよ!わかってるわよそのくらい!なんで、もっと優しくしてくれないのッ!」


ミリアの怒涛の罵声が雨によって冷えた校舎にツンツンと響く。


氷の冷気を纏ったかのような眼差しはとても鋭く、そこには怒気が感じられた。


立て続けに聞くミリアの不満に、俺は圧倒されて唯直立するだけ。

徐々に体に力が入らなくなる倦怠感に囚われる。


平気だと思っていても、深層意識にはしっかりとダメージは通っているようだ。


「もう嫌なのよ!うんざりなのよ!私はもう立派な大人!あなたに指図される謂れはない!あんたなんか消えちゃえ・・・・・ばいいのよ!」


「あっ……」


心もとない声が出た気がした。

意識して出したんじゃない。

恐らく、本能の悲痛な叫びだろう。


流石にショックだった。

確かに俺はミリアに対してたまに出過ぎた事を言っていた自覚はある。

でも、それでも大丈夫だと思っていた。

昔から、生まれた時からずっといた幼馴染だから、いつも俺の顔を見る度に言ってきた罵詈雑言は冗談だと思っていた。


でも、違った。

俺はもともと、彼女に好かれてなどいなかったのだ。

全部、俺を遠ざけようとした行動だったのだ。

恐らく、直接言うのは可哀想だから、それも遠回しに訴えていたのだ。


迷惑だと、邪魔だと。


今の最後の言葉で確信した。


消えちゃえ・・・・・ばいいのよ!


これが決め手だった。


「私、今度の遠征に学校の命令で行くことになったから。じゃあね。もう私に付きまとわないでね」


そう溜息と共に吐き捨てた彼女は歩いて行ってしまった。


俺が今までやってきた事は全部、お節介だったんだな。


「ははっ……」


乾いた声で自らを嘲笑する。


もう、疲れたな。




それからはもう、生きた心地はしなかった。


気づけば俺は、寮の荷物を纏めて、学園長に…退学届を提出していた。

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