第14話 家に帰るまでが召喚儀式です

 どれだけ時間が経っただろうか。

 強烈な光が徐々に収まっていく。

 光の柱が完全に消えた時には化け物の姿は無く、それと共に魔法陣も消滅していた。


 何とか危機を乗り切った。

 そう認識した瞬間、緊張の糸が切れて大きく息をついて地面にへたり込む。

 化け物がいなくなったおかげで、視力が元に戻り、意識もハッキリとしていた。


「あーあ……」


 改めて地面を見ると、光が当たった部分が焼け焦げて草一本すら残らずに土が露出していた。規模がでかかった分、かなりの範囲に及んでいる。


 これもやっぱニュースになるんだろうな……。

 とはいえ化け物を仕留めなかったら、三浦が殺されていただろうし、仕方ない――。


 待てよ、三浦はどうなった?

 慌てて後ろを振り返ると、三浦は地面に倒れていたままだった。


「三浦、しっかりしろ。三浦」


 声を掛けながら三浦のそばに近寄り、肩を軽く揺さぶってみる。

 化け物の攻撃がなくなったから、すぐに目を覚ますものと思っていたが、三浦が目覚める気配は一向に無かった。


 化け物を倒した安堵感から一転して、不安が一気に押し寄せる。

 このまま三浦の意識が戻らなかったら……。

 そんな不吉な考えが頭をよぎった。


 いや、同じ攻撃を受けた俺だって回復してるんだ。三浦だって時間が経てば意識が戻るに違いない。


 嫌な考えを振り払い、三浦が起きるまで待とうかと思ったが、そうしてもいられないと気づく。


 あんなバカでかい光の柱が立ち上がったんだ。目撃者や警察もここにやって来るだろう。

 すぐにこの場所から離れないと面倒なことになる。


 地面に転がっていた杖にLEDランタンや儀式に使った小道具一式を急いで三浦が持ってきた鞄へ突っ込んだ後、辺りを見渡す。


 ……よし、他に道具はない。後は倒れている三浦を運んで引き上げるだけだ。

 いざ三浦を運ぼうとして、ふと思い至った。


 意識を失っている女子に直に触って大丈夫なんだろうか。

 三浦の身体を触るのに尻込みして数秒程固まる。


 ダメだ。このままジッとしていても、事態が悪化するだけだ。

 場合が場合なんだし、もし怒られたら土下座する勢いで謝ろう。


 三浦をおんぶして運ぼうかと思ったが、おぶろうと身体をつかんでいる時に力が入って、三浦の身体を砕いてしまうかもしれない。

 もっと安全に三浦を運ぶには……。


 意を決して鞄のひもを肩に引っ掛け、両腕を自由に使える状態にした後、うつぶせに倒れている三浦を少し転がして仰向けの状態に変える。

 その後に地面と三浦の身体の間に両腕を差し込み、力を入れすぎないように気を付けながら、ゆっくりと三浦を抱き上げ、いわゆるお姫様抱っこの構図になった。

 それから、うっかり三浦の身体をつかまないように、両手はグーの形にして握りこんでおく。


 お姫様抱っことなれば、当然三浦の身体が間近に迫る。

 加えて三浦が着ている黒のローブの露出度が案外高いせいで、太ももはあらわになっているし、胸元もかなり開いているから、視線が自然と吸い寄せられて……、


「う……ん……」


 突然三浦が声を出したため、目を覚ましたかとビクつく。

 マズい!! こんなに身体を凝視している所を見られたら言い訳できねえ!!


 幸いと言うのも問題だが、三浦は目を覚ましたわけではなく、無意識に声を出しただけだったようだ。

 内心で胸をなで下ろす。


 いやいや、余計なことを考えている場合じゃない。さっさとここから逃げ出さないと。

 そのまま急いで足を進めようとして……その寸前で足を止めた。


 ちょっと待て。俺が急ぎすぎて、三浦を抱えたまま急ダッシュしたらどうなる?

 三浦が激突に巻き込まれて……確実に死ぬよな。

 もしくは俺が何かにつまづいて転んだはずみに三浦を手放してしまったら……三浦は勢いよく上空へ飛んでいってしまうかもしれない。 


 これ、俺のミス1つが文字通り命取りになるやつだ。

 あ、ヤバイ。意識したら緊張して嫌な汗が出てきた。


 もはや自分の煩悩ぼんのうよりも、能力を発動させた瞬間に三浦の命が消し飛ぶというプレッシャーの方が完全に上回り、俺は身体を小刻みに震わせながら山を下っていった。


× × ×


「ハア……後半分くらいか」


 山を下りる道筋の半分くらいまで歩いたところで大きく息を吐く。

 三浦を抱えたままという、間違っても能力を発動させてはいけない状況で、歩き続けるのは精神的にキツ過ぎる。

 でもあそこに留まるわけにもいかなかったし、この辺だとまだ落ち着いて休めないから先に進むしかないよなあ……。


「確かこの先をしばらく進んだ所で、すげえ大きさの光が出たんだよな」

「ああ、マジで何だったんだろうな。あの光」


 改めて先に進もうとしていると、光が出た場所へ向かおうとしているらしき人達の会話が聞こえてきた。


 参ったな。気絶している三浦を見られたら、あれこれと詮索せんさくされて面倒なことになりそうだ。

 まだ相手の姿が見えない内に、どこかに隠れてやり過ごせないか。

 そう思いながら周りを見渡すと、ちょうど奥の方まで進めそうな茂みを見つけた。

 急いで山道を外れて茂みの方に入っていく。


 道は狭かったが、木々はそれほど密集しておらず、三浦を抱えたままでも問題なく歩く事ができた。

 この際だ。もう少し進んで、休めそうな所がないか探してみるか。

 そう考えながら歩いていると、落ち着いて休憩ができそうな少し広い場所に辿り着く。


 よし、ここで三浦を降ろして、目を覚ますのを改めて待とう。


「ん………」


 その時、再び三浦の声が聞こえた。

 三浦の方に視線を動かしてみると、うっすらと目を開いて瞬きを何度も繰り返している。


 よかった、目が覚めたんだな。

 三浦の意識が戻り、ひとまずホッとする。


「三浦、大丈夫か?」

「うん……あ、そうだ! あの怪物は!?」

「ソイツなら上手いこと倒せたよ。その時に魔法陣も一緒に消えたから、新しい化け物も出てこない」

「そっか……ごめんね。私が召喚をやろうって誘ったばっかりに迷惑を掛けて」

「いや……、そもそもは俺の能力が原因だし。出てくる必殺技の威力は無駄に高いから、化け物も一撃で倒したから大丈夫」


 ……本当は三浦と一緒に俺も気絶して、そのまま終っていてもおかしくなかったんだけどな。

 余計な心配を掛けても仕方ないから黙っているか。

 

「ところでここはどこ?」

「山を下りる途中にあった茂みだよ。化け物を倒した時の攻撃が人目につく派手なものになっちまったから、野次馬に出くわさないように隠れる途中だったんだ。あの場所に留まるわけにもいかなかったから」

「それで気絶してた私をここまで運んでくれたんだね。本当に色々とありがとう」

「えーっと……、何だ。俺がもっと上手くやれてたら、ここまで大げさな事態にはならなかったんだから、礼を言うようなものじゃないって」


 ここまで真っすぐに感謝されると、三浦が気絶していた時に太ももや胸元をガン見した事が後ろめたくなってきて、返事をしながら三浦から目をそらした。


「あのね、吉村君。私もう歩けそうだから、降ろしてもらっていい?」

「え? あっ、悪い!」


 三浦に言われて、俺が三浦を抱きかかえたままだと気づき、慌てて降ろす。

 地面に足をつけた三浦は足取りもしっかりしていて、もう問題なさそうだった。


「うん、私はもう大丈夫。吉村君は?」

「俺も大丈夫。問題なし」

「良かった。じゃあ今日はこれ以上セレスを呼び出すのは無理だし……帰ろうか」

「そうだな……。あ、結構遅い時間だし家まで送るよ」

「そう? じゃあお願いね」


× × ×


 流石に遅い時間に女の子を1人にするのは危ない。

 俺だって一応男なんだし、家まで送るぐらいはやった方がいいだろうと思って申し出たのだが……。

 

「……なあ、どこかで元の服に着替えたりしないの?」


 俺が召喚用にと身に着けさせられていた黒マントは、とっくに外して三浦に返している。

 当然、三浦も魔法使いのコスプレ衣装のまま帰るわけがないだろうから、途中で普通の服に着替えると思っていた。

 しかし、山を下りた後も着替えのために寄り道しようとの申し出が一向に無い。


「え、元の服も何も着替えなんて持ってきてないから、このまま家に帰るけど」


 ちょっと待て。その恰好で家からあの山までやって来たのか。よく職務質問とかされないで済んだな。

 というか、ここで警察官に出くわして職務質問を受けたら、魔術の本や杖とか呪文がかかれた羊皮紙ようひしといった数々のヤバイ品が入っている鞄の中身を見られる可能性があるわけで、相当マズいんじゃ……。


 職務質問の危険性に気づいた俺は不審者よりも警察官に出会わないように祈りながら、三浦を家まで送っていった。

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