第20話 人には得手不得手があるものです

 

 二十



「よーし! 今日の授業はここまで! 明日は『技能の塔』で罠などの授業だから遅れるなよ! 解散!」



 二日目の授業、剣技の授業がやっと終わりました。やっと、です。……腕が、上がらないです……


 剣技の授業は、剣技についての初めての授業という事もあり、午前も午後も木剣でひたすら素振りをするだけの基礎体力を付ける為のものでした。

 開始直後はレイドさんが放ったスキル『飛斬』に目を奪われ、憧れ、ワクワクしながら素振りを開始しましたが、その気持ちが続いたのは開始から一時間まででした。

 その後は疲れと共に腕が上がらなくなり始め、素振りの速度は当然落ち、午前の授業が終わる頃には一年生全員が汗にまみれ、息切れにより言葉さえも出なくなっていました。


 食堂でお昼を食べる時も全員が無言で、食べ終えた後も無言でした。

 それでも全員がまだ若いという事もあり、お昼の休憩で多少は回復したですが、午後の授業が始まって30分後にはやはり全員がヘロヘロになり、授業が終わる頃には腕も完全に上がらなくなってました。


 ……ボクです? 誰よりも先に限界を迎えましたよ? だって、女の子の身体ですからね!



「何を寝転がってるんだ! 早く帰って疲れを取るのも冒険者としては基本だぞ!」



 ……少しは休ませて欲しいです。


 ともあれ、レイドさんの言葉に一年生全員が重い体を引き摺りながら帰宅しました。ボク達は孤児院だから帰院ですかね?



「……鬼ですかね!?」


「あれは確かに辛かったニャ……」


「ですぞ……」


「確かにあれは鬼だな……」


「僕は案外平気ですよ?」



 孤児院への帰り道の途中、ボクの「レイドさんは鬼」発言にノルド君以外は肯定しました。



「なぜにノルド君は平気なんです!?」


「僕はドワーフだから体力には自信があるからね。むしろ足りないくらいですよ」



 信じられない言葉を吐いたノルド君。

 あの地獄の素振りが物足りないとは! ドワーフは体力バカだという事が分かったです。


 ボク、ミサトちゃん、ネコーノ君、クリス君が疲れた体を引き摺り、ノルド君だけが疲れを感じさせない足取りで孤児院へと帰り着き、何はともあれお風呂で疲れを癒そうという事で、全員同じ時間帯にお風呂へと入りました。



「ミーナさんは……居ない、ですかね?」


「大丈夫ニャ、ユーリちゃん。脱衣カゴにミーナの服は無かったニャ」



 浴室に入り、浴槽の中、洗い場からの死角をキョロキョロと警戒するボクと、ミーナさんの服が脱衣カゴに無かったから大丈夫と言うミサトちゃん。

 さすがに、二日前にボクから怒られて服従のポーズを取ったから居ないとは思うですが、ミーナさんは変態です。何処に隠れているか分かったものではないです。



「ミーナの事は放っておくニャ。それよりもさっさと体を洗って、湯船で疲れを取るニャ」


「何だか怪しい気もするですが、分かったです」



 ミサトちゃんと二人、洗い場で並んで体を洗い、綺麗になった所で二人で湯船へ。

 ちなみに体を洗った時の事ですが、ボクの体は普通に泡立つくらいでしたが、ミサトちゃんはモフモフの毛並みなので、まるで羊さんの様にモコモコのアワアワになってました♡



「はふぅ〜〜。生き返ったですぅぅ〜♪」


「……オッサン臭いニャ、ユーリちゃん」



 お湯に体を沈め、肩まで浸かってからのボクの言葉に、失礼な事を言うミサトちゃん。

 オッサン臭いと言われようが、お湯に浸かって思わず言葉が出るのは昔っからの癖なので仕方ないです。



「ふにゃぁぁぁ……極楽だニャ〜♪」


「……ミサトちゃんだってオッサン臭いです」


「ユーリちゃんよりはマシだニャ!」



 どっちがオッサン臭いかは分からないですが、お風呂をゆっくりと堪能し、体が温まった所でお風呂から出ました。

 あ、スラさんはお風呂の間はボクの頭の上に鎮座してたです。じゃないと洗えないですからね、大事な所が。



「ヌヴァー。それでは私はいつもの所へ。ヌヴァー」


「んぅ……♪ さて、パジャマを着るです」


「なんでスラさんはユーリちゃんのソコにくっ付いてるニャ!?」



 お風呂から上がって体の水気を拭き終わり、スラさんがボクの股間へと落ち着きました。その際の感触が気持ち良くて思わず声が出たボクですが、それをジッと見ていたミサトちゃんからその事を聞かれたです。



「スラさんがに居る理由は、どこでもトイレだからです! もうチビったり、漏らしたりはしないです!」


「……残念だニャ」


「何か言ったです?」


「っ!? な、何でもないニャ!」



 ミサトちゃんの様子が少し変ですが、それはともかく。ボクがパジャマに袖を通し、ミサトちゃんが部屋着を着たので、二人で食堂へ。


 食堂には今日もマレさんが居ました。ここの所、毎日夕食時に孤児院に来ているので慣れたですが、『マレさん家』は暇なんですかね?

 まぁ、隠れ家的レストランなのでお客さんはあまり来なそうですが。



「マレさん、お疲れ様です!」


「あ、ユーリちゃん、お疲れーっ! ミーナの事見なかった?」


「……見てないです」



 ボクが挨拶すると、ミーナさんの事を聞かれたです。

 見てないと答えましたが、そう言えば昨日の夜から見てない気がするです。……どこに行ったですかね?



「ミーナなら早朝からどこかに出掛けて行ったニャ」


「だから見なかったですか!」



 ミサトちゃんが知ってました。と言うか、ミサトちゃんは意外と早起きさんですね。ボクは今日も寝坊しそうになったというのに。



「そっかぁ。ま、いっか! 今夜はシチューだからね! ……また、とか言わないでよ?」


「マレさんのご飯は何を食べても美味しいので言わないです!」


「ありがとー♪ ミーナもユーリちゃんみたいに文句言わずに食えば良いのに……」



 ……マレさんがミーナさんにぶつくさ文句を言ってますがそれはともかく、クリス君達男子三人もお風呂から食堂にやって来たので夕食です。

 マレさんの言う様にシチューでしたが、今夜はビーフシチューでした。

 大きなお肉がゴロゴロと入っていて、でも硬くは無く、口に入れると途端にホロホロと柔らかく蕩ける様な食感で、味も生クリームを使っていて上品な味わいでした。



「「「「「ご馳走様でした(ニャ)♪♪♪」」」」」


「お粗末さま♪」



 美味しい夕食を食べ終え、ボク達はそれぞれの部屋に戻ります。当然、寝る為です。



「それじゃ、また明日です! おやすみです!」


「ユーリちゃん、おやすみニャ」


「ミサト殿! 僕の部屋で一緒に寝て欲しいですぞー!」


「…………」


「ぐはぁっ! ですぞ!」



 ネコーノ君がくだらない事を言った瞬間にミサトちゃんの華麗なアッパーが炸裂してました。……アホです。

 ともあれ、部屋に入ってさっさと寝るです。

 素振りで上がらなかった腕も何とか上がる様になったけど疲れはまだ残っているし、早く寝て完全に疲れを取らないと明日の授業に影響が出るです。……居眠りとか。

 居眠りなんてしたら、冒険者にとって大事な事を学べないかもしれないです。しっかりと寝ないとダメですね。


 そんな事を考えながらベッドに近付くと、何故か悪寒を感じたです。



「何だか変な感じです……」


「ヌヴァー。主よ。私がマッサージをしましょうか? ヌヴァー」


「スラさんのマッサージは怖いので遠慮するです」


 グゥゥ〜〜〜。



 股間に張り付くスラさんとマッサージ云々と話していたら、ベッドから変な音が聞こえて来たです。

 まさかと思い、ベッドのシーツを捲るとそこには……ミーナさんが居ました。

 しかもシーツの上から一目見ただけでは分からない様に、ベッドの上にもう一つのマットを敷き、そのマットを人型にくり抜いて隠れるという細かい事までしてました。

 早朝からミーナさんが出掛けたのは、そのマットを買う為でしたか。



「……そんな所で何をやってるです?」


「い、いや、あのね? ユーリちゃんのベッドメイキングをしてたら、いつの間にか寝ちゃったのよ? 決して朝から潜り込んでたとか、ユーリちゃんが眠りに就くときに襲おうとかじゃないからね?」



 ……やはり、そういう事を狙ってたですか。懲りないですね……!

 ま、まさか!? 昨日のスラさんのマッサージの味をしめたとかはないですよね!?

 ですが、ボクのベッドの上でスラさんにミーナさんをマッサージさせると、その後ボクがベッドで寝られなくなるです。……色々と酷い状態になるので。


 まさか!? その為にもう一つのマットを!?


 どちらにせよ邪な事を狙っていた様なので、ミーナさんを追い出すしかないですね。容赦しないです……!


 ミーナさんを冷たい視線で見つめながら、ボクは両手にそっと雷を纏わせました。



「覚悟は出来たですかね?」


「ゴクンッ! な、何の覚悟……!?」


「あの世に旅立つ覚悟です……!」



 ミーナさんにそう言いながら、両手に纏った雷の出力を更に上げました。バチバチと音を立てる雷の色は、黄色から紫へと変色してます。ボルト数で言うなら、10万ボルトから100万ボルトへとアップしたですかね?



「ひいっ!? ご、ごめんなさい! もうしないから許して〜!!」


「……ホントです?」


「わ、私だってまだ死にたくないわよ!? だ、だからね? 大人しく出て行くからね? どうも、すんませんっした!」



 そう謝りながら、ミーナさんはベッドから降りると一目散にボクの部屋から飛び出て行きました。……下半身丸出しで。

 シーツを捲った時、上半身だけしか捲らなかったです。下半身はシーツに隠れてましたが、まさかすっぽんぽんだったとは。……と言うか、何をするつもりだったですかね!? ホント、変態です……!


 とにかく、これでようやく安心して眠れるです。

 さすがに素振りで疲れたからか、もう眠さの限界です。おやすみです。




 ☆☆☆




 冒険者学園、技能の塔。

 ここは扉の罠の解除や、宝箱の罠の解除、それと、罠の仕掛け方や罠の探知などを学ぶ為の塔です。

 なので、外観は魔法の塔や剣技の塔と同じですが、内部の造りは根本的に違っていました。

 壁などは他の塔と同じ様に煉瓦造りですが、中に入ると真っ直ぐな通路が伸びていて、その通路の両側と突き当たりには扉がいくつかありました。

 そしてそれぞれの部屋の扉には、『扉の罠』『宝箱の罠』『罠の仕掛け方』『罠の探知』という文字が書かれたプレートが掛けられていました。あ、突き当たりの扉は『難解な罠』とプレートに書いてあったです。

 その雰囲気からボクのイメージ的には、学校で教室を移動して、化学室や音楽室がある校舎って感じですね、技能の塔は。


 ともあれ、技能の授業の開始です!



「よーお! 俺の名は『ジール=マリス』。担任は受け持って無いが、俺も『静かなる賢狼』に属してる一人だ。ジョブは【マスターシーフ】だな。冒険者ランクはDランクだ。

 ……んで、部屋分けだが、SクラスとA1クラスは一緒に『扉の罠』部屋で、A2クラスは『宝箱の罠』部屋。B1が『罠の仕掛け方』部屋で、B2が『罠の探知』部屋だ。今日はそれぞれそんな感じだが、毎週部屋を交代しながら学んでもらうからそのつもりで」



 という事で、ボク達SクラスはA1クラスの生徒と『扉の罠』の部屋へと入りました。

 中に入ると、再び扉がありました。扉を開けて入ったのに、また扉とは。



「よーし。先ずはここから説明するか。この部屋には全部で扉が十枚ある。それぞれ別の罠が仕掛けられているから、それを解除する事が目的だ。まぁ罠と言っても、失敗して毒が噴き出すとか、矢が飛んでくる事はないから安心して訓練してくれ。あ、そうそう、罠の解除の仕方は教えないぞ? 色々試して、失敗から学んでくれ!」



 ジール先生はその説明だけを残して部屋を出ていきました。


 しかし、なるほど。簡単な罠の解除から始まり、最後の扉の罠の解除は難しくなるというシステムですか。

 ですが、【盗賊】のジョブにならない人も必要ですかね? 罠の解除。

 まぁ、まだ一年生はジョブを選ばせてはもらえないので、ジョブの選択肢を増やす為にもこの授業があるのでしょうが。


 ともあれ、さっそく開始するです!




 ☆☆☆




「よーし! 今日の授業はここまで! 明日は『冒険者の塔』で授業だから遅れるなよ。解散!」



 技能の授業が終わりました。



「さすが、ミサト殿ですぞ! あっという間に十枚目の扉の罠を解除するとは! 華麗に罠を解除する姿に、僕はますます惚れましたぞー!」


「当たり前ニャ! あたしは世界中のお宝を手に入れるニャ! って言うか、ネコーノは鬱陶しいからこっちに来るニャ!」


「ノルドはドワーフだから手先が器用なんだな」


「そう言うクリスこそ中々やりますね」


「…………」



 孤児院への帰り道、ミサトちゃん達は楽しそうな会話で盛り上がってますが、ボクは一人で落ち込んでるです。


 ……何故かって?

 ボクは元建築職人です。当然、手先の器用さには自信があったです。

 ところが、何度チャレンジしてもボク一人だけが罠の解除が出来なかったです。

 悔しかったですが、解除の仕方も教えてもらったです。それなのに、初めの扉の罠すら解除出来なかったです。



「ユーリちゃん。人には得手不得手があるニャ。罠の解除が出来ないくらい何でもないニャ!」


「ミサトちゃん……」


「そうだぞ? ユーリ。俺だって三枚目の扉の罠までしか解除出来なかったんだから、あまり気にするな!」


「クリス君……。分かったです。気にしないです!」


「ユーリちゃんはミサト殿をもっと見習え、ですぞー! グハァッ! ですぞっ!」



 ボクを励ましてくれるミサトちゃんにクリス君。

 その言葉に立ち直りかけたボクに対してのネコーノ君の言葉でしたが、すぐさまミサトちゃんに殴られてました。……アホです。


 ともあれ、人には得手不得手があるというミサトちゃんの言葉の通り、ボクには罠の解除が出来ないという事が分かったです。

 なので、次の技能の授業の時はこっそりと他の訓練をするです!



「僕ですら五枚目まで解除出来たですぞ……グハァッ! ですぞー!!」



 ……アホです。

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