第31話 自暴自棄
「わぁーーーーーー!!!! 」
夕闇に暮れる街に俺の絶叫が轟いた。どうしようもないこととはいえ、衝動的に叫んだ後悔があとからあとから募る。
「おわ!? 急にお前どうした!? 」
克己先輩の怒りと驚きを含んだ声を皮切りに、場の中に驚きと怒りが伝染する。
「ごめんなさい……つい、抑えられなくて……。」
俺はしてしまったことを侘びた。大抵の先輩はそれで納得して終わったが、克己先輩はただでは引かなかった。
「おい! 前にお前に言ったよな。お前の行動は短絡的で主観的すぎるって。こういう時のことを言うんだよ! お前は口だけなのか? それとも失敗から学べないただのアホウか? わかってたなら本当に二度とするなよ。」
そう言って詰め寄ってくる克己先輩に、俺はあの日と同種の恐怖を感じた。
「はい……。ごめんなさい。」
先輩はきつく俺を睨むと、少し声の調子を落として言った。
「前も言ったけど、こういうことは一応お前に聞いてもらいたくて言ってるんだからな。言いすぎかもしれないけど、俺がいなくなったらきっとこういうことを言う人もいなくなるから、今のうちに言っとく。しっかり学んでおいてくれよ。」
「克己……。」
由香里先輩が諌めるように言葉を遮り、次いでおずおずと発言した。心なしか声が震えているようにも思える。
「克己、流石に言いすぎじゃないの? そりゃ、克己以外に人にここまで強く出られる人はいないかもしれないけど、それなら2年生の誰かに頼めばいいじゃない。これからの1年生や2年生のに対して色々と注意したりしてほしいって。」
「そりゃ、そうかもしれないけど……。」
克己先輩の言葉を遮り、由香里先輩は熱量を保持して言葉を紡ぎ続ける。
「それに、もう少し言葉を選んだ方がいいよ。何よアホウって!! 国之は確かにそそっかしいところはあるけど、アホウなんかじゃないことくらい克己だってわかるでしょ!? 国之は信じやすいんだからそこらへんも考えた方がいいんじゃないの!? 」
由香里先輩は怒っていた。眉を逆立て、声を荒らげ、鬼の形相で。他でもない俺のために。彼女がここまで怒る姿を俺は金輪際見たことがなかった。これほど言われては克己先輩も黙ってはいられないようだ。
「素直なやつだから口の聞き方を考えろだ? そんなもん、言葉の綾と本気の区別もつかないやつが悪いんだよ。そもそも、俺の次にやったやつがここまで強く出られるとも限らないだろ。」
二人の論争はとどまるところを知らない。どこかに止める間を作ろうとする俺を尻目にさらに激しくなっていく。
「そうかもしれないけど、こんなんだったら世代交代の前に潰れちゃうよ。」
「部活は人間形成の場だって言葉知らないか? 多少はそういうことも教えた方が相手のためだろ。」
どんどんエスカレートしていく言い合い。いつの間にか後に来た人たちも集まり、ただ呆然と論争を眺めていた。今はただ部活の指導の是非の議論だからいいものの、もしかするとこのままでは互いの中傷合戦になってしまうかもしれない。しかも、この議論の原因は他でもない俺だ。俺が自制せずに喋ってしまったことが原因だ。これは俺の責任であり、今後に関わる。止めなければ。
「あの! あの!! 本当にごめんなさい。僕の身勝手な行動のせいでこんなことに……。僕が気をつければいいなら、いくらでも気をつけますし、もうこんな行動本当にしませんから。どうか、どうか落ち着いてください!!」
二人の間に割り込むように突入し、俺は強引に叫んだ。
ややあって、何とかさらなる衝突は回避できたものの、由香里先輩と克己先輩はその帰り、一言も話すことは無かった。俺は仕事を壊し、失敗して舞台を壊した。今度はそれのみならず、部活の仲間たちの和というかけがえの無いものまで粉々にしてしまったらしい。やはり、俺がいなければ全てうまく行く。新歓が終わったら、やっぱり部活をやめよう。部活の和まで乱した不届き者に居場所はない。俺は誰もいなくなった駅のベンチで決意を固める。握りしめた拳が少し痛む。しかし、きっと辞めなければならないのだ。それこそがきっと部活のためになる。それでも、それでも涙が出るのは心のどこかで惜しいと思っているからだろう。珍しく誰もいないいつもの去山駅。無機質でいつも変わらぬそこに、俺の嗚咽がいつまでも響き続けた。
水曜日。俺は朝から胃と頭がひどく痛んでいた。朝ごはんすら入らなかったが、今日も新歓に向けての部活はある。何があろうが学校にだけは行かなければならない。俺は痛む胃と頭、そのくせやけに減る腹を抑えてむりくり学校へと飛び出した。土砂降りの中を傘も持たずに飛び出す。あいにく、俺の唯一の傘は学校にある。雨に濡れ、水たまりを踏み、泥だらけになりながら俺は走り続ける。俺は少しばかり泣いたが、涙と雨がないまぜになっていつしか消えた。ひたすらに、ひたすらに走り続ける。もっと降れ、もっと降れ。この大罪人にふさわしい罰を与えろ。俺はいつしかそんな願いさえ抱いていた。続く疲れからか、少し心が壊れてしまっているようだった。それでも死にものぐるいで学校へ着く。制服も、靴も、髪も、かばんも全てが滝の水で打たれたようにびしょ濡れだった。重い足を引きずって、俺は教室へ向かった。
「おはよう……ってえ!? 国之!? どうしたのそんなに濡れて! 傘無かったの!? 」
朝の教室に一人佇んでいたのは栄だった。時刻は7時45分。本来いるはずのない彼女に俺はかなり面食らう。
「うん。学校に忘れちゃって……。あ、おはよう、栄。あれ、栄こそ朝練は? 」
普段は朝練でいないはずの栄。俺も不思議に思った。
「何傘わすれてんの!? あ、私がここにいるのは、朝練が今日は無いからだよ。部活の規定が変わったとかで朝練の回数減っちゃってさ。でも、癖で早く来ちゃったんだ。」
そう言って彼女は屈託なく笑う。そういえば、いつもは俺の耳を心地よく揺らす吹奏楽の音も今日は聞こえてこない。毎朝地味に楽しみにしているだけに少々残念だった。思わず自分の机に手をつく。
ついた拍子に俺は、一瞬だけ忘れていた昨日の出来事を思い出した。そうだ、退部のために必要な「あれ」を取りに行かなくてはならないんだ。少々直球になりすぎる質問の為、聞くのに気が引けた。でも、栄ならきっと大丈夫だ。漏らすこともきっとない。
「あのさ、栄、一つ質問いいかな。」
「ん? どうしたの国之? 」
彼女はいつもどおり何気なく返してくれる。その何気なさがこの上なく優しく、頼もしく感じた。、
「あのさ栄、退部届けって、どこに行けばもらえるかな? 」
言ってから気づいた。やはり先生に言うべきだっただろうか。でも、変に問題にされるよりは栄に聞いたほうが良かっただろう。こんなとこでも発現する早とちりにいい加減嫌気が差す。
「多分、職員室か、事務の人に言えばもらえるんじゃないかな。でも、私もよく分かんないや。聞くなら私じゃないほうが良かったかもね。」
少々落胆する俺を慰めるように栄は優しく微笑んだ。
「いや、でも、もちろん漏らしたりなんかしないよ。これは二人の秘密ってことで! 」
そう言って笑う栄にこの上なくすがりたくなった。
「いや、なんかさ、何度も同じ失敗して、部活の和まで乱してさ、演技力も大してあるわけないのに。今回主役になったのもきっと偶然だよ。後輩の手本にもいらないこんなやつもういらないかなって。」
「ふーん、そっか。それって自分で考えて決めたの? 」
「うん。」
「そっか……。」
栄はそれだけ言って少し息を吐いた。突然の俺の一人がたりも、栄は文句一つ言わずに聞いてくれた。しかし、俺はそのやり取りの中に当然あるであろうものの抜けを見つけた。
「そういえば……止めないの? 」
「止めないよ。だって、それは君が自分で考えた決断でしょ? それなら部外者の私がとやかく言えることじゃないよ。あ、もしかして止めてほしかった? 」
栄は急に小悪魔のようにほくそ笑んだ。
「いや、そういうわけじゃ……。とにかく、頑張ってみるよ。」
「そっか……。頑張ってね。」
栄のそれを最後にしばしの沈黙が教室を包む。激しい雨音が全ての音を支配する。沈黙を破ったのはいたずらっ子のような声の栄だった。
「さあ、国之のお悩み相談も終わったことだし、次は私の方を聞いてもらおうか? 」
「お、おう……。」
俺の言質を確認すると栄は少し間を取り、そして堰を切ったように話し始めた。小悪魔のような表情はいつしか目を輝かせた憧れのような顔に変わっていた。ちょうど、芝居を見るときの優磨の様に。
「国之、LGBTって知ってる? 」
もちろん知っている。知識として。いわゆる性的マイノリティーと呼ばれる人たちだ。しかし、それと栄になんの関係があるというのだ。
「うん。知ってるけど、それがどうしたよ? 」
「私、実はそれなのよ。」
あまりにも唐突なあっさりとした告白。あっけらかんとしすぎていて、俺は少々度肝を抜かれた。
「私、前に好きな人いるって言ったじゃない? それが、実はあの人。まだ何もできてないんだけどね。」
本当になにげなく、という感じで彼女は滔々と話していく。あの人、そう言って彼女が指したのは一人のクラスメートの女子の席だった。クラスでは割と地味だが、真面目さと人の良さには定評がある人だった。とはいっても俺もほとんど話したことはないのだが。
「そうなんだ……。」
今の俺はそれしか返す言葉を持ち合わせていなかった。まさか、いつも隣でいろいろな話をする彼女がそんな存在とは思わないし。
「どういうところが好きなの? 」
「お、乗ってくれるねぇ!! あのねぇ、とにかくかっこいいのよ!! 授業中とかもすごく凛としてて見るだけで……って感じ。そのくせ、困ってる人には優しいんだからなんなのって感じ! 」
急にとてもハイになってまくし立てる栄。それを見た俺は、自分の何かが崩れていくのを感じた。なんだ、性的マイノリティーとは言えど、ただの普通の人と同じ恋心じゃないか。例え女同士であっても彼女の気持ちは嘘じゃない。だとしたら、俺の答えは一つだ。
「応援するよ。それで、君はその人とお近づきになりたいんだね? 」
いつの間にか口が言葉を紡ぎ出していた。何故か答えはない。彼女は、笑顔ながらも少し面食らって戸惑っている。
教室の音の支配権は、また天からの雨が奪った。朝早くの教室、一組の男女は言葉を交わすことなくしばしの間沈黙していた。
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