第42話 精一杯の悪あがき
あの後、決勝で戦う相手について知ろうという話になり、2-Cと2-Eの試合を見に行くことになった。沢村と三浦に加え、
試合は2-Cの一方的優勢で進んでいた。
メンバーのシュートは力強いし、パス回しも素早いし、おまけにフットワークも良い。
「全員強いけど、あの2人は特に凄くないか?」
そう言いながら、俺は活躍が目立つ2人を指さす。
1人は長髪に鋭い目つきの持ち主で、ボールを投げるスピードは速く、相手のシュートも軽々とキャッチする。
もう1人は短髪に陽気な表情が特徴的で、素早い動きと意表を突くパス回しで相手チームを
「髪が長い方が宮川君で野球部のピッチャーだよ、それから髪の短い方が白井君でサッカー部でフォワードをやってるはず」
「はい? ピッチャーにフォワード?」
三浦から説明を聞いて、俺は一瞬頭が真っ白になった。
どうしてドッジボールに、ピッチャーやフォワードを務めるほど運動ができる生徒が参加してるんだ!!
「野球やサッカーは球技大会の種目に無いから、ドッジボールに参加したみたいだね」
「話としてはわかるけどさあ、なんでもっと人気のあるバスケットボールに参加しなかったんだよ……」
「あっちはあっちで、参加者の内3人がバスケットボール部員でレギュラーもいるって」
何、その圧倒的戦力。
それだったら、ドッジボールに流れもするわ。
間もなくして、2-Cの圧勝で試合が終わった。
「俺ら、あの強豪チームと試合をするのか……」
「なあ、吉村、何か良い作戦はないか?」
「いや、そう言われてもなあ……」
沢村に期待を向けられるが何も思いつかない。
それに作戦を考えたとしても、
「……あとは放課後に練習するぐらいしかないんじゃないか?」
作戦が思いつかないとなると、残る選択肢はこれしか俺には無かった。
ゲームのボス戦で詰まった時によくやる、困ったらレベル上げ。
現実じゃ、1日の練習で得られる成長なんてたかが知れてるが、やらないよりはマシだ。
沢村のシュートを俺がキャッチする。
これをひたすらに繰り返すが、こんな練習で勝てるのかという不安がどうしてもぬぐえない。
不意にガラガラと扉の開く音が聞こえ、俺と沢村が同時に扉に目を向ける。
「2人共、練習お疲れ様」
体育館に入ってきたのは三浦だった。俺達の所まで来ると、鞄から2本のスポーツドリンクを取り出す。
「これ、差し入れね」
「え? ああ、わざわざどうも……」
「あ、ありがとう……」
俺と沢村が共に礼を言い、三浦から手渡されたスポーツドリンクに口をつける。
……球技大会をやってて、女子から差し入れをもらえるとは思わなかった。
「ねえ、邪魔はしないから練習しているところ見てもいい?」
「そりゃ構わないけど、別に面白いものでもないと思うなあ」
「いいのいいの、そんなことは気にしないで」
三浦が笑顔を向けて、俺達から少し離れた所へ位置を取る。
「ようし! それじゃあ練習を続けようぜ!!」
「お、おう。そうだな」
さっき以上に張り切っている沢村にうながされて練習を再開すると、俺はいつの間にか、先ほどまで感じた不安が薄れているのに気づく。
その日は夕方まで練習を続け、その間、三浦は退屈した様子を見せることもなくずっと練習風景を眺めていた。
× × ×
次の日になり、やってきた決勝戦。2回戦の時よりもさらに多くのギャラリーが集まっている。
聞いた話では、男子のバレーボールは初戦で負けて、バスケットボールは2回戦で負けたらしい。つまりウチのクラスで決勝まで残ったのは俺達だけなわけだ。
そんなわけで、朝からクラスメイト達に「頼むぞ!」とか「絶対勝てよ!」と期待をかけられている。
2-Cの選手達が自信満々なのに対して、こっちのメンツは大声援に圧倒されていたり、対戦相手に
内心で精一杯自分を奮い立たせようとしている俺を除けば、まともに闘志を燃やしているのは沢村ぐらいだ。
「試合開始!!」
当然のように坂本がジャンプでのせり合いに負け、相手チームにボールが渡る。
宮川がボールを手にすると、俺に向かってシュートしてきた!!
「ぐっ!!」
危うくボールを落としそうになったが、何とか受け止める。
野球部のピッチャーなだけあって、球のスピードが半端じゃない。
「へえ、やるじゃん」
俺が捕れるとは思っていなかったのか、宮川が少し驚いた顔をした後、ニヤリと不敵に笑う。ここで焦らないところに強者の余裕を感じる。
「お返しだあ!!」
沢村が宮川を狙って攻撃するが、危なげなく受け止められた!!
くそっ、少し距離があったとはいえ、あの強さのシュートでも余裕なのか。
「思ったよりも強敵だな……こりゃ、余裕ぶってたら危なそうだ」
宮川の表情が引き締まり、目つきが鋭くなった。
うっ、本気を出してきそうな予感。どうせならナメてくれた方が良かったのに。
宮川のシュートが坂本に当たりヒットになる。
くそっ、確実に人数を減らす戦法に切り替えてきたか。
「沢村、宮川以外の相手を狙ってくれ。あいつからヒットを奪うのは難しそうだ」
俺の指示で沢村が白井に攻撃するが、よけられてしまう。
壁に当たって跳ね返ったボールを外野の清水が拾った。
「清水、パス!!」
沢村から呼びかけられた清水が内野にパスを投げる。すると、白井がボールを追いかけて走り出す。
「いただき!!」
高くジャンプした白井にパスボールを奪い取られた!!
すぐさま投げられたボールが上条に当たり、5対7とさらに差が開く。
その後、沢村が宮川と白井を避けて2人をヒットさせるが、こちらも2人落とされてしまい、3対5と不利な状況が続いていた。
「うおりゃあーー!!!!」
沢村のシュートがヒットして3対4と差を縮める。
攻撃を終えた沢村がこちらへ戻ってくるのを確認していると、
こうなったら、
その時、ボールを持った白井が宮川へわずかに目配せをした。そして助走をつけて俺にボールを投げようとしてくる。
俺が攻撃を待ち構えていると、白井が何故かボールを俺ではなく横に軽く投げた。
えっ、一体何のつもりだ?
俺は白井の行動にとまどいながらも、ボールが投げられた方向へ目を向ける。
「げっ!!」
俺が目にしたのは、ボールを手にした宮川が俺にシュートしてくる瞬間だった!!
予想外の攻撃に反応が遅れて、俺はボールをはじいてしまう。
もうダメだ、ヒットになる。床に落ちていくボールを止められない。
「うおおおお!!」
その時、飛び出した
「ナ、ナイスプレー、
「い、今のは完全にまぐれだからな。次やれって言われても、成功させる自信はねえぞ」
「なかなかいい勝負じゃん。それならコイツはどうだ?」
白井が俺を直接狙うのをやめて、外野と素早くパスを回し出した。
右、左、後ろとボールの位置がコロコロと変わり、沢村と
下手に走れば高速移動してコートを飛びだしてしまう俺は、ノロノロ動いて沢村をガードするので手一杯だった。
「あっ!!」
パス回しに振り回されて、単独になってしまった
これで俺と沢村だけになってしまった。だが、沢村のシュートが決まり2対2の同点に再び追いつく。
ここから勝つには俺と沢村が残った上で、少なくとも宮川か白井のどっちかをヒットさせないといけない。やっぱり
そう考えていると、白井が走って勢いをつけながら、俺にシュートしようとして――再びボールを横に投げた。
またフェイント攻撃か、今度こそキャッチしてやる。
俺はボールが飛んだ方へ急いで振り向き、次の攻撃に身構える。予想通り宮川が攻撃してくるが、ボールは俺から外れた所に飛んでいく。
「うわっ!!」
上がった悲鳴に振り向くと、沢村に当たったボールが床へと落ちるのが見えた。
しまった!! さっきのパスは、俺を避けて沢村を狙える角度から攻撃するためだったんだ!!
宮川が俺を攻撃してくると思い込んで、沢村へのガードが
とうとう内野は俺1人だけになり、本当に後が無くなってしまった。それに対して相手は強敵の宮川と白井が残っている。ここから逆転なんてできるのか……?
いや、まだだ。
三浦は大きく差をつけられた状況でも諦めずに食い下がって、あと少しのところまで追いついていた。
俺がこらえさえすれば、時間もまだあるし、チャンスは残ってる。
「沢村!!」
俺はボールを全力で山なりに投げて沢村にパスを出した。
これだけの高さなら白井にパスカットはされないだろうし、飛距離も十分あるから、沢村にボールが届く前に必殺のエネルギーも使い切れる。
パス自体は上手くいったが、ここで大きな壁が立ちはだかった。
攻撃の全てを沢村に任せているために、パスを回している間に宮川と白井が沢村から距離を取ってしまう。
もちろん同じことをする相手は他にもいたが、それでも沢村のシュートは通用していた。
しかし沢村が何回攻撃しても、宮川にはボールを捕られ、白井を狙ってもよけられてしまう。
何とか相手の反撃を全部防いではいるが、戦況が
現在、ボールは俺が持っているが、ジリ貧な状況を前にして動きが止まってしまう。
このまま沢村が攻撃を続けても防がれる。かといって俺のシュートじゃ弱すぎて話にならない。時間切れになれば人数差でこっちの負けだ。
こうなったら、バレないように能力を上手く使って勝てないか……。
不意にそんな考えが頭をよぎった。
……ダメだ、それだけはやっちゃいけない。
俺の能力はそんな融通が効くものじゃないし、仮にできたとしても、それをやれば
能力を使うのは思いとどまったが、だからといって打開策が見つかるわけでもない。
悔しいけど、ここまでか……。
「諦めないでえーー!!!!」
三浦の声が歓声の中でもハッキリと聞こえてきた。
声のした方向に向くと、両手を口にあてて必死に声を張り上げている三浦と目が合う。
三浦は応援でも、あそこまで全力を出してるのか……。
そうだ、まだ完全に終わったわけじゃない。試合が終了するまでは精一杯あがいてやる。
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