邂逅

 高校に着いてまず確認したのは、玄関前に張り出されているクラス表だ。


 クラスは暦と別々になってしまった。


 落胆したのがバレたのか。友達作り頑張って! と応援しながらも、暦はニヤニヤと笑っていた。そんな暦にデコピンを一発お見舞いしてやった咲夜は、重い足取りで自分のクラスに向かった。



(二組、か)



 ちなみに暦は四組だ。隣のクラスはともかく、二クラスも離れていると中々会いに行けれない。


 この高校は進学校だから敷居が高く、地元だからといって気軽に試験を受けられないのだ。だから地元の高校にも関わらず、中学の頃からの同級生は片手で数えられるほどしかいない。中学の頃の知り合いもいないクラスなので、気が重い。


 チョーカーを掻いて、深呼吸をする。気合いを込めたところで、教室の扉を開いた。


 生徒はけっこう集まっていた。入学式の前に、自分のクラスに集合しろと説明会で言われている。その集合時間の五分前ということもあって、そこそこグループが出来上がっているようだ。


 何人かが、咲夜に視線を向けながら、ひそひそと話し出した。



「おい、見ろよ。男のΩだぞ」


「うそ、初めて見た」


「男の体でも、妊娠できるって本当なのかな?」


「Ωっていうことは、αの番がいるってこと?」


「首輪しているから、今はいないってことか」


「番って、男も女も関係ないらしいね」


「けっこう綺麗な顔しているけど、それでも男は嫌だなぁ」


「お前、βだろ。番じゃないから安心しろ」



 自分を見た瞬間広がりだした喧噪に、舌打ちをしそうになったのを堪え、ヘッドホンを耳に当てた。


 β、Ω、そしてα。いずれも性別を表している呼称だ。基本、男と女とで性別は分かれているが、男と女でさらに性別が分けられている。これをバース性という。


 それが、α、β、Ωだ。


 αは少なく希少価値が高い。αは優秀な者が多く、それ故に生まれつき社会的地位が高いのだ。αの女は男性器を持っていて、孕ませてることができるという。


 βは一般的な性別である。能力も平均並みと言われている。


 そしてΩは、αよりも数が少なく、絶滅危惧種だと揶揄されることもある。社会的地位が一番低い。その理由は、Ωは男も女も妊娠できる体になっており、Ωは繁殖するだけの存在だと認識されているからだ。誰かを妊娠させることも出来ない。人権なんて、あるようでないようなものだ。


 番とは、αとΩが持つ本能的性質のことだ。番は必ずαとΩで、α同士やΩ同士が番だということはあり得ない。とくに、運命の番は相手を選ぶことが出来ず、本能のままに決められているという。


 恋愛や結婚よりも結びつきが強いらしいが、番のαに一方的に捨てられて自殺したΩがいるので、本当に強いものなのか、と咲夜は思う。Ωからは番解消できなくて、αからしか番解消が出来ないというもの理不尽なものだ。



(番でも男は無理、か……オレの番が男だったら、ソイツもそう思っているのかな)



 そう思うと、少しだけ胸が痛くなる。まだ見ぬ番に対して、胸が痛むのも番だからなのだろうか。



(まあ、運命の番に会える可能性はとても低いらいしいから、関係ないけど)



 前の黒板を見て、自分の席を確認する。ほぼ真ん中の席だった。


 自分の席に座り。頬を付く。窓際の席だったら空を見上げているところだが、真ん中なのでそれが叶わない。



(憂鬱だ……)



 しばらくは、この好奇心と侮辱の目を向けられる日々を送ることになるだろう。こうなっては、とてもじゃないが友達作りだなんて無理だ。



(暦、やっぱりオレに友達は無理だ……)



 友達作り頑張ってね、とニヤニヤしながら応援してくれた暦を思い出す。あのニヤニヤは腹立つが、心配してくれていた。少し申し訳ない。



(……でも、オレは悪くない、うん)



 友達が出来ないのは周りの反応のせいで、自分のせいではない。好きでΩに生まれたわけではないのだから。


 そのとき、視線を感じた。好奇心とも侮辱とも違う、なんとも言い難い視線。


 ゆっくりと振り向く。振り向いた瞬間、後ろの黒板の前に立っている、一人の男子生徒と目が合った。


 男子生徒は、見目麗しい顔をしていた。まるでミルクを入れすぎた紅茶のような髪の色に、青い瞳を縁取る涼しげな瞼。すらりとした体格に、咲夜より十五センチ以上は高いだろう身長。


 彼の周りには、女子生徒が群がっていた。適当にあしらいつつも、男子生徒はじっと咲夜を見つめている。笑っているわけでもなく、睨むわけでもなく、ただじっと咲夜を見つめていた。


 彼の青い瞳に射貫かれた刹那、ぞわっと鳥肌が立った。



(な、なんだ……?)



 男子生徒に見覚えはない。会ったことはないはずだ。あんな見た目の男、会ったら忘れられるわけがない。それなのに、どうして自分を見ているのか。


――ズキッ


 頭痛がした。男子生徒から視線を外して、こめかみを押さえる。


 視線を逸らしたというのに、背中にちくちくと視線が当たっている。そのたびに、頭痛がした。



(頼むから、群がっている女子たちに集中してくれ……!)



 ぞわぞわ、と悪寒が背中を駆け上がっていく。彼の視線が何故かとてつもなく怖かった。


 咲夜の願いが届いたのか、担任らしき先生が教室に入ってきた。



「今から入学式だから、廊下に並べー。出席番号順にな」



 その言葉で、生徒たちが廊下へ出ていく。視線もなくなり、頭痛も治まった。



(た、助かった……)



 脱力していると、担任が話しかけてきた。



「どうした? 体調でも悪いのか?」


「いえ……大丈夫です」



 そう返事して、咲夜も席から立ち上がった。

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