番外編①-2 最後の日の告白

 「あのさ、ごめん、俺やっぱ一美のこと好きだ……。」

夕日に染まる虚空に放った声。なんとか一美に届いてくれたようで、彼女は少々体を引いた。それもそうだ。本番終了直後の、しかもまだセットが片付いてもいない段階でこんなことを言われたらそれは引くだろう。しかも好きでも何ともない男子から。相変わらずの逆光で、一美の表情をうかがい知ることはできない。しかし、嫌がっているであろうことは容易に想像できた。

「ごめん、私、他に好きな人がいるの。だから、その、本当にごめんね。」

当然の帰結。わかっていた答えだった。もう分かっていたせいなのか、それとも自分の気持ちをとにかく伝えきれたからなのか、不思議なほど悔しさや悲しさは感じなかった。ただただ気が遠くなっていく。

「そりゃ、そうだよな。本当にごめんな。」

それしか言うことはできず、俺はひたすら黙り込んでしまった。逆光の中で一美の顔を覗く。彼女は相変わらずうつむいてはいた。しかし、ほんの少しだけ嬉しそうに見えたのはきっと俺の気のせいだろう。

「一旦集合します!! 」

「はい!! 」

その時、夕焼けをつんざく奏先輩の声が聞こえた。どうやら、一旦集合してから片付けすることになるらしい。俺は一旦考えるのをやめて集まることにした。俺が次に一美の顔を見たときには、彼女はすでにいつも通りの微笑を浮かべていた。

「とりあえず、今日の公演お疲れ様でした!!

このあとの確認のために一応集まってもらいました。ひとまず着替えてもらって、今日は7時に学校閉まっちゃうみたいなので、早めに片付けお願いします!! 」

そうこうするうちにあっという間に片付けに取り掛かっていた。今は個人のことは忘れて部活のことを終わらせないと。そうわかっているはずなのに、思いを伝えられてそこで満足しているはずなのになぜだか頭の中の黒雲は消えてくれなかった。それに押し流されるように、片付けは特に会話もなく粛々と進んでいった。

 「お疲れ様でした!! 」

再びガヤガヤとしてきた教室に一美の声が響く。言うが早いかそそくさと彼女は帰って行ってしまった。片付けと帰りのミーティングが終わり、下校の時期になってすぐのことだった。止めることも当然できず、俺はただただ立ち尽くすしかできない。やはり今日のこと、先程告られたことを引きずっているのだろう。いつもは一美は確実に美智と一緒に帰るはずなのだから。すでに日は落ち、部室を出たホールは暗がりの中にあった。俺も帰ろうとするところに、声をかけた者があった。

「ねぇ、国之、一美になんかした? 」

それは他でもない、間違いようのない美智の声のはずなのに、いつもの彼女には無い凄みがあった。

「いつもなら多分一美、絶対私と帰るんだけどさ、今日は一人でさっさと帰っちゃったよね。何か用事あったのかもしれないけど、それなら私に言うかなって。とにかく、そういうとこちゃんとしてる一美が急に何も言わずに帰るわけないから、なにかしちゃったんじゃないかって。違ったらごめんね。」

ごめんねとは言っているものの、彼女の放つ威圧感に少々たじろいでしまう。きっと、一緒に過ごしてきた時間の分絆や互いへの思いやりの気持ちも深いのだろう。これは言っておかなければ、今後のためにもならないだろう。まさか自分の自己満足がここまで尾を引くとは思わなかった。本当に申し訳ないし、逃げ出したくなった。罪悪感に顔をしかめつつも、俺はなんとか言葉を紡いだ。

「ごめん、そこに直接関係しているかどうかは分からないけど、俺、今日一美に告っちゃってそれかも……。」

美智の一瞬の驚きとともに間が空いた。一気に空気が硬直する。その間の先で、彼女はあっけらかんとした笑い声を上げた。一気に弛緩していく雰囲気。困惑とともに俺は問うた。

「え……? どうしたの美智? 」

「なぁんだ! ただ気まずくなってるだけか!! 」

気まずくなってること自体俺にとっては大きな問題なのだが。まあ、そんな事はこっちの都合でしかない。黙って聞くことにしよう。

「いや、あのね、私もっと一美がひどいことでもされたのかと思ってすごく心配になっちゃって……。ごめんね。変に怒って聞いちゃって。そりゃ、気まずくもなるよね……。」

途中からこっちを鑑みたのか声のトーンが一気に落ちていく。トーンの低下と反比例して、俺の欲求は高まっていった。今日のことを誰かに、この場にいる美智に話してしまいたい。

「あのさ、美智、せっかく帰った理由が大したことないってのが解った時にあれなんだけどさ、ちょっと聞いてほしいことがあってね。」

「お? また失恋話ですかな? 聞いてあげようじゃないの。」

またという表現に少し違和感を覚えたが、そういえば前に言ったこともあったはずだ。

「いや、わかってたはずなんだけどさ、前と同じことの繰り返しになるのかもしれないけど、やっぱり俺は一美に執着してたのかなって思う。一美が幹彦のことを好きだってわかっててもやっぱりどっかに一緒に過ごしたい気持ちがあったのかなって。だから、ダメ元で気持ち打ち明けて振られてからもこんなに落ち込んでるのかなって。いや、ごめんね、またこんなこと話しちゃって。」

美智はさっきまでのふざけた雰囲気とは打って変わって真剣な顔で話を聞いてくれていた。真剣で、でも穏やかなその顔が俺の胸の痛みを少し和らげた。

「いや、いいんだよ。前に言ってくれたときにも思ったんだけど、私本当に君がすごいと思う。そこまで一人の人を愛せるのは本当に尊敬できることなのかなって私は思う。だから、辛いかもしれないけど、その長所がある君ならいつかはいい人見つけられるよ。残酷かもしれないけど、一美は、もう多分無理だよ。他に好きな人だっている訳だし。諦めきれないのはわかるけど、いつかどこかで区切りをつけないと行けないんだから。」

胸をつく「多分もう無理」という言葉。改めて胸が切り裂かれるような痛みを感じたが、それも確かに当然だ。時間が解決してくれるのかもしれないが、今の俺にはそんなことができるとは思えなかった。弱々しい言葉がつい口をつく。

「そうだね……。その時は、美智も助けてくれる? というか……助けてもらえない? 」

俺の言葉に美智は笑顔で大きくうなずいてくれた。

「当たり前じゃない。辛いかもしれないけど、きっと一美ならちゃんと話してくれるよ。何とかできるように私も話聞くなりアドバイスするなり色々するよ。」

「ありがとう……。」

俺の心の底からまた言葉が発せられた。それを最後に、二人の間をまた沈黙が包む。美智はふといつものあいつに戻って、俺を小突いてきた。

「ほら。そんなにいつまでもしんみりしてたら一美だって心配しちゃうし話しかけられなくなるよ。これから一切話せないわけじゃないんだから、辛いかもだけど、ちょっとでも元気出していこうよ!! 」

不思議と何も嫌な気持ちは起こらなかった。俺を見つめる美智の笑顔だけが、いつもの何倍にも輝き、たくましく思えた。学校を出た俺達は揃って歩き続ける。ふと空を仰ぐと、いつもに増して星達が輝いている。ほんの少しの胸の痛みを感じて、俺は立ち止まった。今日は、本当に綺麗だ。

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