第4話 冒険者は、お嫌いですか?

この世界に転生してから、約半年が経った。


フィリアの居る天界 ー本人曰く、厳密には転生の間らしいー から戻って、

俺はまず図書館に向かった。


「これが『あ』で、これが『い』で…」


辞書というのはどこの世界でも便利なようで、しっかり50音順になっていた。


俺が最初にやったのは、元の世界で言うところの平仮名の習得だ。

ある日、図書館を回っていたら初等教育レベルの漢字ドリルのようなものを発見した。

司書曰く、王都に進出する者は騎士も傭兵も商人も学校機関に行って、教育を受けなければいけないそうだ。


そういう訳で、まずは平仮名を完璧にしてから漢字の勉強をすることに決めた。


そうだ。面白いことがあってだな。

元の世界で言うところの英語もこの世界では用いられているそうだが、どうやら全部、元の世界で言うところの片仮名で表記されているようだ。


ちなみに、この世界では、平仮名は《ハ文字》片仮名は《ピ文字》

漢字は《ネ文字》とされているようだ。

ハ、ピ、ネ、と来れば当然、《ス文字》もあるだろうと思い、フィリアに聞いてみたところ、《ス文字》は、大昔に転生者が某翻訳系コンニャクよろしくどの言語も翻訳できる万能の本を落としたそうで、天界の言語もそこに書かれていたため拾った人が「新しい文字だ!」と提唱し始めてできたらしい。

つまるところ、用途はないわけだ。


そして、俺は文字の勉強をしていたが、並行してアルバイトも始めた。

エルザから住まいは頂いたものの、衣食の問題は残っているので金が必要だったのだ。


お父さん、お母さん。

あんなに自堕落でインドアだった俺も、ついに働くことになりましたよ。




そんな感じで約半年が経過した現在。

俺はというと………



「いらっしゃいませ!あ、バンダルさん!アレ、キンッキンに冷やしときましたよ!」


「ビールと本日のつまみセット、お、唐揚げも行っちゃいます?」


「パーバートさん、またナンパ失敗したんですか…じゃあ、今日は思いっきりいきましょう!」



誰だこいつは。

と、思ってくれた方は正解だ。



俺が働いているのは冒険者ギルドに併設されている酒場だ。

冒険者を目指していたので、金を稼ぎつつ町の外の情報を得るにはうってつけだと思い、頭を下げて働かせて貰った。

最初はいつもの根暗な性格でやってきたが、ある程度経験を積んでから、こういう性格の方が可愛がられ情報もたくさん渡してくれると判断し、仮面を被っているのである。

営業スマイルとか、八方美人とか、そんな甘いもんじゃない。


ちなみにこの世界は基本的にものの種類が少ない。

さっきの《本日のつまみセット》も俺が考案した商品だ。

最初にメニューを見たとき、唐揚げと枝豆とビールしかないのはビビった。

よくこんなんで経営できたな。

そんな感じで、割と活躍しているホースケである。



「ホースケ君お疲れ様。そろそろ上がっていいよ」


「はい!お疲れ様でした!」


満面の笑みを貼り付けて、俺は店の奥へと消えていった。



ーーーーーーーーーーーーーーー


帰宅。


「あ゛ーー。あ゛ーー。喉いてぇ…」


こんな生活をして長いが、それでも中々身体は慣れてくれない。

17年間の俺の経験は、薄っぺらいようで意外と芯があったようだ。


棚の引き出しから通帳を取り出し中身を見る。


ーどういうわけかこの世界にも通帳がある。一日働くと、その分の給料が振り込まれており、引き出しは魔法による本人認証がないとできないという超セキュリティ付きだー


「10…100…210万ハピネスか」


半年で貯金がこれ。食費しか出してないとはいえどう考えてもアルバイトの給料じゃないが、これには商品開発の報酬も含まれているそうだ。


『フィリア』


メッセージウィンドウを開き、メッセージを送る。

この機能、特典としてもらったはいいが、あんまし使う機会はなかった。


『久しぶりですね。どうかしたんですか?』


『俺、商人になるわ』


『はい?』

『え、何言ってるんですか!?冒険者は?!』


『元の世界の知識があれば金稼ぎできるのがわかったし、冒険者になる必要なくね?』


『いや、貴方この世界をハッピーエンドにして神さまぶん殴るんじゃないんですか?』


『この町って魔王様の支配外だし、新商品出してお客様もハッピーだしこれでよくね?』


『世界の規模が小さい!?』


『いいじゃないか。平凡な小市民たるこの俺が世界を救うなんて到底無理な話なんだよ』


劇運と狡賢さを持っている訳でもなければ、無限にやり直せる訳でもなく。

仮にマスターなソードを見つけたとしても俺が抜けるとは思えない。


『それに、この生活も案外悪くないんだ』


クエストを終えた冒険者方を迎え、冒険譚を肴にビールを出す。

今日のクエストは簡単だった。今日のクエストは死ぬかと思った。

三者三様の話を聞いているだけでも、俺は充実感があった。

平然とは真逆の仮面を被っていても約半年間やって行けたのがその証拠だ。


『そうですか…。折角、魔王を倒してくれれば1つ言うことを聞いてあげようと思ったのですが…残念です』



……え?今なんでも言うこと聞くって。(なんでもとは言っていない)


『あ、さっきの無しで。ちょっくら冒険者なってくるわ』


『え!?あ、はい。ありがとうございます?』


魔王を倒せばフィリアとあんな事やこんな事やそんな事どころかどんな事をしてもいいわけだ。

まさにハッピーライフ。ここにタマホームを建てよう。


身仕度を軽く済ませ、俺は酒場へ猛ダッシュした。






ーーーーーーーーーーーーーーー


「らっしゃい!って、なんだホースケか」


「店長!俺辞めます!」


「え?ちょ、ホースケ君!?」


酒場に入った途端辞表を付き出した俺に、店長と同僚が目を見開いていた。


「急にどうしたんだ。何かあったのか?」


「俺、冒険者になるんで」


「冒険者って、あんな危ない仕事しなくてもホースケ君ならこの仕事でも十分活躍してるじゃないか」


「金でも足りないのか?」


「魔王ぶっ飛ばして、ある女の子とハッピーホームを築くんです」


そう言うと、店長は高笑いして


「はっはっは!!女の為か!なら止められんな!」


「今までありがとうございました。この恩は、いつか必ず」


「おう!今度からはお客様だな!」


気前よく送り出してくれた店長達に一礼して、冒険者ギルドへ向かった。






さあ、俺の崇高な英雄譚の始まりだぜ!










…ちなみに、夜も更けていたのでギルドは閉まっていた。

蔵に帰ってから、ふと冷静になり、何であんなにテンションが高かったのか不思議で仕方なかったホースケであった。

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