第27話 ぼうそう

 青い獣が勝利の咆哮を上げている頃、かばん、サーバル、ラッキービースト、スナネコの一行はバスの中に居た。


「……前にもああなったのを見ました。」


 スナネコの言葉にかばんとサーバルは耳を傾けた。


「その時もさっきみたいに怖い感じがしたけど、あっという間にたくさん居たセルリアンを倒してくれました。」

「ああなったエルシアさんのことについてまだ知っていることがあれば教えてください。これから役に立つかもしれません。」


 スナネコは少し目をつぶって考え、はっと思い出したような顔をした。


「逃げたセルリアンを追いかけて遠くに行ってしまったので一旦見失ったんですが、見つけたときには元のエルシアに戻ってて地面に倒れていました。」


 かばんは、スナネコから得た情報と先程見た光景を基に頭の中で整理した。


 あの状態になると強くなるけど暴走してしまう。加えてあの状態はあまり長持ちしない?考えれば考える程謎に満ちている。


 その時、遠くからけたましい轟音が鳴り響いた。




 急いで道を引き返すと、先程同様青い化け物が居た。違いと言えば腹から鰐口の付いた触手が生えていることくらいだ。辺りは見る影も無い程に破壊されており、どこか焦げ臭い。


 化け物は、我を忘れたように尻尾を叩きつける、爪で抉る、脚で思いきり踏みつけるなど意味など無い破壊を繰り返している。


 三人はバスを降り青い竜の前に立った。竜は一行に気付き、小さく唸りながら狂気に染まる赤い目を向けた。


「危険!危険!高濃度ノサンドスター・ロウヲ検知シマシタ!直チニ避難シテクダサイ!」


 突然、ラッキービーストが慌てるように喚き始めた。


「心配要りませんよ。僕がなんとかしますから。」


 しかし、対照的にかばんは落ち着いており、静かにラッキービーストを宥めた。すると、少し危険危険と繰り返した後大人しくなった。


「どうするのかばんちゃん?」

「……呼び掛けてみる。もしかしたらそれで正気に戻ってくれるかもしれないから。」


 かばんは数歩前に出た。全身に殺気を感じるが、それでも彼女は怯まなかった。


「エルシアさん!もうセルリアンは居ません!」

「グルルルゥゥゥ……。」


 竜に向け大きな声で呼び掛けた。すると、竜はかばんに向け爪を振り下ろした。


「危ない!」


 咄嗟にサーバルが伏せさせたため直撃を回避した。鋭利な爪が二人の頭の上を通り過ぎ、地面に深々と突き刺さった。


 思いの外深く刺さったようで、地面から爪を抜くのに苦戦している間に二人は遠くへ逃れた。


「グググルルルゥ……。」


 竜は、変わらず敵意をむき出しにして睨んでいる。すると、腹の触手が微かに動いたと思った瞬間、鰐口を大きく開かせながら一直線に伸びた。


 一早く気付いたサーバルが横に跳び、かばんを押し倒しながら地面に倒れた。鰐口は小回りが利かないようで、そのまま真っ直ぐ飛んで行き直線上にあった木にかじりついた。


 かばんは上手く受け身を取れず腕を僅かに擦りむいてしまったが、そんなことを気にする余裕など青い獣は与えてくれない。


「立てる?」

「うん、大丈夫……。」


 サーバルの手を借り立ち上がったかばんは、改めて少年だったモノを見た。


 牙の生え揃った顔、獲物を見据えるように獰猛な赤く輝く目、並のフレンズならばすっぽり覆い隠してしまう程に巨大な翼、鋭く尖った角と手足、長く伸びる触手、細長い尻尾、そして痺れるような威圧感。どれも少年の姿をしている時には見られなかったものだ。

 本当に彼はヒトなのだろうか?


 触手を引っ込めた異形の化け物は、こちらを警戒しているのか軽く身を引き、いつでも一撃を入れられるような姿勢を取っている。


 スナネコが三者の間に割って出た。


「エルシア、もう終わりましたよ。ボクたちを守ってくれてありがとうございました。」


 竜は、スナネコを真っ直ぐ見つめ全く動こうとしない。


「スナネコさん!危険です!今すぐ退いてください!」

「大丈夫です。だって、エルシアですから。」


 スナネコは、竜へとゆっくり近づいていく。


「グルルルルゥ……!」


 スナネコを捉えた激情の獣は、地を裂くような咆哮を上げながら右手を掲げ、鉤爪を振り下ろした。


 しかし、スナネコに当たる寸前で止められた。


「グググゥゥゥ……!」

「もう休んでいいんですよ?」


 顔の真横の鉤爪を優しく撫でながら赤く染まる目を真っ直ぐ見つめて静かに言った。竜の体からバチバチと火花が散り始めたが、それでもスナネコは動じなかった。


「ググ……グ…うっ……。」


 突然全身の青い光が弾け、おなじみの少年に戻った。かと思えば、気を失って前のめりに倒れそうになったが、スナネコが優しく受け止めた。


「何かあるといけないので、エルシアさんをバスまで運びましょう!」


 かばんの一声により少年はバスへ運び込まれた。











 気が付くと、エルシアはどこまでも白い空間に立っていた。そこに居るのは自分だけではなく、誰かが居た。


『ほう、夢を見る前でも介入出来るのか!いいこと知ったぜ!……しっかし痛ェな!そして相変わらずコイツは美味い!』


 少年に背を向けた何者かが、宙で胡座をかきながら果実のような物をかじっており、右手からはときおり果汁が指の隙間から滴っている。


 その背には紺色の翼が付いており、同じ色の先が槍のように鋭く尖った尻尾も生えている。フードを被った頭からは、翼や尻尾と同じ紺色の角が生えている。


 頭の辺りにちらりと赤いものが見えた。背中に隠れてよく見えないが、赤いを放つ何かが前方にあるようだ。


『あァん?』


 彼に気付いたのか、胡坐をかいたままゆっくり回転し、エルシアの方を向いた。顔はモザイクが掛けられたように認識出来ない。光を放っていた赤いものは杖だったようだ。何者かの前方にふわふわと浮かんでいる。


『あァ、また繋がったのか。』


 あの、あなたは一体……?


『ん?オレか?オレの名前は*@$\だ!覚えとけよォ?』


 ……?こんなに近いのによく聞こえなかったな。


『もしかして聞き逃したかァ?ならもう一回言うからよォく耳を済ましとけよ?オレは、%<を司る悪魔の#="@だ!』


 ……やっぱり聞こえない。というより一部分だけ聞き取れないというべきか。


『まさか、記憶にロックがかかってンのか?さてはあの”術者”の仕業だな。めんどくせェことしやがるぜ……。つーか、アイツを知ってンだからオレのことも分かるハズなんだがなァ……。やっぱりになっちまったって訳か。』


 小さな声でぶつぶつ独り言を言い、勝手に納得したようだ。


『そういやァこっちの世界には”魔力樹”は生えてねェのか?』


 魔緑樹……?いや、あれは小説の中の話…こっちに存在する筈がない。というか、実際に存在するんならその実を食べてみたい。すごく美味しいらしいし”隠し効果”も大変魅力的だ。


『ま、そんな簡単にあんなモンが生えてるような世界があっちゃァ困るんだがな。』


 何者かは伸びをして地に足を着けた。いつ掴み取ったのかは不明だが、右手は杖を握っている。


『一言言っとくぜ。に惑わされ過ぎず適度に信じろよ?そんじゃァ、あ~ばよっと!』


 悪魔と名乗った何者かは、描き消えるように消えてしまった。呆然としていると、視界が白く染まり眩しく光始めたので、思わず目をつぶった。

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