第5話 あさごはん

 働くって一体何をすればいいんだ?


「あさごはんのメニューはおまえに任せるのです。」


 朝ごはん?作れって事か……?


「ここ最近はずっとかばんにりょうりを作ってもらっていました。」

「かばんのりょうりはとてもうまいのです。だからこそ、かばんと同じヒトであるおまえの作るりょうりに興味が湧いたのです。」

「新たな風を吹かせるのです。」


 うーん……料理、ねぇ……。


「食材はどこにあるの?」

「ついてくるのです。」

「僕達も見に行っていいですか?」

「もちろんなのです。」


 記憶が欠如しているため、まともなメニューを覚えているか心配だったが、博士に言われるままついていった。






「ここに昨日のパーティーの残りの材料があるのです。」

「いっぱいあるねー。」


 図書館の一室を食料保管庫として利用しているようだ。


「ここにある食材は全て新鮮なものなのです。」

「ラッキービーストからちょいちょいしたやつなので味も保証されています。」


 長がちょいちょいなんてやっていいのか?これで料理を作って後でラッキーさんに怒られないよな?


「何か調味料は無いの?」

「『ちょうみりょう』とは何なのですか?」


 むむ……そうきたか。


「ココニアルヨ。」


 かばんの腕に巻きつけられているラッキービーストが明滅しながら声を発した。


 さすがラッキーさん!しかもいろいろあるじゃん!


 醤油、みりん、塩、砂糖など、多種多様な調味料が輝く鉱石に囲まれている。


「この綺麗な石はなんだろう?」

「コレハサンドスターダヨ。」


 これがサンドスターか……。学校の図書室にあった原子の図鑑に似たようなものがあったような……?

 まあ、今は気にしなくてもいいか。これで包んで調味料を冷やしているのか?


 だが、ケチャップやマヨネーズを見て大事な事に気づいた。


「……これ、使って大丈夫なの?賞味期限切れてない?」

「サンドスターニハ物質ノ状態ヲ保存スル性質ガアルンダ。コノ調味料ハズットサンドスターノ塊ノ中ニ入レテオイタカラ安全ニ使エルヨ。」


 サンドスター万能すぎ……。


「メニューを考えるのに時間がかかると思うから待っててくれる?」

「わかったー!」

「わかりました!」


 二人が戻った後に食材とにらめっこをしているとふと気づいた。食材と調味料に問題がないことは分かった。だが、自分は大丈夫なのか?アメリカ大陸にヨーロッパの人々が侵入した時、ヨーロッパの病原菌を持ち込み、現地人に甚大な被害をもたらしたという事例があるので、ここにない何らかの病気を流行させる危険性があるかもしれない。


「衛生面は大丈夫かなぁ?」


 あまりに不安なので、彼はふと独り言をつぶやいた。


「ボクガミテミルヨ。」

「ラッキーさん!……って、あれ?」


 物陰から現れたのは、腕時計ではなく小型の狸の置物程の大きさの生き物であった。耳は青、胴体は水色、腹回りは白で、青と水色の縞模様の尻尾を持ち、足は腹と同じ色で腕は無い。よく観察すると、かばん達と共に居たラッキービーストと似た形状の板が腹に巻かれている。


「今の声は?」


 確かに声が聞こえたんだがなぁ。


「俺はエルシア。君は?……喋る訳ないk」

「ハジメマシテ、ボクハラッキービーストダヨ。ヨロシクネ。」

「喋ったァァァァ!!」


 例の腕時計よろしく声を発した。おまけにラッキービーストだと言う。


「ラッキービーストって腕時計の事じゃないの?」

「アノラッキービーストハ体ノパーツヲ損失シテイルカラアアユウ姿ニナッテイルンダ。」


 そんな事情があったのか。少し気になるがその辺は詮索しないでおこう。そういえば、みてみると言っていたが、あれはどういう事なんだ?


「ボクタチラッキービーストハフレンズノ食事ノ管理ヲ行ッテイルカラ、フレンズノ健康ニ影響ヲ及ボサナイヨウニ衛生状態ヲ測定デキルスキャン機能ガ備ワッテイルンダ。」


 その考えを読んだように分かりやすく説明してくれた。


 そんな機能があったのか。ラッキービースト優秀だわ……。


「それを使って俺を測定してくれない?」

「マカセテ。」


 そう言ってラッキービーストは目から青いビームを出し、それを彼の足の先に向け、ゆっくりと目線を上げていった。


「エルシアノ衛生状態ヲ測定中……測定中……。結果ガ出タヨ。」

「どうだった?」

「危険度E。問題ナイヨ。」


 ラッキーさんのお墨付きだ。安全に取り掛れるって訳だ。もう一つ大事なことに気が付いた。包丁がないのだ。


「ラッキーさん。包丁がどこにあるか分かる?」

「包丁ダネ。調理場ノデータヲ検索シテミルヨ。包丁……検索中……検索中……。該当スル項目ヲ発見。……付イテキテ。」


 ラッキービーストが図書館に向かい歩いて行ったので後を付いていった。すると、食料が置いてあった部屋に辿り着いた。


「ココダヨ。」


 ラッキービーストが床下収納の上で跳ねている。


「本当にあった。」


 扉を開き中を確認すると、『鍛冶部かぬちべ源内』と書かれた木箱を発見した。その中には、確かに紙に包まれた包丁がしまってあった。


 鍛冶部……こんな珍しい苗字を持つ人が他に居るとは思えない。


「ラッキーさん。この包丁がどこから来たか分かる?」

「コノ包丁ハ日本の包丁ダネ。日本ノ鍛冶職人ノ作品ダヨ。デモ、ドノ地域ノモノカマデハ情報ニ無イヨ。」


 鍛冶部という苗字、それに鍛冶職人……間違いない。これは、ペレの家族が作ったものだ。まさかこんな所で見つかるとは思わなかった。ペレがここに着いたらこれを見せてやろう。驚く顔が楽しみだ。


 調味料と包丁を確保したので再び食材を見ていると、エルシアの頭に電気が走った。


 これをこうしてそれと合わせて完成だ!すぐ終わるしきっと味も悪くないだろう。


「あの……。お手伝いしましょうか?」


 頭の中でメニューが完成したその時、かばんが話しかけてきた。


「昨日のパーティーの料理は全部かばんちゃんが作ったって聞いたよ?それなのに今日も料理を作ってもらうのは何だか悪いし、朝ごはんは俺一人でやるよ。もしかしたら初めて見るやつかもしれないし楽しみにしてて!」

「いろんな料理を作れるようになりたいから見ていてもいいですか?」

「もちろん!上手じゃないと思うけど、それでいいなら見ててね。」






 今回使用する食材は、レタス、トマト、とうもろこし、食パン、マヨネーズです。まず、鍋に水を入れて火にかけます。次に、レタスを食パンに入りきる程度のサイズにちぎります。水が十分熱されたらとうもろこしを投入します。とうもろこしがゆで終わるのを待つ間にトマトを角切りにし、とうもろこしが茹で終わったら、鍋から取り出し実を軸から丁寧に剥がします。そして、トマトととうもろこしを混ぜ合わせてマヨネーズを注ぎ、レタスを敷いた食パンの上に乗せ、食パンで挟みます。最後に食パンを対角線上に切れば……


『エルシア特製サンドイッチ』の完成です!


 これを六セット十二切れ作って終了だ!


「できましたよーー!」


 博士、助手、サーバルは、外に置かれたテーブルにつき朝ごはんの完成を待っていたが、予想より完成が早かったためか、サーバルは歓喜し、博士と助手は怪訝な顔をした。


「なんですかこの尖ったりょうりは?」

「これはサンドイッチっていうんだ。」


 エルシアはサンドイッチと一緒に持ってきた空の皿にサンドイッチを分け、それぞれに分配した。


「カレーのようなうまそうなにおいはあまり感じないのです。」

「本当に食べられるのですか?」


 博士と助手は自分の所に回ってきたそれを疑いの目で見ている。


「騙されたと思って食べてみな?」


 さあ!俺特製サンドイッチをくらえ!


 四人はそれぞれサンドイッチを手に取り、口に運んだ。


「なにこれ!やわらかくておいしーー!」

「ふわふわですね!」

「何ですかこれは……!ジャパリまんとは違った食感なのです!」

「カレーとはまた違ったうまさを感じるのです!」


 各々賛辞を呈した。特に柔らかさに驚いているようだ。どうやら満足してもらえたようで何よりだ。


 よし、俺も席に座って食べるか。


 エルシアは席に着き、サンドイッチを手に取った。顔の前まで運ぶと、何とも香ばしい香りが食欲をそそる。芳香に誘われるがままに口に運んだ。


 _____!?


 口に入れた途端、先ほどの芳香をより一層感じた。噛みしめると、みずみずしいレタスがシャキッと軽快な音を立てた。より噛みしめるとみずみずしいトマト、プチっと口の中で弾けるトウモロコシ、全てを包み込むまろやかなマヨネーズも味わえた。ほのかな麦の香りを再確認しつつ夢中で自分の分を平らげた。


「日本だけに限った話じゃないけど、シェフっていう料理のプロが居るんだ。その人達はたくさんの人の胃袋を掴む料理を生み出してきたんだ。俺もその人達くらい上手に料理を作ってみんなの胃袋を掴みたいんだ。」


「「い、胃袋を掴む!?」」


(は、博士!ヒトはりょうりを与えた者の胃袋を引きずり出す習性があるけものなのですか!?)

(お、落ち着くのです、助手!そんな話は聞いた事がありません!もしそれが本当だとしても、全部食べてから逃げればいいのです!)


 俺の話に感動した訳ではないだろうが、何かひそひそと話しだした。


「そ、それはさておき、やはりヒトの作るりょうりはうまいのです!」

「朝と夜はエルシアに、昼はかばんに作らせれば、新たなりょうりをより多く味わえますよ、博士。」

「決まりですね。これからが楽しみなのです。」


 何やら二人の間で本人の了解を得ずに話が進められている。ここ最近は長たちの食事を全てかばんが作っていたらしいので、自分が食事を作ればかばんの負担を減らせる上に家賃替わりで丁度いいのでは?とエルシアは思ったので特に反論はしなかった。


 この朝に、料理人三号は産声を上げたのだ。


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