05 その頃の異世界

 駅前の繁華街は閑散としていた。

 皆、モンスターを恐れているのか、外出していないようだ。店もいくつかはシャッターが降りている。

 今日は学校は休みだ。明日は学校あるのかな。永遠に休校でも俺は構わない。

 パーティーを組んだ俺たち三人は、作戦会議のために駅前のうどん屋に入って、なぜか一番安いカレーを頼んだ。ちなみにカレーは心菜のリクエストだ。

 

「さて、これからの行動方針を決めたいところだが……」

「はい! 秘密基地を作りましょう!」

 

 心菜はスプーンを持った手を挙げて提案した。

 

「崖がゴゴーっと二つに割れたら、隊員の乗った飛行機が発射するんです」

「意味不明だ。却下」

 

 俺は頬杖を付いて、真を流し見た。

 真はへらりと笑う。

 

「そうだなー。今の内にダンジョンに潜って、宝箱を開けまくろう……とした冒険者から財産をくすねる準備をしようぜ。代々木公園の前に換金所を作って、素材を安く買い取る。そして転売する」

「なんで闇商売始めるんだよ。却下」

 

 どいつもこいつも、ろくな事を考えねーな。

 

「じゃあ枢っちは何をするんだよ」

「俺?」

 

 真と心菜は、俺の答えを待っている。

 

「……道具屋をやりたい」

「枢っち、生産系ジョブが好きなの? 魔法使いなのに?」

「できなかったから、したいというか……」

 

 異世界でクリスタルの体だった時、小さな工房を営む職人の生活を見て、良いなあと思ったのだ。大富豪で無くて良い。貧乏だけど自分の好きな物を作る、慎ましくて平穏な生活がずっと続けば良い。

 あれ? いつの間にか本題から逸れてる気がするぞ。

 何の話をしていたっけ。

 俺が悩んでいる間、真はあっけらかんと話題を変えた。

 

「俺たちの中では、心菜ちゃんが最高レベルかー。Lv.100を越えてるやつなんて、めったにいないもんな。ま、普通の人間の限界レベルは100だし」

「そうなのか?」

「そうだよ。枢っち、どうしたん? そんな難しい顔をして」

 

 確かに人間はLv.100以下が多かったな。寿命があるから、レベル上げする時間が限られているんだ。俺は人外だから関係なかったけど……。

 

「枢っち、ステータス偽装してるよな。本当のレベルはLv.50じゃないだろ」

「ギクッ」

 

 真の指摘に、俺はひきつった顔をした。

 

「本当のレベルは?」

「……九九……八十一……なんちゃって」

「そうかーLv.81かー……なんて誤魔化されるか! 本当はいくつなんだよ?!」

「……999」

 

 真と心菜は「何言ってんだコイツ」という表情になった。

 なんか……すんません。

 

「後で本当のレベルを教えてくれよー」

「……うん」 

 

 俺は頷きながら、当分ステータスを明かすのは無理だな、と諦めた。

 

 

 

 

 その日の夜。

 俺は、異世界の夢を見た。

 

 

 

 

 目を開けた時……俺が見たものは自室の天井ではなく、瓦礫の散らばる大広間だった。

 異世界のアダマス王国にある守護結晶じぶんが祀られた大聖堂。

 ヒビが入ったクリスタルの俺の身体は、半壊した大聖堂の床に転がっている。

 いったい何がどうなってるんだ?!

 広間は穴ぼこだらけで天井は崩れ落ち、青空が見えていた。

 イイテンキダナー(棒読み)。

 しばし放心する。

 

「……おお、またしても聖なるクリスタルが、我々を救ってくださった」

 

 煤と灰に汚れた神官服を着た人々が、恭しく俺を持ち上げ、丁寧に台座に戻す。復旧工事が始まるみたいだ。

 状況から鑑みるに、ここはあの金色のヤマタノオロチと戦った後の世界らしい。敵の攻撃を受けて、もう死ぬ! と覚悟した後、何故か現実世界で目覚めた訳だが、異世界の方の続きである。

 

「暗雲の主は去り、空が帰ってきた。なんたる奇跡だ……」

 

 この日を国民の祝日にしよう、とか偉い人が言ってるようだ。

 俺のおかげで休みが増えて良かったな、うん。

 それにしても異世界の石ころに逆戻りか。

 もしかして「死ぬ前にもう一度心菜に会いたい」と思っていたから、願いが叶って一時的に現実に帰ったのかな。

 

 つらつら考えていると、上空で突風が吹く。

 真珠のような鱗を持つ竜が広間に降りてきた。

 

「皆のもの、攻撃するな! あれは竜神ぞ! 敵のモンスターではない!」

 

 神官たちは驚いて臨戦体勢になるが、すかさず白い髭を蓄えた偉そうな爺さんが制止する。

 賢明な判断だ。

 

『祝福の竜神リーシャン Lv.999』

 

 黄金の角を額に戴いた、美しい白い鱗の竜神リーシャン。

 何を隠そう、石ころでボッチの異世界の俺にできた、希少な友達である。

 

「心配したよ~、アダマント! 砕けちゃったかと思った! 君がいなくなったら僕は寂しくて死んじゃう!」

 

 リーシャンの声は高くて性別が分からない。

 そんなキンキン喚くな。

 ヒビに響くだろ。

 

「あー、ヒビが入ってる! アダマント~!」

 

 リーシャンは俺の傷を見て大騒ぎした。

 石ころの俺はしゃべれない。

 だがリーシャンは読心能力があるらしく、ぼんやり俺の意思や感情を読み取って会話してくれる。きちんと話せたら俺の名前はカナメだと伝えられたのだが、そこまで正確な意志疎通はできなかった。

 

「君が放った光で、黙示録獣アポカリプスは頭をいくつかが吹き飛ばされ、退散したんだよ」

 

 黙示録獣アポカリプスとは、あの金色のヤマタノオロチのことだろうか。

 

「そうだよ。奴はこの世界を平らげることを一旦、諦めたみたい。別の世界に向かっている」

 

 別の世界、だと……?

 

「時空のメルトダウンの影響で、この世界は今、別のジ・アースという世界と繋がっているんだ。黙示録獣アポカリプスはジ・アースへ向かった。そちらの世界の方が滅ぼしやすそうなんだろ」 

 

 な、なんだってーーっ?!

 俺は驚愕しながら、同時にリーシャンの台詞が重要な情報を含んでいることに気付く。

 心菜との再会はやっぱり現実だった。

 異世界が現実世界を侵略しつつある。

 えらいこっちゃ。

 

「なんでそんな焦ってるの? もうっ、アダマントの考えていることがもっと詳しく分かれば良いのになー」

 

 リーシャンは手足をバタバタさせた。

 床が壊れるから止めて。

 それに読心能力を発達させるより、普通に肉声で話をしようよ。考え読まれるとか怖い。

 現在世界の地球でなら、人間の身体だから普通に会話できるんだけどな……あちら側に戻るにはどうしたらいいんだ。

 

「今度は悩んでる。うーん……しょうがないな。次に来る時は、壁の補修ができるミラクル修正テープを持ってくるよ! きっとアダマントの傷も直るから!」

 

 頼んでない。ひとを壁と一緒にすんな。

 

「じゃあ、またね!」

 

 言いたい事だけ言って、リーシャンは壁の穴から帰って行った。

 黙って隅で佇んでいた神官の一人がぼそりと言う。

 

「竜神さま……どうせなら大聖堂の補修を手伝って下さらないのでしょうか」

 

 それ、俺もちょっとそう思った。

 

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