第36話 沢村の意気込み

「吉村ー、早く練習に行こうぜ!!」

「わかった、わかったから!! 支度くらいはさせてくれよ!!」


 放課後になったとたんに俺を引っ張ろうとする沢村をなだめながら、鞄に荷物を詰め込み終えると、そのまま体育館に向かった。


 体育館に入ると、既にバスケットボールやバレーボールの練習を始めてる生徒が多くいる。用具室にボールを取りに行った後、他の邪魔にならないように体育館のすみっこを確保した。


「吉村ー、練習を始めていいか?」

「いいぞー」


 沢村との距離は約8メートル程ある。これだけ離れているなら、必殺シュートのエネルギーを使い切れずに沢村が吹き飛ぶなんてこともないだろう。


「どおりゃああああ!!!!」


 沢村が大きく掛け声を上げると、身体を大きく振りかぶってボールを投げた。


 速い!!


 沢村のシュートは勢いがあってとても力強い。しかしボールは俺の横を通り過ぎて壁に当たった。


 ……あれ?


「悪い。今度はちゃんと投げるから」

 

 沢村が再び全力でボールを投げるが、さっきよりも俺から離れたところにボールが飛んでいく。いくら強力なシュートでも相手に当たらなかったら意味が無い。

 これ、パワーはあるけどコントロールが壊滅的かいめつてきなやつだ。


「沢村、ボールを勢いよく投げたいのは分かるけど、こうも外すんだったら、まずは力よりもコントロールを重視した方がいいんじゃないか?」

「そ、そうかな……。でも力を弱くしたら相手にボールを捕られないか?」

「相手に当てられなかったらそれ以前の問題じゃないか。それに慣れていったら少しずつ力を強くすればいい話だろ?」

「あー、それもそうか」

 

 俺ほどじゃないけど、沢村も力があるのに扱いきれてない感じか。そう考えると少し親近感を覚えるな。

 

 沢村が振りを小さくして投げると、今度はちゃんと俺のところにボールが飛んでくる。

 捕ろうとするも、俺が思った以上に沢村のシュートが強くてボールをはじいてしまった。


「力を抑えてもこの威力かよ。十分強いじゃないか!」


 コントロール重視で力がそんなに入っていないはずなのに一樹かずきが投げたボールよりもよほど威力がある。現時点でこれだけの強さなら、練習を重ねれば間違いなく沢村は攻撃の要になるだろう。


「これなら、もっと力を入れても当てれるようになったら、確実に沢村がチームのエースになるな」

「エ、エース? 俺がか?」


 エースと聞いて沢村が明らかに嬉しそうな顔をした。


 その時、体育館の扉がガラガラと開く音がする。

 振り返ると、体育着に着替えた三浦とクラスの女子5人が中に入ってきた。


 俺に気づいた三浦が驚いた顔をする。

 そりゃ、力を入れてボールを投げたら凶悪な威力になる俺が、まさか沢村とドッジボールの練習をしてるなんて思わないよな。


 せっかくだ。三浦にも練習の成果を見せておこう。


「沢村、いくぞー」


 三浦に聞こえるように宣言してからボールを投げる。

 それなりの勢いで飛んだボールを沢村が何事もなく受け止めた。その光景を見た三浦が口をぽっかりと開けて固まる。


玲奈れいな、どうしたの?」

「う、ううん、何でもない。じゃあ練習を始めようか」


 その場を動かなかった三浦が、他の女子に呼びかけられて我に返ると、ボールを捕りに用具室に入っていく。

 

 その後は沢村と練習をしながらも、俺は時々三浦の様子をチラリと確認する。見た限り三浦は他の女子達と普通に練習をしていて特に変わった様子は見られなかった。


 俺達の練習はというと、俺は最初こそ沢村が投げるボールの強さに面食らっていたが、少し慣れてきたおかげで3回中1回ぐらいは捕れるようになった。

 しかしその一方――。


「うわっ!」


 沢村がシュートを捕りきれずにはじく。俺が全力で投げても、力を抑えた沢村のボールよりも弱いはずなのに、明らかにキャッチに失敗している回数が俺よりも多い。

 自分の経験談として、腕だけでボールを捕ろうとするよりも胴体で受け止めるようにしながら捕った方が良いとアドバイスをしたが、あまり改善はしなかった。


 ゲームに例えれば、沢村って高火力だけど命中率が低くて紙装甲といった感じの凄くクセの強いタイプだな……。とはいえ、長所がどこにもない俺が言えたもんじゃないけど。

 

「吉村、そういえば時間は大丈夫か?」


 4時になったところで、沢村が時間を気にし始めた。


「時間? 俺は大丈夫だから気にしなくていいぞ」


 俺との練習に付き合って何度も死にかけた一樹かずきを考えれば、これくらいは何てことはない。それに距離も余裕があるから、必殺シュートをイメージするのにかかる精神的な負担も少ないし、まだまだ行ける。


「本当か!! じゃあ、もうしばらく練習に付き合ってくれ!!」


 俺の言葉に沢村がパアッと表情を輝かせた。しかし本当に嬉しそうな反応をするもんだ。


× × ×


 そのまま練習を続けていると、いつの間にか時計が6時を回っている。練習している生徒も少なくなり、三浦達も既に帰っていた。


「今日はこれくらいにしよう。吉村、ここまで練習に付き合ってくれてありがとうな」

「まあ、こんな時ぐらいはいいさ。ところで、沢村はどうしてドッジボールにここまで入れ込んでるんだ?」


 球技大会に積極的な生徒は大抵バスケットボールかバレーボールを選ぶ。

 ドッジボールは注目度が低いのも相まって、球技大会に興味の薄い連中が集まりやすく、沢村みたいに積極的なタイプは珍しい。


「どうしてって……見てわかる通り、俺はこう太ってるだろ? だから足も遅いし、不器用だし、おまけに頭も良くない。だからバスケットボールやバレーボールみたいに動き回る競技だと、俺がいても足を引っ張るだけなんだよ」

「そ、そこまで自虐的にならなくてもいいんじゃないか?」

「実際そうなんだ。けど、こんな俺でも力だけはある。ドッジボールなら全力でボールを投げて相手にぶつけていけば何とかなる。俺の取り柄でクラスの役に立てるんじゃないかって、そう思ったから精一杯取り組みたいんだ」


 そういえば沢村は部活動をやっていないけど、4月の体力テストのハンドボール投げで35メートル超えの記録を出して注目されたことがあったな。俺の記録は20メートルで話題にもならなかったが。


「自分の取り柄でクラスの役に立てるから……か、分からないでもないな」


 俺が学校の行事で活躍することなんてまず無い。だけど、自分のゲームの腕前がクラスの役に立つ、なんて事態になったら流石に意気込むだろう。まあ、そんなチャンスが来ることはないだろうが。


「分かってくれるのか! 吉村!!」

「まあ、ある程度はな……そういや、去年の球技大会はどうだったんだ?」

「……ジャンケンに負けてバレーボールだったから、サーブは外すし、ボールも拾えないから、完全に足手まといのまま終わったよ」


 まずい、完全に地雷を踏んでしまった。

 同意を得て嬉しそうにしていた沢村が一瞬で落ち込んだ。


「わ、悪かったよ。俺も手伝うから今年こそはドッジボールで活躍しようぜ。まだ練習する時間はあるんだし」

「……そうだな! 明日も頼むぜ!! 吉村!!」

「お、おう……」


 もう立ち直るのか。切り替えが早いというか、単純というか……。まあいいけどさ。

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