第8刻:紅智%《アカサトパーセント》の出会いなり

「ってな訳でここ13号室が合コン会場になってる」


 小波さんがコクコクと真顔で頷く。それから俺はカラオケで盛り上がっているのだろうか、多少音が漏れる13号室のドアを開けた。


「只今戻っ―――」


 その盛り上がりに乗じるためにわざと声を張り上げて入出しようとすると―――


泉&金田『学園の美少女の未来の夫のためにも男子共非モテの愚行を許すな!』

荒木&水戸『学園の美少女に意図せずしてモテる裏切り者紅智京を許すな!』


 今にも喧嘩が始まりそうな険悪な雰囲気が、密室だった13号室に立ち込めていた。


「どういう状況だよコレは!?」


「………………………」


「ごめん、小波さんよ。そこで少し待っててくれる?」


「…………………あ、うん」


 俺にできることは、せめて加害者ではない小波さんに怒号が聞こえないようにすることしかない。ということで微妙な顔をする小波さんをここに置いていき、13号室のドアを閉めた。

 それから『生徒会役員が本領発揮する時。つまり、俺の独壇場ターンだ』と息巻いた。


 ***


「それにしても意外だな。綾黒が今回のバカ騒ぎにまったく関与してないだなんて」


「あ、う、うん」


「綾黒?」


 綾黒は真っ赤な顔で俺を見ながら頷くも、それは一瞬の出来事であり、すぐにそそくさと目をそらした。不思議に思うが、そんな俺は呆れた様子の小波さんから説明を受ける。


「うーん、相変わらずだね、紅智。ドアを開いた時に聞いた言葉を反芻すれば綾黒さんが何を気にしてるのか一目瞭然なのに………」


「ドア開けた時?」


 えーと確かそん時は喧騒が響いてきて………………。


 あ、そういうことね。


 と、表情に出さなかったことが不幸中の幸いだろう。その証拠に小波さんがこちらの心を読んでこない。分からない人に説明するなら、『学園の美少女に意図せずしてモテる裏切り者紅智京を許すな!』という喧騒が俺に聞こえたということで分かってくれるだろう。

 とは言え本人に告白された訳でもないし、放っておくか。


「……………まぁ、いいか。それよりもさっさと合コン始めよう」


 無理やりその場を収めていよいよ合コンが始まることとなる。話題を転換したことで綾黒が胸を撫で下ろしていたのは、気づかないふりをしておこう。


 ***


 さて、ここで座席の話をしておこう。

 入り口に近い順番で荒木、水戸、福澤、俺。女子は入り口に近い順番で綾黒、金田さん、泉さん、小波さん。つまり、綾黒の向かいは荒木で、俺の向かいは小波さんということになる。


 ちなみに、綾黒が向かいになるのを避けるために策を労した。

 荒木が全員分のドリンクバーを取りに行っている間、座席を決めることとなり、俺は入り口に一番近い席に座った。すると当然、綾黒は俺の向かいに座る。俺の隣に水戸が座り、その隣に福澤が座る。

 女子側は綾黒の隣に金田さん、その隣に泉さん、その隣に小波さんと座っていく。これで小波さんの向かいが荒木ということが確定した――――――――というところで荒木がドリンクバーを乗せたトレイを持って戻ってきた。


「お疲れさん。ほら、座れよ」


 と、俺は言いながらしれっと自分が座っていた座席を立ち、荒木を座らせる。


「気が利いてるじゃねぇか」


 勝利を確信していた綾黒がまさかの事態に『え!?』という表情をしていたことを心地良く感じていた。

 そして、俺は(綾黒の位置から一番遠い)小波さんの向かいに座った、という訳だ。


 ***


 そこまではいい。だが、折角の合コンだと言うのに自己紹介だけでカラオケに熱中しているのはどうなんだろうか。

 ただいま荒木の『うるさいけど地味に上手い歌』にその場のほとんどの人物が聞き入っている中、そうではない小波さんが俺に語りかけてきた。


「ねぇ、紅智は歌わないの?」


「まぁ、まだいいかな、と。そういう小波さんは?」


「私は異性とカラオケボックスに来たことなかったからなぁ、何か嫌って言うのかな……………それまた、恥ずかしいのか……………。何となく歌いたい気持ちにならないと言うか……………」


「ふーん、でも、歌った方が良くない? どんなに音痴だろうと」


「………………………」


 何気ない話をしていると、小波さんがこちらを無表情の眼差しで見てくるのに気づいた。ついでに綾黒が微妙に不機嫌そうにして俺と小波さんを睨んでいたことにも気づいた。


「…………小波さん、どうしたの?」


 (二人から)睨まれてるようにも思える眼差しに(さすがに)少し怯えつつも要件を聞くと、小波さんは小声でそれこそ俺にしか聞こえない声で切り出してくる。


「……………………ねぇ、紅智はさ。どうして綾黒さんに惚れたの?」


「――――は?」


 どうしてそうなるのやら。


「いや、さっきからチラチラと綾黒さんを見てるから何となく気になって…………」


「ん~~、昔こそ惚れてはいたけど今はまったく惚れてないからなぁ………」


 もう小波さんが心を読んでくるのはスルーだ。


「そうなんだ?」


「うん、そだけど…………」


「……………それが………を……けた理由………んだね」


「はい?」


 よく聞こえなかったのでもう一度お願いします、だなんて無神経なことは言えっこない。


「いや、こっちの話だから気にしないで」


「あ、うん」


 言えっこなかろうが心を読まれてしまえば結局は無意味。

 それにしても、綾黒に惚れていた理由か。


 ***



 最初は誰にも興味関心を抱かないあいつの異質さに興味が湧いた。ふと、その時は自分と重ねてしまったのだろう。


 ――こいつも、周囲の人間に恵まれなかった奴なのだろうと。


 俺の出身中学からじゃあ、合格がとても厳しいとされる未来学園に進学したのだって中学の同級生がいないからである。ギリギリでこそあったが、今こうして平穏を手に入れたのだ。

 中学の時みたいに陰湿な奴がいても初見殺しできるように髪を染めたのは無意味となってしまったが。




 教室に入るなり、自分の座席に着く。そして既にいた後ろの人物に話しかけてみる。


「おはよう、綾黒」


「……………おはようございます」


 その人物は机に広げた教科書やノートに視線を落としながら、律儀に無愛想な挨拶を返してくれる綾黒あやくろ瑠璃ルリだ。


「勉強か?」


「私の勝手でしょう」


「いや、偉いよなぁって思ってさ。そうやって自主的に取り組んでるんだから。俺も綾黒を見習おっと」


「…………………」


 と言って、綾黒から反応がないことを確認して俺もバックから勉強道具を取り出すと、それを机に広げて綾黒と向かい合うようにして勉強を始めた。

 それから何分経過しただろうか。綾黒は視線を上げ、初めて彼女の方から話しかけてくれた。


「…………………少し、語弊があります」


「……………語弊?」


 語弊って、どこがだ? 普通に偉いと思うけど……………。

 などと考えていると綾黒が解説するように口を開いた。


「私はお父様に『学校でも勉強をしていなさい』と言われたから勉強しているだけで、『自主的に』というのは間違いです」


「いや、違わねぇよ。何せ、その行動をするって『選んだのは』お前だろ?」


「…………………!」


 綾黒が少し目を見開いていた。驚いているのだろう。それを分かっていながら、敢えて俺は話を進めた。


「結局、自主的なんだよ。少しはな」


「紅智くんは変な考え方をしているんですね。普通の人ならそんな風には考えたりはしませんよ」


「言い方!」


 折角こっちが本音しかない慰めをしてやったのに変な考え方って…………。個性的とか独特とか、もう少し言い方あるだろ。まるで俺が変人みたいじゃないか。

 そんな風に心のうちに留めた憤慨をしていると、綾黒がごく自然に微笑んで俺に称賛の言葉を送ってくる。


「ですが、何だか納得できます。紅智くんは意外に真面目なんですね。自主的に勉強する努力家で、少し変わっていても自分なりの考えを持っていて、私とは違って立派です」


 その綾黒の表情に、送ってくれた賛美に、正直ドキッとしたが、俺は綾黒のさっきの発言を通して言いたいことをしっかりと言うことにした。


「…………何か少しだけ侮辱されてることは置いといて、やっぱり自分が立派じゃないことくらい分かってたか」


「……………………」


「俺とお前の決定的な違いは『自分から考え付いた選択肢を絞っている』か『誰かから既に絞られた選択肢を与えられたか』ってことだ」


「………………そうですね」


「とは言え、俺も立派と言うにはほど遠いけどな」


「…………?」


 意味が分からないとでも言いたげな表情をしている、のか?

 相変わらずほとんど無表情だから分からん。まぁ、取り敢えずこっちからも解説するか。


「『結果』だよ」


「…………………」


「自主的に行動したとしても、結果が出なきゃ意味がない。俺には努力する力があっても、それを結果で示せる実力がない」


「…………………」


「未熟者同士、これからも頑張ろうぜ」


「…………はい」


 笑いもしなければ驚きもしない。それでも、俺を認識してくれるようになっただけでも十分、進歩だ。


 ***


 ここから急速に打ち解けたことは覚えているが、どうしてあの時の俺が綾黒に惚れたのか。今、考えるとその理由が理解不能なほどに出来事が重なっていた。そんな過去をより鮮明に振り返るべく、俺は喧騒に包まれるカラオケボックスで目を閉じた。

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