第13刻:綾黒%《アヤクロパーセント》の友達作りなり【後編】

 ラッキースケベに遭遇してしまうことは人生の中で何度かあった。ラッキーとか言う割には俺にとって嬉しさとかがなかったが、相手からすればたまったものではないのも確か。

 よってこっちが取るべき行動は一つ。頭を思い切り床に叩きつけ、頭が痛いのを我慢して両手を床につく。


 ――土下座である。


「本当に申し訳ございませんでした!!」


「いえ、成り行きを考えれば紅智君が悪いところは何もありません。それにすぐに目をそらしてましたから、わざとでないことも分かっています」


 わずかに頬を染めた綾黒からお許しのお言葉を頂き、ついほっとしてしまう。


「で・す・が…………」


 その束の間、綾黒の羞恥心に包まれた表情が一変、


「どうして女性用ファッション店に男子の紅智君が、それも一人でいるんですか?」


「………………」


 綾黒からとんでもない圧を感じた。さっきとの落差にビビってしまい、冷や汗をかく。

 朱莉姉のためであるという事情を説明しようにも、ヘビ睨みされたかのように体が微動だにしない。

 弁明できないままでいると、ついに俺が綾黒に土下座する原因を作った女子二人まで睨み付けてきた。いつまでもこうしている訳にはいかないので、内容を頭のなかで噛み砕きながら切り出した。


「…………実は」



 ***



「そうならそうと早く言ってください」


「いや、あそこまで無表情の圧力出されてたら普通にビビる。とは言え分かってもらえたなら良かった………」


「どうかな、普通に綾黒さん騙したら反応が可愛いからって理由で適当な嘘ついたとか」「それでいて放課後から発情したいやらしい視線を向けながら綾黒さんの尾行してたとか」


「俺は新手のストーカーか何かか?」


 聞き捨てならない呟きが聞こえたので、釘を指しておく。というか特大ブーメランが突き刺さっているが、自覚しているんだろうか。


「要するに紅智君は紅智先輩のために服を選びに来たってことなんですね」


 良かった。今度は綾黒に誤解されてない。


「そういうことです。はい」


「なら、理不尽に怒ってしまったお詫びを兼ねて、私も手伝いましょう」


「…………へ?」


 ***



「紅智先輩であれば髪色が紅色にせよ青い服でも問題ありません。先輩の落ち着いた雰囲気にさぞかし似合うことでしょう」


 結局、綾黒が選んだものは俺が悩んでいた白か黒かの二択のワンピースなどではなく、青色の半袖ブラウスと黒色ロングスカートだった。

 ファッションセンスの欠片もないことへの恥ずかしさから頭をかく。


「…………やっぱり難しいなファッションって」


「私も今日指南されたばかりなのでそこまで詳しくは分かりませんよ」


「………ま、それでも男が選ぶよりかはマシだよな」


 お互いにぎこちなく微笑みながら軽口を叩き合う。

 と、そこで綾黒は少し落ち込んでしまう。


「……………でも、私は余計なことをしてしまったのではないのでしょうか」


「は?」


「弟思いな紅智先輩はきっと、紅智君の選んだものであれば何でも喜んでくれる気がするんです」


「なるほどねぇ。ま、あの姉のブラコン属性から分かる通り、確かにそうだな」


「ええ、だから私が選ぶのは何かが違うような気がします」


「ま、綾黒が選んだものだしな」


「………でしたら、やはり…………」


「――いや、でも普通に綾黒が選んだそれを俺も選んでるんだからな。初めて出会った時もそれっぽいこと言わなかったっけ?」


 別に綾黒の目が大きく見開かれたりとかはしない。ぶっちゃけ、それは、


「相変わらずですね。紅智君は」


 俺が変人扱いされた初対面の時と然程さほど変わらないからだ。

 ただ、綾黒が笑顔を向けてくれるようになった――それだけでも初対面の時とは決定的に違う。


「――気持ち悪い笑みを綾黒様に向けないでくれる?」「綾黒様、こんな奴に曇り無きスマイルを向けない方がいいですよ」


「え、いきなり何故毒舌!? つーか様!?」


 今まで鏑木さんと共にどこへ姿を消していたのやら、突如として真後ろに現れた鏑木さんの友達(確か金田さんと泉さんだったはず)から受けた毒発言が突然すぎて頭の処理が追い付かない。


「当然よ。綾黒様は偉大だもの。それなのに、綾黒様に馴れ馴れしすぎる。せめて敬意を弁えられるようじゃなきゃね」「まったく、綾黒様のために少し離れていたけど、私達がいてもたってもいられなくなるほどに不敬極まりない」


「ごめんね、紅智君。2人に悪気はないの」


「あぁ、明らかに狂信者の立ち振舞いだアレは。それが分からないのはおかしい」


 狂信者あんなのがいるんだ。例え存在感のない鏑木さんが後ろから声をかけてきても驚きはしない。


「でも、本当に紅智君は少し綾黒様への態度を気を付けた方がいいよ」


「分かっちゃいたが、やっぱりお前もか!」


 叫びながら鏑木さんを見てみると、目が光を帯びていなくて少し怖かった。

 っていうか、残念な方向で見事なまでにキャラブレしてるな。確か気弱なキャラじゃなかったっけ?


「あの、鏑木さん、泉さん、金田さん」


『はい、どういったご用件でしょうか? 綾黒様!』


「うわっ………」


 マジかよ。綾黒が声をかけた途端に目にこれ以上ないほどの光を宿らせて即座に、そして敬意をもって反応している。ガチすぎてさすがにドン引きレベルのものだった。一応、同じ部活のやつもいるんだけど何か今後、気まずくなりそうだな。


 ただ、俺が有り得ないものを見たかのような反応を漏らしたのは、それが理由ではない。

 むしろ、彼女達3人の反応は本当に尊敬している。

 …………もちろんドン引きしてもいるが、それ以上に尊敬する。


 ――にも関わらず、それにも気づかずに目を輝かせて敬意をはらって反応していたのだから。


「――正直に言いますと、気持ち悪いです」


『がはっ……………』


 綾黒からの辛辣なご感想にショックを受け、喀血かっけつしながらその場にひれ伏す三人衆。何気に喀血って初めて見たかもな。

 そんなことを考えていると、綾黒はその横を素通りし、ファッション店の会計へと向かった。


「紅智君…………」


「は、はい!」


 声を張り上げる俺にキョトンとした目を向ける綾黒。うん、いつもの綾黒だな。うん、それはいいんだ。いいんだが………、

 …………ヤベェ、綾黒の方がすげぇ怖い。果たしてどんなことを言われるのか内心ハラハラしていますよ、俺?

 その証拠に背中に流れる油っぽい冷や汗がベットリとYシャツに染み付いている。


「行きましょう」


「…………はい」


 ちなみに、金田さんと泉さん、鏑木さんは綾黒への恐怖が大きすぎてトラウマが生まれたようだ。

 どうやら後々、発足されることとなる『綾黒教』なるファンクラブは、今回の件により綾黒への恐怖だけでなく、格好よさに惹かれた三人が奮闘して創設したものであるらしい。



 ***



 あの後、すぐに解散となり、とぼとぼと哀愁漂う背中を見せて帰路につく三人衆が印象に残った。

 綾黒が親睦を深めることにおいて致命的なミスをした。

 さっきまでビビっていて、ようやく落ち着いたのに、正直、俺は綾黒にかける言葉が見つからず沈黙を貫き通すしかなかった。

 ふと早歩き気味だった綾黒が歩みを止めてこちらを振り返る。


「…………やっはり、私は紅智君を悪く言う人を許せません」


 その目は真剣なものだった。


「……………お前は諸事情で他人の心に疎いからしょうがないけど、少し真に受けすぎだと思うぞ。あの三人にも悪気はないだろうからな」


「分かってます。でも、私には友達作りは向いてないのも確かです………。

 ついカッとなってしまって、一ヶ月前の時みたいに拗れてしまいました。前科がありながら同じ失敗をしてしまったんです。

 今度は私から動くべきだとも分かってますが、合わせる顔がないんです」


「………………」


 ゴメン、綾黒。深刻な悩みなのは分かるんだが、正直俺の心にグサグサと言葉の矢が刺さってくるんだ…………。

 何せにも関わらず、そんなことを気にもせずに変な企画に巻き込んだ張本人だからな、俺。


「ごめんなさい。こんなこと紅智君に相談しても仕方がないことですよね」


 やめろ。悪気がないのは分かったからこれ以上、天然で人の心を容赦なく抉りにかかるのを止めてくれ…………!


「いや、違くないんだが違――――」


「――あの!」


『――!』


 慌てた俺の発言を途中で遮るように叫ぶ人物に驚き振り返る。

 そこにいたのは息を切らした鏑木さん、泉さん、金田さんの三人。ここまで引き返してきたのだろう。


「………どうしたんだ?」


 さっき叫んだのは珍しいことに鏑木さんだった。


「あの、さっきはごめんなさい………!」

「調子に乗り過ぎました!」

「紅智君も、失礼なこと言ってごめん!」


「はぁ………」


 別に謝るほどのことでもないと思っていたのだが、ついでとはいえ折角謝ってくれたので返答する。

 それから俺の隣で狼狽える人物に傍目を向ける。


「…………え、あの………」


「ほら、お前からも何か言うことあるんじゃねぇの?」


 嘆息しつつ背中を叩く。

 直後、そんな俺に対して一瞬険しい表情と圧を見せる三人だったが、その間に決意の宿った瞳で三人を見る綾黒の雰囲気を察して押し黙った。


「私、ついカッとなっちゃって………場の雰囲気悪くしちゃってごめんなさい」


『……………』


 彼女ら三人は目を丸くするも、


「いいえ、気にしないでください」

「確かに雰囲気は悪くなったけど、それは綾黒さんを怒らせてしまった自分への怒りなので……………」

「つまり自己嫌悪です」


 と、口々に綾黒を擁護する。


「…………………」


「まぁ、つまりアレだ。お前は大層気に入られてるってことだな」


「…………!」


 お見事、綾黒の友達を作ろうという試みは達成された訳だ。

 目を見開きながらこちらを見る綾黒に微笑みを向ける。すると、綾黒も微笑み返してくれた。


「…………紅智君も、ですか?」


「………何が?」


「…………何でもないです」


 最後に呟かれた言葉の意味は、少し分かりかねたけど。綾黒がちょっとムッとした表情を見せてきたので、さらに疑問符が頭に浮かんだ。



 ***



 デパートでの解散後、私は家路を急ぐ。

 今日は紅智君以外の友達ができた日だから、早く日記を書いておきたいと思った。


『中間考査の成績もトップ5圏内、体力テストもA。いい学友にも恵まれて楽しい学園生活を送れています』


 日記を書きながら、思い返してみる。

 紅智君との出会いが私の狭かった世界を広げてきた。広がりすぎて一時期、勉強が手につかないほど悩んでしまって。そんな私の悩みを紅智君はたった1日で解決してしまって。


 お父様やお母様以外の人の役に立てる喜びを知って。

 もっと多くの人と接点を持ってよりその人たちのためになろうと友達作りをしようとして。

 自分の身勝手さを後悔する羽目になりながらも、紅智君が背中を押してくれて、素直に謝ることができた。


 ――私自身、大きく成長したのだと自信を持っている。


 そして日々、私の中で紅智君の存在が大きくなっていく。私の成長には、彼がいつも隣にいてくれた。

 紅智君にとって私は友達だということは分かっているけど、私は紅智君に好かれているのか分からない。

 だから――


『まぁ、つまりアレだ。お前はってことだな』

『…………!』

『…………、ですか?』

『………何が?』

『…………何でもないです』


 あの質問は紅智君が私のことを気に入ってくれているのか、という質問だったのに。

 紅智君からの答えを有耶無耶にされたのは少しだけムッとしてしまったり。


 モノクロだった人生が、たった一つの出会いで今はこんなにも色彩に溢れている――。


「書けました。それでは入浴を済ませて早めに就寝してしまいましょう」


 ――ガチャ


「――!」


 入浴の準備を進めていると、唐突に玄関の鍵が開いた。もしや、と思って玄関に行くとそこには、


「お父様。お母様。おかえりなさい」


『ただいま、瑠璃』


 私の最愛の両親が帰って来ていた。



 ***



 7月。夏の暑さがピークに近づいていくこの頃。時が流れるのはとても早いと日々思う。


 今になって思えば、綾黒はあの日を境にして大きな変化を迎えることとなる。

 4月に綾黒と出会ってから、早3ヶ月が経過して、ついに運命の日――三者面談の日がせまってきた。

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