第16話 逆襲

 ――気が付くと、雪上に倒れ伏していた。


「涼太、起きろ! 早く王様を助けに行かないと間に合わない!」


 アクセルに叱責され、急いで立ち上がる。


「ここはどこだ!?」

「ヘルン市を見下ろす小高い雪山だ! 見ろ、城壁が見える。確かに王灰が降ったにしては街が直っていない。やっぱりあの雪はフェイクだったのか。……なぁ、あの巨大な煙突が異世界の火葬場か? でかいな!」


 アクセルの驚愕した声につられてヘルン市を見ると、白い煙突が突き出しているのが見えた。ちょうど破壊した火葬場跡と同じ位置だろう。

 スヴェンが望遠鏡であたりを見回して言う。


「……スヴァリア軍は一時撤退したようだな。恐らく三日前の駐留場所だった森の中に待機しているんだろう。……マズいな」


 スヴェンが深刻そうに眉根を寄せた。


「ど、どういうこと?」

「今から山を下りて、駐留地に走り、軍を動かしたとしても遅すぎる。その間に王が焼かれるだろう。王を助けるには今でなければ……!」


 その声から焦りが窺えた。

 しかし、アクセルが無茶を言うなとばかりに、声を荒げた。


「でもこの人数で突入しても、火葬場に辿りつく前に全滅だ! それ以前に間に合うかどうか……」


 焦燥に駆られて、せわしなく対策を話し合うみんな。

 俺は唇を噛み締めながら、必死に頭を回していた。


(なにか、何か方法はないか……! いますぐ火葬場を破壊するような決定打は――!)


 全身がこわばり、声が遠ざかる。身体は熱いのに、冷や汗がこめかみを伝う。

 気が遠くなる……。

 頭は暴走し、ランダムで記憶を映し出した。


『破壊されたものを回復させる王灰』

『ひび割れた鶴の折れた煙突』


 アクセルの言葉、『それだけの長さがあれば、街の外からでも火葬場に、

 ――"狙撃ができたのに"』


(そうか、これなら――!)

 パッと、意識が浮上し目の前が明るくなる。

 

 俺はアクセルに向かって叫んだ。

「アクセル、ナイフを貸せ! あと誰か火をもってないか?」

 

俺の剣幕に驚いた顔をしたアクセルだが、我に返るとナイフの柄を差し出してきた。


「な、何をする気だ?」

「王灰を作る。そして鶴の煙突を直す!」

 名指しされた鶴は素っ頓狂な声を上げた。


『お、俺!?』

「そうだ。お前の煙突は折れていなければ、23mはある砲になる。アクセルが言ってた、『それだけの長さがあれば、街の外からでも火葬場に狙撃ができる』って」


 アクセルが感嘆の声を上げた。


「ああ! その手があったか! 幸いここはヘルンを見渡せる山だ。射程も十分ある」


 俺は頷くと、アクセルから受け取ったナイフで、ゆるく伸ばした淡い金髪を切った。

 モデル業のために伸ばしていたが、背に腹は代えられない。むしろ偶然とはいえ、髪を伸ばしていた幸運に感謝する思いだった。


 すかさず仲間の煙突掃除人のひとりが火のついた薪を差し出してきた。火打石を持っていたらしい。

 礼を言って受け取ると、鶴に呼び掛ける。


「ありがとう。……鶴!」

『あいよ!』


 意を汲んだ鶴が煙突の騎士形態に変形する。地響きのような音を立てて、着地した。

 折れた右腕の砲を差し出される。俺は鶴の砲の上で、髪の束をあぶった。


(……うまくいきますように)


 ぱらぱらと赤い灰が鶴の砲に降りかかる。灰が触れた瞬間に鶴のひび割れが一瞬で直った。これが王灰! 歓声が上がる。


(よかった、これなら――)


 続いて無くなった砲身の切り口に灰を振りかける。光が切り口に沿って円筒形にまっすぐ伸びていき、……どんどん長くなっていく。


「離れて!」


 慌ててみんなが離れる。鶴が砲の重さに足を踏ん張る。地面がめり込んだ。

 ……煙突の長さ約23mは伊達じゃない。

 光が淡く消える頃には、長大な砲身が横たわっていた――。


「こ、これは……!」


 あまりの長さに度肝を抜かれたのか、みんな開いた口が塞がらないようだった。

 俺は火のついた薪を雪に刺して火を消すと、鶴に呼び掛けた。


「鶴、いけそうか?」

『……ああ、問題ない』


 鶴は砲の重さに何度かふらついたが、腰を落とし重心を見極めてからはその姿勢は安定した。


「よし、全員で魔力を込めるぞ! 多分俺のだけじゃ足りないから!」

 呆気に取られていた面々だが、俺の要請に我に返ると鶴の砲身にみんなで手を押し当てた。青い光がほとばしり、鶴の砲身に魔力が充填されていく。


『もういい! 十分だ』


 鶴が声をかけるころには、大気がビリビリ震えるほどの魔力が込められていた。


「よし! 照準、火葬場!」


 合図と共にゴウンと砲身が持ち上がり、何度か調整した後、ピタリと止まった。次に仲間の煙突の騎士が砲を肩で支え、射角を固定した。

 望遠鏡をのぞいていたスヴェンが、驚いて声を上げた。


「王だ……! 火葬場に向かって歩かされている。まだ火葬場までの距離はあるが……」

「今撃ったら巻き込まれそう?」

「いや、今撃たないと間に合わない!」


 なら迷う時間はない……!


「撃て!」


 合図と共に轟音が響き渡り、俺たちは耳を押さえた。空気が振動し、木々に積もった雪がどさりと落下する。

 青く巨大な魔弾は弧を描き、――火葬場に着弾した。


 引き裂かれ、押しつぶされ、崩壊する建物。

 白い化粧石が剥がれ落ち、鉄筋が露になった。煙突はへし折れ、残骸がバラバラと広場に降り注ぐ。


「王様は!?」


 予想外に大きい被害に慌ててスヴェンに確認する。


「大丈夫だ、護衛兵に守られている」


 ほっと安堵して吐息を漏らすスヴェン。俺もこわばった肩をなでおろした。

 しばらくして山の下の方から複数の馬蹄の音が聞こえてきた。アクセルが歓声を上げる。


「スヴァリア軍だ! 砲撃音を聞いて何が起きたか確認に来たんだ」

「この山に来る。合流して、ヘルン市を攻めよう。涼太たちはこの山から砲撃を続行し、ヘルン軍を牽制してくれ」


 俺はすぐさま頷いた。


「わかりました! 王様を絶対に救い出してくださいね」

 スヴェンは頷いて笑うと、「後を頼む」と言いおいて山を駆け下りていった。半分の煙突掃除人が後に続いた。


 残された煙突掃除人と俺たちは、すぐさま鶴の砲身に魔力を込め始める。

 

 初めて、勝ち目が見えてきた――。

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