第15刻:紅智%《アカサトパーセント》の経緯なり

 生徒会役員選挙から数日。終業式も一週間後に迫り、三者面談もそろそろ始まってくる。

 あれから無事、生徒会役員となれた俺だが、同時に綾黒への恋心も知ってしまった。


 だらと言って、別に生活が何ら変化する訳ではなかった。無自覚だっただけで、ずっと好きだったのだから当たり前と言われればそうなるが。


「おはようございます、紅智君」


「おはよう、綾黒」


 微笑みかけてくる綾黒に挨拶を返す。平静を保つとかは意識しなくてもできるあたり、綾黒への恋心に疑念を抱くこともある。

 あとは三者面談を経て夏休みを残すだけとなった一学期。思えば綾黒とばかり関わってた気がする。

 仏頂面しか見せなかった愛想のないやつが、本当に変わったもんだ。


「あの、少しお話があるのですが、いいでしょうか」


「………いいけど、何だ?」


「…………前に両親に会ってほしいという話をしましたよね」


「そうだな。そろそろ都合がついた感じか?」


「ええ、それで終業式の放課後、少しでいいんです。空いていますか?」


「………バイトもない日だし、少し呼び出されてるけど大丈夫だと思う。…………お前の両親といえば、今のお前を認めてくれてるのか?」


「…………。それは正直、何とも言えないです」


 綾黒から聞く限りだと、かなり普遍的な物言いをされていたので、基準レベルまで上げて翻訳する。

 自分を極限まで追い込み能力の底上げに務めてるスパルタ教育に加えて、自分よりも低いレベルの奴を劣等生として見ることで追い込みをかける。

 俺的には能力の底上げというのは正しいが、人間味の欠片もないそのやり方は間違えていると思っている。


 自由を許さず、役目をまっとうとさせる。そういう教育方針の親ほど、頑固で面倒で子どもの精神状態の気遣いもできてない、と


「そっか。お前、前に進める奴なのに、見る目のない両親なんだな」


「……………!」


 驚いた様子を見せる綾黒。思えば、俺が綾黒への評価を口にする度、見飽きるほどにこんな反応をする。きっとまだ自分を認めきれないのだろう。

 だから、綾黒の両親の前でこの不満を滑らせてしまわないか、不安があった。



 ***



 昼休み。今日、水戸は委員会でいないし、綾黒は他の友達と食べると言っていたので、久しぶりに一人で食べることになる。

 そこへ、


「おーい、紅智」


「どうした荒木。いくら期末の課題が終わってなくてもノートは見せてやらないぞ」


「人の顔を見た瞬間に要件を決めつけんなよ! 俺だってやる時はやるんだよ! ってか、お前に言われたかねぇわ!」


「いや、課題じゃ勉強方法合わなかったから高得点取るために他のやり方してただけ」


 事実、俺は期末の課題を当日までに終わらせていなかった。その代わり、俺のテストの点数はほとんど8割を越えていた。ちなみに綾黒はほとんど9割と、次元が一つ高かったりする。

 だが、荒木は俺のセリフを言い訳と受け取ったのか、得意気な顔をする。いつもより荒木の顔が腹立つな。


「は! 言い訳は男のすることじゃねぇな」


「ま、テスト終わってから速攻で終わらせたけどな」


 期末考査当日に提出するものはテスト明け、授業日に提出するものはその日に提出した。

 一応毎日勉強してるから、テスト前はともかくとして、時々やることなくなるんだよな。


「……………」


「で、お前はわざわざそんなことを話に来たわけじゃないんだろ? その腹立つアホ面を元に戻して早く要件を言ってくれ」


「アホ面って、てめぇ。………まぁ、いいや。俺終業式の日のトップバッターなんだけどさ、三者面談の日にち交換してくれね?」


「いいけど、どうした?」


「終業式終わったらすぐに父ちゃん母ちゃんの実家がある沖縄に行くんだわ」


「ふーん、そういうことね。了解」


「ありがとな。8月中旬までは帰れねぇけど、お土産楽しみにしててくれよ!」


「あぁ、夏休みの課題も終わらせとけよ」


 荒木は「うっせ!」とだけ軽口を残すと、購買に行くらしく、走っていってしまった。購買で買ってからくればいいのに。今さらロクなものが売ってるとは思えない。


 まぁ、終業式の日になったのはちょうどいいか。綾黒の三者面談も三番目だったはずだしな。

 それと俺に呼び出しかけた小波さんは二番目。その間に綾黒の両親と面会すればいい。

 予定が目白押しだが、それらに影響が及ぶことはないだろうとタカを括っていた。



――――――――――――――――――――




 ――時は戻り、合コン会場にて。


「結局、終業式の日は色々ありすぎて午前だけだったのに帰るのは午後6時くらいになっちゃったし」


「…………………」


「どしたの、小波さん。顔怖いけど」


 そこまで話したところで小波さんの顔が険しくなっていたので、心配になった。

 けど、小波さんは表情を和らげる訳でもなく、こちらを睨み返して返答。


「…………………顔が怖いってあんまり女子に言うものじゃないよ。それに何でもないし萌奏ほのか、顔怖くしてるつもりないし」


「何か言い方が刺々しい気がするけど、悪かったよ」


「……………いい。こっちも話してもらっておいてごめん」


 小波さん、怒ってるかと思えば潮らしい。

 少し気になるけど深入りし過ぎるのは良くないだろう。


「いや、言わなくても心読まれそうだから話しただけだしいいよ別に。とりあえず俺が綾黒に恋した経緯はそんな感じかな。まぁ、今は訳あってその気持ちもなくなったけどね」


「…………そう」


「………………飲み物取ってくるところだけど、小波さんの分も取ってこようか?」


「…………林檎サイダー」


「分かった」


 ***



 小波さんの分に林檎サイダーを注ぐ。俺は炭酸が飲めないので、自分の分には野菜ジュースを注いだ。


「小波さん、どうして怒ってたんだろ。俺、何かしたか…………?」


 小波さんの様子がおかしくなったのは俺が話し終える辺りだった。

 それらしい理由は二つしか浮かばない。根拠がないので、確証はないけど。


 まず1つは俺の話がつまらなかったから。それだけであんなに怒るような性格をしていないはずだから、根拠以前の問題だ。

 もう1つは小波さんが俺に――


「恋してる、とでも言いたいの?」


「………小波さん。ドリンクは俺が持ってくから平気だったのに」


「違う。遅くなるかもだからママに連絡しようとしただけ。それよりもさっき紅智が考えてたことの方」


「…………恋してるってのはさすがにないとは思ってるよ。俺が小波さんに惹かれる理由とかないし」


「………っ。分かってるならいい。

 いい加減認めるけど、確かに怒ってるよ。紅智からは何もされてない。萌奏が怒ってる理由分かる?」


「………………」


 さらに苛立っていらっしゃる。

 けれど、心当たりらしい心当たりも根拠のないものしか浮かばない。十数秒考えて結論は出なかった。

 いい加減痺れを切らした様子の小波さんがこちらに冷たい目を向けて聞いてくる。


「分からない?」


「…………考えたけど、俺には分からない」


「………もういいや。飲み物そこに置いといてくれればいいよ。飲んだら帰る。お金出すから少し待ってて」


「ちょっ…………!」


「…………ごめんね。皆には謝っといて」


 そう言い、小波さんは一気にサイダーを飲み干した。


「………」


「でも、今は紅智と話したくない。…………バイバイ」


 俺は引き留める気力もなく、お金を受け取り彼女の後ろ姿を見送った。


「…………………」


 野菜ジュース片手にしばらく突っ立っていること数分。俺は壁と向かい合い、

 力いっぱい壁を殴り付けた。


「…………………知る、かよ」


 考えても分からないって言っただろ。分からないことにぶちギレられても知らねぇよ。分かってほしかったなら教えてくれてもいいだろ。

 俺は小波さんみたく、人の心が読める訳じゃねぇんだよ。俺がもしも何もしてないんだったら、どうしてお前は怒ってるんだよ。


「………けい


「………………綾黒か。」


 右拳で壁に寄りかかるのを止め、振り返る。今ではこんなだが、昔の悪縁という経験則もあり、声だけでどんな気分なのかは分かる。

 俺を案じている。もしかしたらそんなことは誰でも分かるかもしれない。打ち解けた時からずっとこいつは心優しい奴だから。


 余計な個性が加わったとしても、根っこの部分は変わらない。昔のことを思い返したからだろうか、そう捉えることができた。するといつものように拒絶する気も失せてくる。


「飲み物取りに行ってるにしては遅かったから気になったの。小波さんもいなくなってたし、京といるかな、って」


「小波さんなら帰った。」


「知ってるよ。怒ってたもんね」


「あぁ、どうしてだか俺には分からない」


「………そっか」


「………………」


「………分かりたくても、言葉で言ってくれなきゃ分からないよね」


「…………そうだな。だからはっきりと言ってほしかった。俺自身はっきりと言ってやれなかったって後悔をしたことがあるから尚更そう思う」


「確かに、そんなことあったね。

 ……………でもさ京。言われなくても分かってほしいこと、あるでしょ。わがままで自己中心的な考え方だけど、大切な人とは以心伝心してるって思いたいから」


「………………」


「………。京が教えてくれたから」


「…………! 待――」


 綾黒が紡いだ言葉で、彼女が何をしようとしているのか、分かった。

 けど、その先は紡がせてはいけない。俺はその先にあるものの答えを決めているけれど、それはしたくない。

 両手で耳を塞ごうとするが、間に合わず。


 彼女のその顔は。


「――私は紅智京がどうしようもないくらい大好き。」


 恋する少女にしてはあまりに堂々としていて。

 ついに、俺はその覚悟を聞いてしまった。


 ――知ってる。その気持ちはずっと知ってた。俺は俺を見るお前に幻滅した。嫌いなんだ。そんなお前が。

 それでも根っこは変わらないから、努力家で誠実なお前を傷をつけたくない。大切なんだ。そんなお前が。


 生徒会選挙の日、俺はお前に恋した。付き合いたいかどうか、実は悩んでたんだ。けど、俺は現状維持がしたいって決断した。

 誰かのためになれるお前を好きになったから。俺と結ばれたら、きっと綾黒は誰よりも俺を見ようとするだろう。何があっても俺が綾黒を縛りたくはない。


 けど、実際俺はお前から好意を向けられていると知った途端に、その決意が壊れて、お前と結ばれようとしてしまった。


 だけど何よりも現状維持をしたい理由は。


『私はもっと自分を磨いて、誰かの役に立ちたい。皆に歩み寄れるような人になりたい。

 そしていつかお父様とお母様の仕事を継ぎます。世界的大企業の社長として恥ずかしくないように、今からでもその一歩を歩むの』


 終業式の日に、綾黒から打ち明けられた将来の話。明らかに俺のいるような場所の次元を越えて、多分未来の俺はそこまで行けないところで。

 だから俺は綾黒の邪魔になる。綾黒のために俺にできたことは、もう約一年前には終わってた。


 綾黒からの期待も信頼も好意も、どれも俺には重たすぎる。


「…………1つ、聞いていいか?」


「…………?」


「お前はどうして俺に執着するんだ?」


「あなたが好きだから」


「それはさっき聞いた。……………じゃあ、どうして俺を好きになったんだ?」


「……………そっか。忘れちゃったのか」


「…………え」


「終業式の日に紅智君が私のためにしてくれたこと、覚えてますか? その時からなんですよ」


「お前わざと敬語で………ってか、終業式の日?」


「はい。私はあの時、あなたのおかげで自由になれたんです」

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