第7話 何でも揃うあなたの味方 ダスト商会

 

 七



 トキオの門を守る守衛……恐らく守衛長のカイトさんは、魔力測定器の結果が映し出された黒石版マジックボードを驚きの表情で見詰めながら、ボクに向けて驚くべき事を告げて来ました。



「ゼロだ!!!」


「ひぃっ!?」


「君は全く無実だし、問題無くトキオに入れる! それ所か…………が、頑張りなさい……!」



 突然、大声でゼロと言われ……あまりの大声に驚き、ボクは心の底からビックリしました。

 そして驚くボクに頑張りなさいとも言ってくれたカイトさんでしたが、ボクはそれ所では無かったです……。

 ……出ました。全部です。一滴残らず、出てしまったです。

 トキオに着く少し前から催してはいたですが、街に入るまで我慢しようと思ったのが間違いでした。入街審査で待たされた事もあり、既に限界付近まで達していたです。

 そして、限界まで我慢してたボクはカイトさんの大きな声に驚き、その拍子に力が抜け……足元には恥ずかしい水溜まりが出来てしまいました。途中で何度も止めようとはしたですが、一度出始めたものは止まる事は無かったです……。



「……ひぐっ……! ふぇ……ふぇぇぇぇぇ〜ん……!」


「な、何だ!? 突然泣き出して、いったいどうしたと言うん…………っ!? わ、私のせいか!? す、スマン! そ、そのままだと不味いだろうから、詰所の方に来なさい!」



 そうです。我慢の限界を迎えていたボクは、あろう事か漏らしてしまったです。それも、全て。太腿を伝う感触が気持ち悪くて、しかも今回は靴を履いてるので、その靴の中にも流れ込み……酷い有り様です。



「カイトさんがぁ……ひぐっ……驚かす、からぁ……グスッ……全部、出た……ですぅ……うわぁぁぁぁぁぁ〜ん!!」


「っ!? す、スマン! あ、謝るから、兎に角、詰所に行こう! なっ?」



 オシッコを公衆の面前で漏らし、恥ずかしさから泣きじゃくるボクを、カイトさんは申し訳なさそうに謝りながらも詰所へと連れて行ってくれました。

 そんなボクと一緒に、ダストさんやケイトさん、ラルフさんも入街審査を待つ他の人からボクを守る様に詰所まで来てくれました。


 守衛の詰所の中は意外と広く、入口付近は待合室の様になってました。その待合室の奥には小さなカウンターが有り、その脇から奥へと続く通路がありました。

 ちなみにそのカウンターは、入街審査で引っ掛かった怪しい人達を再審査する為にある様です。数人の怪しい人がカウンターで、あーでもないこーでもないと騒いでいたです。

 それはともかく、カウンターで騒いでいる怪しい人達の脇を通り抜け、通路を少し進んだ先が、守衛さん達の為の休憩所兼夜勤の為の宿泊部屋となっていました。その部屋には、トイレの他に簡易シャワールームも設けられていて、そのシャワールームへとボクは通されました。



「本当にすまなかった!! そこがシャワールームだから、そこで身を綺麗にしなさい」


「ひぐっ……はい、です……グスッ……」


「ほら、ユーリ! あたしも一緒に入ってやるから、もう泣くな! なっ?」



 シャワールームへは、ケイトさんも一緒に入ってくれました。口は悪いですがやはり女性という事もあるのか、意外と面倒見が良いみたいです。

 シャワールームの前にはしっかりと仕切られた脱衣所が有り、そこでケイトさんはボクのローブを優しく脱がしてくれて、次に自分も脱いでいました。

 裸になったケイトさんの身体は、さすが冒険者……無駄な贅肉が無く、美しく引き締まっていました。少し落ち着いてきたボクは、そのケイトさんの身体を、思わずまじまじと見詰めてしまったです。


 むぅー。さっきは漏らしてしまって恥ずかしくて泣いてしまったですが、お陰で素晴らしい状況になったです。

 しかし、ホント良い身体付きですね、ケイトさんは。色気が溢れてるです。顔も美人だし、何故に独身なんですかね? ボクの身体が男のままだったら、迷わず襲い掛かる所です。シンボルが無いのが切ないですね……!

 ……などと、邪な気持ちでいたボクを、ケイトさんはシャワーで流し、そして綺麗に洗ってくれました。



「ほら! 少し足を開きな! 閉じてちゃ洗えないだろ!?」


「は、はいです! ……ひゃうっ!?」



 ケイトさんに指示をされ、言うがままに足を少し開きました。

 確かに閉じたままだと一番汚れている所が洗えないですが、ソコはまだ自分でも触れていなかったので、初めての感覚に思わず変な声が出てしまったです。



「く、擽ったいです、ケイトさん……」


「我慢しな! それとも、ラルフにでも洗ってもらいたかったか?」


「絶っ対、嫌です!!!」



 ……などと会話をしながらもケイトさんはボクの身体を洗い終え、次に自分の身体も綺麗に洗ってました。

 女の人が身体を洗っている姿を見るのは、美代と結婚した頃が最後です。何だかムラムラしてくるです。何故にボクのシンボルは無くなってしまったのか。……不思議です。


 ともあれ、身体を綺麗に洗い終えたボクとケイトさんはシャワールームから出て、今まで着ていた服や装備に身を包みました。

 ……ローブは汚れてないのかって? 全て太腿を伝ってくれたので、ローブ自体は全く汚れてはいないです! 但し、靴は全て濡れてしまっているので、洗って乾くまでは裸足ですね。



「お、出て来た様だな。本当にすまなかった。お詫びじゃ無いが、靴は綺麗に洗って乾かしておいたから、そのまま履けるぞ?」


「えっ!? 洗ってくれたのは嬉しいですが、何でもう乾いてるです!?」



 裸足を覚悟しながらシャワールームを出たら、カイトさんがまたもや謝ってくれて、しかも、靴も洗って乾かしたと言ってきました。床を見ると、シャワールームの前には確かにボクの靴が揃えて置かれていて、しかもカイトさんが言う様に本当に乾いていました。

 しかし、どうやってこの短時間に乾かしたですかね? 洗う事自体はものの数分もあれば可能ですが、乾かすとなると天日干しで最低でも数時間は掛かるです。聞いてみるとするです!



「あ、ありがとうです! ……だけど、どうやって乾かしたです?」


「あぁ、それなら魔法で乾かしたぞ? 君も……って、ごめん。……君の魔力はゼロだったね。魔力が少しでもあるなら、本来なら誰でも簡単に乾かせるんだよ。こうやってね……!」



 カイトさんは説明しながら、手の平から風を発生させて見せました。しかも、ただの風では無く、熱を持った風……温風を、です。

 つまり、その手から発生させた温風を使って靴を乾かしたという事ですね。納得したです!

 しかし、見た所今のも魔法ですよね? 本当に便利ですね、魔法は。ボクもしっかり使える様にしないとダメですね!



「カイトさん! どうやって出したんです? 今の温風」


「……聞いていなかったのか? 君は魔力がゼロだから、魔法は使えないんだよ。だから、このトキオにも問題無く入れる。これからはダストさんの経営する孤児院で生活して、魔力が無くても出来る仕事などを教えて貰いなさい」


「何ですと……?」



 今、カイトさんからおかしな言葉が聞こえて来たです。魔力がゼロ。ボクの魔力がゼロと言いましたか? だったら、ゴリライガーを倒したアレは魔法では無いと言うんですかね?

 それに、頭に浮かんだ魔法の仕組みやら原理やらは、全て魔法では無かったと言うですか?

 いやしかし、湖の傍の大穴は魔法だとカイトさんは言ってたです。……不思議です。



「――ーリ。……ユーリ? ユーリ!」


「へあ!? な、何です!?」


「魔力がゼロと言われてショックなのは分かるが、カイトさんにお礼を言いな! とりあえずはトキオに入れるんだからな!」



 魔力について考えていたら、ケイトさんに注意されてしまったです。

 考え事をしてたとしても、今までのボクだったらこんな事は無かった筈なのに。それにオシッコだってそうです。いくら限界だったとは言え、今までボクは漏らした事なんて無かったです。もしかしたら、一つの身体に戻ったからですかね? これからは少しでも催したらトイレに行く様にするです。それはともかく……



「カイトさん。色々とごめんなさいです。それと、お世話になったです!」


「あぁ、こちらこそごめんな? もしも何かあったら相談に乗るから、いつでも訪ねてくれ」



 ……ケイトさんに言われた事もあり、カイトさんにお礼を言いました。漏らした手前少し恥ずかしかったですけど、カイトさんはいつでも相談に乗ると優しく言ってくれました。これも何かの縁ですね。困った事があったら、訪ねるとするです!



 カイトさんと詰所で別れ、その後はダストさん達と無事、トキオの門をくぐりました。

 トキオの街に入ると、どこまでも続く様な広い大通りが真っ直ぐに伸び、そこはたくさんの通行人で溢れていました。通行人がたくさん居るという事は、当然その通行人を目当てにしたお店がある訳で、通り沿いにはやはりたくさんのお店が並んでいます。そして、軒を連ねるたくさんのお店の前では、それぞれのお店の店員と思しき人達が威勢の良い掛け声と共に、通行人に向かって客引きを行っていたです。



「美味いよ、安いよ、早いよ! トキオ名物、肉丼はどうだい!」

「甘い、甘ーい果物を使った菓子パンだよ! 食べたらほっぺが落ちるよ!」

「今日だけ限定! 早い者勝ちだよ! 今ならなんと! 小銅貨二枚、20ゼニだよ!」



 ……などと、一生懸命に客引きをしてましたが、何ですかね? 最後に見たお店の人は。ゼニと言うのはどうやら通貨の単位だとは思うですが、値段だけ言って品物が何なのかは全く分からないです。……詐欺ですかね? 不思議です。

 それはともかく、ダストさんとそのダストさんが操る馬車に付いて大通りを暫く歩くと、一際大きなお店へと到着しました。



「おっきなお店ですぅー!」


「ここがワシの経営する商会……『何でも揃うあなたの味方 ダスト商会』なのだよ! 素晴らしい商会だろう? ユーリが大きくなったら、この商会で看板娘として雇ってやるぞ?」


「……まだ、分からないです」


「それではダストさん、サインをお願いします」


「おお! そうだった! 助かったよ、ありがとう。また今度依頼を出すから、もし良かったらまた頼むよ」



 ダストさんのお店の前で、雇うだの看板娘だのと話すボクとダストさんでしたが、話が途切れたタイミングでラルフさんが何かの紙を出してサインを要求してました。そしてダストさんは笑顔でサインをし、それを再びラルフさんへと渡しました。

 ダストさんが依頼云々と言っていたので、恐らくその紙が契約書か何かなんでしょうね。契約書を受け取ったラルフさんはサインをしっかりと確認して、それから背中に担いだ袋へと入れました。



「それじゃあ、俺らはこれで。ユーリ、冒険者になれると良いな」


「ユーリがもしも冒険者になったら、あたしが面倒見てやるから、もしも覚えてたら声を掛けな! それじゃ、達者でな! ほら行くぞ? ラルフ! いつまでもボーッと突っ立ってんじゃないよ!」


「うるせぇー! それじゃあユーリ、達者でな」


「はいです! ラルフさんもケイトさんも、本当にありがとうです!」



 挨拶を済ませたケイトさんとラルフさんは、ボクのお礼に笑顔で応え、その後は大通りを更に奥の方へと歩き去って行きました。二人は冒険者なので、恐らく冒険者ギルドに報酬を受け取りに行ったのでしょうね。……これも昔読んだ本に載ってました。憧れる生活ですね……!



「それでは、ユーリ。こっちだ、付いて来なさい」


「は、はいです!」



 ケイトさん達の背中を憧れを込めて見送っていたボクに、ダストさんは商会の人に馬車を預け、それから付いて来る様に言いました。という事は、ボクが当面お世話になる孤児院にいよいよ連れて行ってくれるという事ですね。……まぁ、そこで生活しながら冒険者学園に通うって事ですが。

 ともあれ、ダストさんの後に付いて歩き、孤児院へと向かいました。孤児院の場所は、ダスト商会の脇の道を通り、そのまま真っ直ぐ進んだ所に在りました。その孤児院ですが、ボクのイメージだと一昔前の木造の小学校といった物で、どことなく懐かしい気持ちが込み上げてきたです。



「ここがワシの経営する孤児院だ。素晴らしいだろう? それよりも、ここが今日からユーリが暮らす場所になるのだから、さっそく中に入るとしよう」


「はいです……。誰とも分からないボクの為に、本当にありがとうございます……グスッ……」


「誰とも分からぬ訳では無いぞ? この二日で、ユーリがとても良い娘だという事が分かってるのでな! ほれ、どうした? 入らないのか?」


「グスッ……入りますぅ……グスッ」



 懐かしいと思う感情とダストさんの優しさ。ボクの瞳からは自然と涙が溢れ、その涙を手の甲で拭いながら孤児院へと入りました。

 木造の孤児院の中はボクがいだいた小学校のイメージとは違い、どちらかと言うと民宿といった物でした。それでも、やはり懐かしい雰囲気があり、この様な場所で暮らせる事に嬉しい気持ちも芽生えました。でも……美代達と暮らしたマイホームがやっぱり一番ですけどね!



「ユーリ? 何故、靴を脱いでるのかね?」


「っ!? な、何となく、です……!」



 かつてのマイホームの事を考えながらも雰囲気が民宿という事もあり、思わず靴を脱いでしまったです。

 ダストさんが鋭くツッコミを入れてくれましたが、ともあれ……こうして、ボクのトキオでの生活が始まりました。

 この民宿……。この孤児院で暮らし、必ずボクは冒険者になってみせるです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る