第22話 かいだん

 小鳥のさえずりにより、少年は心地よく目を覚ました。朝日を浴びようと思い起き上がろうとしたが、体を抱き込む腕に阻まれた。横を見れば、大きな猫の耳を付けた少女が小さく寝息を立てながら眠っている。


 空腹を覚えたのでテーブルに置かれた籠を見るも、山のように積まれていたジャパリまんは一つも残っていない。


 これは良くないと、腹を空かせた少年は起こさぬよう気を付けながら少女の腕をゆっくり動かし自由を獲得し、部屋を出てみることにした。


 一行がろっじにやって来てかれこれ四日が過ぎたが、彼は部屋から一歩も出ていない。そのため、ここに何があるのかという事に興味が湧いてきたので、歩きながら見て回ろうと思い、ゆっくり歩き始めた。


「おや?もうお体は平気なんですか?」


 ろっじのオーナーのアリツカゲラだ。


「ええ。おかげさまですっかり元気になりました!」

「朝食は摂られましたか?」

「あ、忘れてました。」


 腹をさすれば確かに空腹時独特の虚無を感じる。いつ虫共が喚き出すか知れたものではない。


「ジャパリまんはこちらに用意してあります。ご案内しましょうか?」

「はい!」


 そのまま着いていこうと思ったが、不意にスナネコの事が頭を過ぎった。


「スナネコちゃんがまだ部屋に居るので、その後に案内して欲しいんですけど、いいですか?」

「はい!私はこのままお待ちしておりますので、スナネコさんと一緒にこちらまでお越しください!」


 それから部屋に戻り、ベッドに目を移した。やはりそのまま眠っている。起こすのをためらいそうな程に幸せそうな顔をしているが、このままでは朝食を逃してしまう。肩を揺さぶって起こそうかと思ったが、伸ばした手を途中で止めた。


 ……さっきまで一緒に寝ていたけど、仮にも異性だ。勝手に触られていい気はしないだろう。でも起こさないといけないし……うーん……。


 少しの間考え、声を掛けて起こす事にした。


「スナネコちゃん?もう朝だよ?」


 返事が無い。深く眠りについているようだ。なので、もう少し近づいて起こしてみようと思い、ベッドの前で膝を付け、口の横に手を当て再び声を掛けた。


「おーい?スナネコちゃん?」

「う~ん、もう少し……。」


 寝ぼけているのか両手を泳がせている。その手は何かを探しているようにも見える。華奢な両手が彼の肩に触れ、そのまま掴んだ。彼は何が起きたか分からずに驚き戸惑ってたが、急に引っ張られたのでスナネコの左肩辺りに顔をうずめる姿勢になった。


 ひょぁぁぁ!?!?


「ふふふ……。あったかいです……。」


 目的のものを見つけられたためかどこか嬉しそうだ。彼女は嬉しそうだが、少年からすれば気が気ではないのだから困りものだ。どうにか落ち着き払って頭を働かせ、そのまま起きるまで待機する事にした。


 それから三分ほど経過し、ようやくスナネコが目を覚ました。


「おはようございます。」

「おはよう。」


 ふう、ようやく起きてくれた……。


「もう朝ですか?」

「うん。部屋のジャパリまんが無くなっちゃったから今から食べに行くけど、一緒に来る?」

「はい、それなら食べに行きましょう。」


 よし、目的を達成したぞ。


「それでは行きますか。」

「そ、そうだね。行こうか。」


 起き上がると同時にエルシアは解放され、二人は部屋を出発した。部屋を出てすぐの所にアリツカゲラが待機していたので面食らってしまった。


「すいません、遅くなってしまいました……。」

「いえいえ、このくらいどうという事ありませんよ。それでは、ご案内します!」


 アリツカゲラに続き二人はろっじを歩いた。


「お、お寝坊さんたちの登場だね。」


 彼らにいち早く気づいたのはタイリクオオカミであった。


「あ!エルシアちゃんだー!」

「エルシアさん!もう大丈夫なんですね!」

「うん!もう平気だよ!」


 実を言うとまだ筋肉痛は残っているのだが、気にするほどのものではないのでこう返した。


「この不思議なくらい早い再生力……あなた、プレシオサウルスとメキシコサラマンダーのハーフね!」

「は、ハーフ!?」


 出会い頭に迷推理を叩きつけられた。


「推理は食べた後にゆっくりすればいいだろう?」

「先生がそう言うのなら……そうしましょう。」


 オオカミが発した食べるという単語を聞き我に返ったエルシアは、スナネコと共に席に着き、テーブルに置かれた籠からジャパリまんを手に取った。


 今回のジャパリまんも部屋で食べたものと同じだ。手に取り一口かじれば口いっぱいに幸せが広がる。やはりこの饅頭は格別だ。何故か分からないが本当に美味い。


「ところで、こんな話を知っているかい?」


 幸せそうに食べる少年に顔をを向けながら、タイリクオオカミが口を開いた。


「パークの外にも別の場所がある……というのは君が居ることで証明される。しかし、世界というものは更に広がっているらしいんだ。」


 そうだな。日本だけじゃない。他にもいろんな所がある。


「本題はここからだ。その世界というものは一つだけじゃないというのは聞いた事があるかな?」


 俗に言う『パラレルワールド』というやつか?


「数え切れないほどたくさんの世界が同時に存在していて、それらはどこかで繋がっているんだ。実はそれら繋いでいるのはでね。どの世界にもその特別な穴が開いているんだ。」


 穴によって平行世界が繋がっている……面白い話だ。


「しかしその穴が開いている期間やその大きさはまばらで、その上狙って見つけるのは不可能と言われている。でも、仮に見つけられたら私達でも通る事が出来るかもしれないんだ。面白いだろう?」

「もしかして……別の世界に移動出来る……?」

「そう。やろうと思えばね。でも、仮にその穴を見つけても絶対に入らない方がいい。」


 なんでだ?もしかしたら飛び込んだ世界に『エルシアさん』みたいなイカしたドラゴンが住む世界があるかもしれないのに。


「なぜって顔をしているね。それはね、世界を行き来する時に道を踏み外してしまえばもう二度と帰れなくなるからさ。そして、来る日も来る日もそこに住む化け物に永遠に追いかけられるんだよ……!」

「ふぉぁっ!?」


 急にホラーな展開に変わったので、彼は驚きの声を上げた。周りのフレンズ達も小さくプルプル震えている。横に居たスナネコはプルプルしながらぎゅっと彼の袖を掴んだ。


「おっ。いい顔いただき。」


 それを見たタイリクオオカミは、どこからともなく紙とペンを取り出し、その表情をスケッチし始めた。


「ふぇ……?」

「ふふふ、嘘嘘。今のは私の作り話だよ。」


 はあ、そうだったのか……ほっとしたのとちょっとがっかりしたので、複雑な心境になったなぁ。


「今のはオオカミさんの冗談らしいから大丈夫だよ。」


 袖を掴み続ける少女に優しく語り掛けると、少年の顔を見上げて小さく頷き返し、袖を放した。


「君はそういう不思議な話は好きかい?」

「はい!なにせそういう事が出来るなら行ってみたい世界がありますから。」


 やはりあの世界に一番行ってみたい。それが俺の夢だから。


「詳しく教えてくれないかい?」

「いいですよ!簡単に説明すると、ドラゴンが旅を通じて成長する物語です!」


 自分が最も愛する物語について語っているからか、少年はとても嬉しそうだ。


「ドラゴンというのはなんだい?」

「ドラゴンというのは、とにかく強くて、賢くて、何よりもかっこいい生き物なんです!」

「へえ、そうなのか。どういう見た目か気になるからここに書いてみてくれないか?」


 タイリクオオカミが紙とペンをエルシアに差し出したので、そのまま受け取り絵に取り掛かった。


 二足歩行も居るけど、俺の中じゃ四足歩行のイメージが強いからそっちにしよう。あとは……大きな翼、尻尾、角、鋭い爪と牙も大事だな!


「よし!こんなもんかな!」

「どれどれ……なるほど、これがドラゴン……!ずいぶんと変わった見た目だけど、とても強そうだ。」


 すると、二人の話を聞いていた一行も絵を覗いた。


「面白い見た目ですね~。」

「すっごーい!」

「大きな羽ですね!」

「お上手ですね!」

「これは……ヤギね!」


 その場に居たフレンズ達が各々感想を述べた。


「こういうのがいっぱい居る世界に行ってみたいんだ。」

「夢見る事はすばらしい事だ。大事にするといい。」

「はい、そうします!それでは!」


 ほどよい満腹感を携えて、二人は部屋に戻っていった。

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