異世界【銭湯】ファンタジー『銭湯と煙突の騎士』

北斗

第1話 銭湯の息子


 俺の家は、昔ながらの銭湯だ。


 番台に籐の脱衣かご、年代物のマッサージチェア。小さな冷蔵庫にはフルーツ牛乳とコーヒー牛乳。脱衣所を抜ければ、タイルの大きな湯舟。壁には巨大な富士山の絵。昭和の香りに満ちている。


 客層も近所のじじばばで、時折、自宅の風呂が壊れた親子連れが恐る恐る入ってくる。そんな銭湯。

 ……正直じじばばが全滅したら潰れるんじゃないかと思ってる。俺も継ぐ気はないし、親父の代で終わるんじゃないかって期待、否、心配しているのだ。


 今どき銭湯なんて古いし、どんどん客足も減ってるし、同業者は軒並み潰れている。そんな先のないものに俺の人生を捧げる気はない。


 さて、中学の冬休みになり、俺は小遣い稼ぎ目当てで一人番頭台に座っていた。……継がないといった手前だけど、中学生は金がないし、ま、多少はね。それに片手間にジャンプを読める仕事、他にあるだろうか? いやない(反語)


 さて、夕方暖簾を出してからのトップバッターは、近所の勅使河原ねねさん。81歳。

 よぼよぼの手を精一杯伸ばして、番頭台にちゃりんと入浴料を置く。そしてにやりと笑った。


「あら、今日も涼太君が店番かい。お父さんを手伝って偉いねぇ」

「でしょー。もっと褒めていいっすよ。……ひのふのみの、……はい、ちょうどぴったり。いつもありがとうねー」


 お礼ににぎにぎと手を握ってみる。しわくちゃ。

 ねねさんはまんざらでもなさそうだ。


「あはは、歌手のきよしちゃんみたい。あんた顔がいいもんね。お母さん似で良かったねぇ」


 俺もにやりと笑った。

 淡い金髪をゆるく伸ばしている俺は、顔立ちもハーフで我ながら美形だと思う。母ちゃんは外国人だったらしいが、お産の時に俺を遺して亡くなった。


 勿論母ちゃんの顔は覚えていないが、俺を取り上げた元産婆さんのねねさんがいうなら確かに母親似なんだろう。

 自慢じゃないが、この顔のおかげで俺はモデルにスカウトされた。高校生になったらモデル業に足を突っ込む予定。髪を伸ばしているのもそのためである。

 やりたいことの為にはどうしても金が要るからなぁ。

 ありがとう母ちゃん、俺をこの顔に生んでくれて。


「でしょ。つくづく親父に似なくて良かったと思うっす」

「「あっははははは」」


 二人して笑っていると、ガツンと頭に衝撃がきた。目から星が飛び出す。


「悪かったな、俺がゴリラ似で!」

「お、親父……いきなりはひでぇよ」


 いつの間にか番台の後ろにいた親父にげんこつを落とされた。涙目で抗議してみるも、自業自得だろと冷たい目で見られた。

 ひどい、俺はゴリラなんて一言も言ってないのに。なぁ、ねねさん。

 と振り向くとねねさんはもう脱衣所に入っていった後だった。

 巻き込まれたくなかったらしい。……素早すぎる。あの人本当に81か。


「なに女湯をガン見してるんだお前」

「親父、高齢化社会って侮れねぇな……」


 親父はあからさまにため息を吐いた。


「湧いたこと言ってねぇで、涼、ちょっとボイラーに薪入れてきてくれ」

「ええー」

「お前以外に誰がいるってんだ。ったく、お前が薪くべると火勢がよくなるんだから、お前もつくづくボイラーに愛されてんな。……やっぱり顔か、顔なのか。ゴリラ顔はだめなのか……」


 ぶつぶつ言いながらも親父はだんだん落ち込んでいく。誰もそんなこといってないのに。こうなった親父はめんどくさいので、素直にボイラー室に向かった。ああ、かったるいなぁ……。

 ちなみに俺が見に行くとボイラーの調子が良くなるのは本当だ。ただし顔は関係ない。


 俺には煙突の声が聞こえるのだ。

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