第5刻:水戸%《ミトパーセント》の先見なり

 ――事件は唐突に起こった。


 時は放課後、勝負の時間。

 校門前に合コンメンバーの男子四人で集合(女子は下準備とかあるらしいから合コン会場に集合するまで男子とは別行動)している中、俺はおそるおそる荒木あらきに聞いてみる。


「え、と、取り敢えず前回の話で分かってたことだけど、女性陣のうち一人分が未定なの?」


「…………そうだ」


 荒木は身を震わせて申し訳なさそうに答える。


「でも、誘ったんだろ?」


「明日にすれば三人いたんだよ。でも、今日にしちまったから都合がついたのは二人だけで…………あとはお前が誘ってくれた綾黒の三人」


 何のために今日にしたのか言及したくなったが、荒木曰く、俺の願いのために量より質を選んだとかどうとか言っていた。

 だが、これでは男子メンバーと女子メンバーのバランスが取れない。こうなってしまった以上は今の危機的状況を脱する手段を考えなければ…………。


 荒木は救いの一手を求めるような瞳で俺を見てくる。こいつは今この状況において使えないな。

 水戸や福澤もそれぞれ異なる意味と役割でコミュニケーションが上手く取れるかの不安が残る。


「ってなると、使える手段は2つある」


「…………2つか」


「言ってみ?」


 水戸に促されて、俺はその手段を口にした。


「一つは今からでも参加してくれる女子を探すこと。

 …………もう一つは男子メンバーから一人減らすことだ」


『……………!!』


 三人から戸惑いの表情が浮かび上がる。無理もないな。現実味を帯びていて確実に実行可能な手段がどちらかくらいすぐに分かってしまうのだから。

 そして、現に一人、自らを犠牲にすることでその手段を講じようとする輩が出てきたり。


「俺、今回は止めとくよ」


 自分をやけに卑下する基本スタンスを備えた福澤ふくざわ浜地ハマチだ。

 だが、もちろん、俺は福澤のそんなところが大嫌いで認める訳にはいかなくて――、


「いや、女子メンバーの方を増やそう」


 だから水戸の提案には心から救われた。


「けどよ、今から加えるにしても問題があるぜ?」


「同性の友達が多くて、大抵の人と仲良くできて、問題って言ってもそんな感じだろ?」


「あ、あぁ………。でも、そんな奴がいないんだよなぁ」


「……………確かに」


 俺、紅智あかさとケイは生徒会という名目上、先輩後輩関係なく多くの人と関わることとなる。つまりはある程度の女子とは顔見知りということなのだが、その中から条件に当てはまる女子に心当たりはない。


 状況的には絶望的。そう見られた瞬間、またしても水戸から救済の手がおりてくる。


「いや、俺に心当たりがある。美少女の部類だろうし、質も問題ないと思うんだわ。

 とにかく、先に行ってスタンバイしてくれ。そいつに確かめてみる」


「え、俺は残るよ」


 流石に水戸に負担を抱え込ませ過ぎる訳にもいかない。俺は水戸と残ろうとするが、それは誰でもない水戸に否定されることになった。


「いや、お前がいるとむしろ説得が不可能になる。あいつ、お前のこと避けてるからな」


「……………?」


 水戸の言い方だと俺とそいつは面識があるってことになるんだけど、俺を避けるような人と面識なんてあったかな。

 いや、俺は生徒会だから目立つ可能性だってあるか。だとすれば、俺のこと避けてるんだから一方的な面識だってあり得る訳だ。


 ここは水戸の言うとおりにしておこう。


「分かった。それじゃ、任せていいんだよね?」


「あぁ、問題ない」


「それじゃあ紅智と福澤と一緒に先に行ってセッティングしてるからな」


「おう」


 荒木に促され、福澤と共に合コン会場へと向かった。


 それにしても、水戸の心当たりって誰なんだろう。

 俺の中には、そんな心が含まれていた。


 ***


 今回の合コン会場はカラオケ店。店員にオーダーを伝え学生証を提示し、連れが来ることを伝え、部屋に案内された。


 とりあえずは皆が来るまでカラオケをしてようということになった。荒木が選曲をし、それを見て俺がやり方を教わっていた時、福澤が歓談するように声を漏らす。


「合コンなんて初めてだな、俺」


「いや、俺もだから」


 というか、合コンなんてまともな人生してたら中々出くわさないイベントなのでは?


 ちなみにカラオケも人生初だったりする。

 しかも今回の目的である合コンでは福澤と違い、明確な理由がありながらも、それが「彼女を作りたい」という正気の沙汰じゃない理由ときたものだ。


 などと思っていると、選曲をし終え、曲が始まるのを待つ荒木が実も蓋もないことを言いやがった。


「結果に期待してるとこ悪いけど、合コンってあんまりカップルって成立しないんだぜ」


「いや、何のための合コンだよ」


 いくら経験者の言葉だろうと、我慢しきれなくてツッ込むくらいは認めてほしい。

 俺からのツッコミにも荒木はしれっと返答した。


「合コンってのはある意味、自由度の高い親睦会なんだよ。親睦会で男女交際が成立したら周囲が置いてけぼり感くらうけど、それが合コンなら至極同然となる。非難される謂れのないだけってことだが。

 分かったか?」


「うん。お前が説明した割にはすごく分かりやすかった」


「言い方に毒が残るのはどうにかなんないのかよ」


「うん。どうにかなんない」


 うん、いつものやり取りだ。

 俺が投げつけ、荒木が被害者。このテンションが保てるなら合コンでも心配ないだろう。


 荒木は諦めた様子でヤケクソぎみに歌を歌い始めた。マイク使わなくてもいいくらい声量がクソ高ぇのにも関わらず、マイクを使ってしまっているので、外にまで聞こえそうなほどうるさい。

 の割には歌が上手いのはいかがなものか。


 ――唐突にカラオケボックスのドアが開いた。


『…………!?』


 荒木の歌に(別の意味で)引き込まれていた俺たちは揃ってビクッとなった。

 おおかた、店員が苦情を言いに来たのだろうとおそるおそるドアの方を向くも、そこにいたのは汗だくの水戸だった。何と言うか、水戸のまとってる雰囲気がいい報告をしてくれないような気がした。


「水戸! どうした?」「水戸くん」


「……………」


 誰もが焦燥感に見舞われる中、俺の懸念は当たってしまった。


「――おい、ヤベェ! 駄目だった!」


「マジかよ!!」「……………」


 荒木も福澤も、何より水戸も悔しさを隠せない表情だった。俺は悪友達のその表情を見て、更に悔しくなった。


 皆が頑張ってくれたんだから、今度は俺だ。

 別に合コンはできる。けど、折角、悪友達がセッティングしてくれたんだ。


 俺は、ベストコンディションじゃなきゃ、嫌だ。


「疲れてるだろうから水戸は休んでろ! それと、女子達と合流したら先に合コン始めててくれ」


「紅智!?」「紅智くん?」「この期に及んで、どこ行く気だよ!」


 俺は駆け出しながら、せめてその場に一言だけ残した。


「皆が頑張ってくれたんだから、言い出しっぺの俺が何よりも頑張る番だ!!」


 悪友達の怒号が飛んできたけど、その内容は覚えてはいなかった。



 ***



「ハァ、ハァ…………ハァ……、ハァ」


 カラオケ店を飛び出して数分走り続けた。

 時間が惜しいから走ってきた。けど、疲れた………。もう走り方がフラフラしてる。


「あそこまで威勢良く飛び出したのに…………クソ。…………日頃から運動しとけば良かった」


 声もカラッカラ。

 恨み言を吐きながら、一旦立ち止まって息を整える。足とかよりも、肺がキツイ。


 マジで体力がヤベェ。精神が揺れる。


 休みたいし、もう走りたくない。


「――いんや、へばるな! 俺」


 無理矢理、プルプルと震えていた腰を落ち着かせ、再び走り出す。


 今、この状況でどうにかするためには、下校中のうちの生徒に当たるしかない!


 それはナンパを彷彿とさせる。生徒会としては最悪の行為だ。

 でも!

 皆が組み立てたものが台無しになることの方が、俺は嫌だ!


 そして、そんな想いが奇跡を成したのか、同じ学校で、それも運良く知り合いと遭遇した。



 ***



「ちなみにさ、水戸くんの心当たりって誰だったん?」


 荒木くんが落ち着いてきて、水戸くんの息が段々と整ってきたタイミングを見計らって、水戸くんに聞いてみた。

 もしかしたら紅智くんの手助けもできるかもしれない。


「~んとね、紅智とは一年の4月から関わってるんだけど、同じくらいの時期にかつてのクラスメイトと仲良くなったんだよ。紅智とそいつは結果的に疎遠しちまったけど、俺はまだそいつと関わりがあったからってんで、そいつを誘ってみた」


「ふ~ん、名前何て言うん?」


小波さざなみ小波さざなみ萌奏ほのか


 水戸くんがその名前を口にしたとき、奇しくも同じタイミング、時間で紅智くんはとある人と遭遇していたことを僕は知るよしもなかった。


 ***


「…………小波さざなみ、さん?」


 俺がその人物を驚愕の目で見ながら、その名前を疑問系で言う。

 すると、彼女は少し目を見開いた程度の反応だけで、すぐに真顔に戻ると、俺を見つめながら一言返してきた。


「…………うん。紅智あかさと、久しぶり」

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